第42話 アンジェにとっての救世主


「分かるよ、君は何悪くない」

「心が痛むのなら、私が傍にいるから」


 優しい(?)教会の人たちは、『私のお父様が死んだとき』にみんな口を揃えてそう私を慰めた。


 でも私は知っている。お父様は死んでしまったんじゃない、殺されたのだと。だからそんな言葉では決して癒されることはないのだ。


 それなのに周囲の大人は皆私に優しく接してくれる。まるで腫れ物を扱うかのように、それでいて哀れむような目で私を“背神者”として罵った。その視線はとても居心地が悪くて、いつしか私の心は閉ざされていった。




 そんなある日のこと私は投獄されることになった。



「【殺人者】ジョブを持つアンジェ……いや、“背神者”よ。そなたが大司教を殺害した、唯一の存在……そう結論付けられた」


 ある日突然やってきた神官たちにそう言われたとき、不思議と悲しくはなかった。むしろこれで良かったのかもしれないとさえ思ったのだ。



「(だってこれ以上、辛い思いをするくらいなら……)」


 だけど同時に疑問も感じた。



「私の罪ってなに? 私が許されるべきことってなんなの?」


 【殺人者】というジョブ。

 それは私が望んだ貰ったものなんかじゃない。


 神様が勝手に私に与えたものだ。

 たしかに私に人を殺める素質があったのかもしれない。


 だけど人を殺したいと思ったことは一度も無いし。

 教会の大司教だったお父様は『神の教えを人に伝えられるような子になりなさい』と厳しく躾した。


 そんなお父様を殺したいなんて思うわけがないじゃないか! なのにどうして私だけがこんな目に遭わなければいけないの!?



「私には分かりません、何も分からないんです! 私がいつ神の教えに反したというのですか!」


 泣きじゃくりながら訴えても大人たちは答えてくれなかった。ただ静かに憐れむような目を向けてくるだけ。それが悔しくて悲しかった。




 そうして教会の牢屋に入れられて、いったいどれだけの月日が経ったのかは分からない。


 六畳ほどの広さしかなく、必要最低限の食事以外は何も与えられず。あるのは木製の机と椅子のみ。そして何も描かれていない真っ白な壁。


 時折やってくる教会の者たちから罵倒される日々が続いた。



「あんたが殺したくせに」

「“背神者”のくせに偉そうにしないでくれる?」

「あんたのジョブが悪いのよ」

「全部あんたのせいだから、反省して死になさいよ」


 毎日のように浴びせられる罵声に、最初は言い返そうとしたけれど……次第にそんな気力も無くなっていった。



 ただ、私は何もない部屋で独り膝を抱える毎日を送るだけだった。

 もう何もかもがどうでもよくなっていた。




「(誰か助けて……お願い……)」


 そんなことを思いながら涙を流すだけの日々を過ごしていたら、いつの間にか数年の時が経過していたようだった。



 私にとって、夜は怖くなかった。

 むしろ始まりを告げる朝陽が怖かった。


 私がどんな懺悔を強いられても、朝が来ればまた私を叱責する人々が訪れ、私の罪を告げていく。



「わたしは、どうして、いきているんだろう」



 心が壊れても、私が死ぬことは無かった。

 いつか処刑する日が来るのかもしれないけれど。

 それまで教会の人々は私を死なせるつもりは無かったみたい。


 大衆の前で、大罪人である私を処分して戒めにすることが、教会にとって何よりも大事だったから。



 いつか自分の境遇が悲しいとは思わなくなっていた。

 ただ、つかれてしまっただけ。



 だから誰かが終わらせてくれるのを待っていた。

 それ私にとっての狂った日常だったから。



「私はただ、何者でもない自分を受けれてほしかっただけなのに……。





 そんな何も変化のない日々の中に、とある変化が訪れた。私はいつもと同じように部屋の隅で蹲っていた。だが今日はいつもと違うことがあった。誰かがこちらに近づいてくる気配を感じたのだ。




 ギイィという音を立てて開いた扉の先に立っていのは、青髪の少年だった。


 年齢は16歳前後だろうか? 隣には可愛らしい人形を連れている。



「ねぇ、フェン……」

「あぁ。ただの子供にしか見えないよな……」


 

 少年は隣にいる人形の少女とそんな会話をしたあと、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。


 最初は私のことを警戒していたようだったけれど、途中からたどたどしく話しかけてきた。



「こ、こんにちは」


 ある意味、平凡すぎる挨拶に新鮮さを感じる。ここに来る人は、誰もそんなことを私には言ってこないから。


 自分もどう答えたらいいのか迷ったけれど、取り敢えず同じ挨拶を返すことにした。



「こんちには」


 私は手に持っていた筆で壁に絵を描きながら、彼に言葉を返す。


 すると彼は私に質問を投げかけてきた。



「えっと、君はここでなにしてるの?」


 そう言われて、私は首を傾げた。


 ただ単純に答えれば、絵を描いている。ただそれだけ。


 でも彼が聞きたいのはきっと、そういうことじゃないだのだろう。



「分からない」

「分からない?」

「うん。ここにいなさいって。だからアンジェはずっとここにいたの」


 そう言うと少年は、とても困った顔をしてしまった。




 ――これが私にとっての救世主。フェン様との邂逅だった。

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