第47話 調理師アリューとアンジェの能力


 グリンちゃんの依頼を受けて、俺たちはアリューさんが勤めているという店へ赴いたのだが――。



「よろ……しく……」

「え?」


 出迎えたのはエプロンを着た、青髪で背の小さな女の子だった。前髪は目を覆っているほど伸びており、よくこれで前が見えているなぁと思えるほど。


 彼女の見た目はともかくとして。事情をアリューさんに説明し、協力を申し出たのだが。



「感謝……」


 彼女はなんというか、とても無口な人だった。


 そして会話中も彼女は大きな寸胴鍋を使って、何かを作っている。グリンちゃんの話では【調理師】というジョブ持ちだそうなので、もしかしたら料理でもしている最中なのだろうか。


 でもなんというか……うん。詳しい会話をするのはなんだか難しそうなので、どんな作業をしているのか聞き出すのは無理だと悟った。



「じゃ……あとはよろしく……」

「あ、うん……行ってきます」


 というわけで俺は早速、目的のアイテムを探しに出かけることにした。






 晴れ渡った空の下、俺はマリィやアンジェの二人と一緒に、パルティア東の草原地帯へとやってきていた。


 ここはダンジョンのように特殊な環境でもなく、ただ見晴らしの良いだけの平原なのだが、ここに出現するモンスターのレベルはそこそこ高いらしい。



「よぉーっし、アンジェちゃんも仲間になったことだし。私も頑張って戦っちゃうよ!」

「あ、うん。頑張ろうね」


 俺は笑顔で答えながらも、心の中では別のことを考えていた。


「(引き受けたは良いんだけど、必要なのが巨大カタツムリのモンスターの胃かぁ……俺、カタツムリ苦手なんだよなぁ……)」

《まさかフェンさん、そんな理由で依頼を断わる気ですか?》


 頭の中でルミナ様が呆れた声を出す。いやだって、いくらマリィたちの頼みとはいえ、さすがにあのヌメッとした生き物をさばくのはちょっとなぁ……。


 それにその魔物が成人男性の倍以上の高さを持った大きさがあるというのだから、気持ち悪さも倍増だ。



 ……とはいえ。


 せっかく頼ってくれたんだから頑張るしかないよな。



「よし! それじゃあみんな、行こうか! アンジェは大丈夫か? 怖かったりしないか?」


 それまでずっと牢獄にいた彼女のことだ。モンスターとの戦闘なんて、した経験はないだろう。だから念のため聞いてみたのだが、返ってきた答えは意外なものだった。



「……平気です。戦闘も初めてですが、フェン様のために頑張る……!」


 そう答えた彼女の表情は自信に満ち溢れていた。どうやら、俺が思っているよりも精神的に強い子みたいだ。これなら心配はいらないだろう。


 そうして俺たちはさっそく目的を達成するために、広大な草原の中を進んでいったのだった。



 



 ――太陽が天辺から西に向かい始めたころ。



「ぜぇ……はぁ……やっと見つけたぁ……」


 探し始めてから三時間ほど経った頃だろうか。ようやく目当てのモンスターを見つけた俺は、その場に座り込んでしまった。



「うえぇー……なにこれぇ……」


 すると俺の姿を見たマリィが近寄ってきて、同じようにしゃがみ込んで心配そうに声をかけてきた。


 それもそうだろう。俺たち三人の目の前に居るのは、巨大な亀をボリボリと嚙み砕きながら食べるカタツムリだったからだ。



「あれはちょっと……私でも気持ち悪いかも……」

「あー、うん。ちょっと逃げ出したくなるタイプだな」


 そう言って立ち上がろうとする俺を、紫眼の少女が引き止める。



「待って……! 二人が無理なら、アンジェがる」

「――え?」


 一瞬彼女が何を言っているのか分からなかったけど、すぐにその意味を理解した。



「ちょ、ちょっと待って! それはダメだって!!」

「どうして?」


 慌てて止める俺に、アンジェは首を傾げて聞いてくる。



「えっと……ほら! いきなり一人であんな亀を貪るような奴に近付いたら危ないだろ?」

「……分かった」


 そこまで言うと、彼女は納得してくれたのか頷いてくれた。


 危ないところだった……。もしあのまま止めなかったら、きっと彼女は一人でカタツムリに向かって行っただろうから――「じゃあ、近付かなきゃ良いんだね?」って、えっ?


 俺が間の抜けた声を出しているうちに、アンジェは腰のベルトに装備していた深紅の細剣を取り出した。そしてそのまま巨大カタツムリに向けた。



慈悲深き瞳シヴァーズアイ


 瞬間、彼女を中心に風が巻き起こる。腰まである白く長い髪がバサバサと激しく揺れ動く。



「ねぇ、フェン! アンジェちゃん、また魔人化していない……!?」

「いや、あのときとは雰囲気が違う……気がする……」


 だが不思議と不快感はなく、むしろ爽やかな風が吹くような心地良さを感じた。


 そんな不思議な感覚に包まれていると、不意に目の前の巨大カタツムリに変化が訪れた。捕食していた動きを止め、ビクンと跳ねた。



「な、なんだ今の……?」


 あまりにも非現実的な光景を見て唖然としていると、脳内のルミナ様が説明をしてくれた。



《フェンさんのおっしゃる通り、アンジェさんが使ったのは人間としてのスキルです。正確に言うと、魔人と人間のミックスといったところでしょうか。……効果は彼女の視界に入った対象に、恐怖心を抱かせて死に至らしめるという恐ろしいものでしたが》

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