第48話 常識をくつがえす者
「驚愕……」
「すっごいですよフェンさん!! あれは四級ハンターでも狩るのが難しいと言われるモンスターだったのに! しかもたった半日で!」
無事に収納ポーチの錬金に使うモンスター素材、巨大カタツムリの胃を手に入れ、アリューさんのお店に帰ってきた。
俺たちの帰りを待っていた店主のアリューさんと、職センの受付嬢であるグリンちゃんは驚きの声を上げた。
「う、うん。ほとんど、っていうか全部アンジェのお陰だったけどね……」
「私たち、何にもしてないもんね」
「俺なんか、捌くのさえマリィに任せちゃったし……」
俺とマリィが微妙な反応を返したのも無理はないだろう。
なにせあの巨大なカタツムリを、アンジェが全て一人で倒してしまったのだから。
しかも俺が大のカタツムリ嫌いだったため、マリィが率先して捌いてくれたのだ。つまり俺は、二人の傍で震えながら眺めていただけという……。
《取り敢えず、お二人にアンジェさんの能力に関して伝えない方が良いでしょう。アレは人によっては再び彼女を孤独にしてしまいます》
「(分かってる。視線を向けただけで死に至らしめるなんて、怖がる人もいるだろうし)」
もちろん、アレはスキルだから問答無用で見たものを殺すわけじゃない。
それにアンジェの人間性を知るこの二人が、避けたり嫌ったりすることは無いとは思うけど。
ただ……教会の面倒な奴らに知られたら、またアンジェが背神者扱いされて、牢獄行きにされるかもしれないからな。なるべくなら知っている人間は少ない方がいいだろう。
そんなことを思いながらチラリと視線を横に向けると、そこには無表情のまま、紫色の瞳で俺を見つめている少女の姿があった。
その姿はまるで精巧に作られた人形のようで、とても可愛らしい。
「(彼女はただ、【殺人鬼】というジョブと魔王の力を与えられただけの女の子だ。だから絶対に守ってあげないと……!)」
こうして俺は新たな決意を固めながら、彼女の白髪を撫でた。
「む、なんだか嫉妬しちゃうなぁ」
アンジェとは反対側に居たマリィが、少し羨むように俺とアンジェを見上げていた。
「はいはい。マリィも手伝ってくれてありがとうね」
「え、えへへ。やったぁ……」
なるべく均等になるように、両手で二人の頭を撫でてやる。
マリィはニコニコとしているし、アンジェは相変わらずムボーっとした表情に赤みが差した。性格は対照的だけど、どちらも可愛らしい。
「フェンさんってタラシですよね……」
「報酬……身体の方が良い?」
俺たちの様子をグリンちゃんとアリューさんはジト目で見ていた。
失礼な! それに俺はマリィ一筋だからな!?
それから俺たちはアリューさんの仕事を見学させてもらうことにした。
手に入れたカタツムリ素材を彼女は寸胴鍋に入れると、他にも何かの羽や怪しげなキノコを次々と加えていく。
「あとは……煙突アントの触覚を……使って……かき混ぜれば……できた!」
錬金?中は口数が多いんだなぁと余計なことを考えながら見ていると、急にボンッという音と共に寸胴鍋から紫色の煙が噴き出した。
「だ、大丈夫なのコレ!? 事故だったりしない?」
「心配ない……見て……」
鼻を刺激する変な煙が収まったころ。アリューさんは大きなトングを寸胴鍋の中に突っ込むと、何かを取り出した。
「おおっ、本当だ。ちゃんとポーチの形になってる!!」
トングの先にあったのは、俺たちが欲しかった魔道具――『収納ポーチ』だった。
「凄いよ、アリューちゃん! 鑑定の結果も、ちゃんと収納ポーチになってる! しかも馬車一台分が入るぐらいの、高級品だよ!?」
「やはり……自分の理論は……合っていた……」
鑑定師のジョブを持つグリンちゃんが、目をキラキラとさせながらアリューさんの手を握る。アリューさんもアリューさんで、感無量とばかりにウルウルと涙を流していた。
「でも、どうやってコレを……?」
彼女のジョブは【調理師】だ。錬金術師じゃない。
だからこれまでだって、彼女は店の経営が上手くいっていなかったはずなのに……。
《驚きました……おそらく彼女は【錬金術師】のスキルではなく、【調理師】のスキルを応用して、魔道具を
え、本来なら錬金するところを調理!? そんなことができるの!?
「レシピがあれば……料理には自信あるから……」
「アリューちゃんはパルティア一の調理師ですからね! どんな料理だって、ひと口食べただけで再現できちゃうんですよ!」
ってことは、アリューさんは錬金術のレシピさえ分かれば、調理師のスキルで魔道具を作れると思っていたってこと?
しかもそれを今、俺たちの目の前で実現させた……これって、ヤバくないか!?
「すごい……まるで伝説の物語に出てくる主人公みたい……」
マリィも真ん丸な目をさらに大きくして驚いている。俺も同じ気持ちだ。
普通の人間ならば、神から与えられたジョブに相応しい職業に大人しく従う。他の仕事をしようとしても、上手くいかないのが当たり前だと思っているから。
「お礼……これ、あげる……」
「え、良いの? せっかく成功した魔道具なのに……」
俺に押し付けるように、出来上がったばかりの収納ポーチを渡してくるアリューさん。
「もう再現はできる……それに、あなたたちなら……有効活用できると思うから」
そう言って彼女は再びカウンターの奥へと戻っていった。
きっとまた新作メニューの開発をするのだろう。そんな彼女の背中を見て、俺は改めて思った。
「(この人なら、もしかしたらパルティアで一番の錬金術師になるかもしれないな……)」
ありがとう、と俺が礼を告げると、アリューさんは後姿のまま右手を振って返した。
「良かったぁ……これで私も職センをクビにならなくて済みそうですぅ……」
――うん、グリンちゃんはもうちょっと反省しような。
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