第41話 教会騎士団のエルフリーダ
「これが教会騎士団の実力……ですか」
酒場の隅から戦いの様子を見ていた俺は思わず感嘆のため息を漏らした。目の前では五人組の冒険者たちが地面に倒れ伏しており、その中には最初に殴り飛ばされたリーダー格の男の姿もあった。
相手もそれなりの実力者だった――と思うのだが。さすがは上位職の【審判者】というべきか、エルフリーダさんはあっという間に全員を倒してしまったのだ。しかも驚くべきことに、全員が素手で倒されているのである。
あの細腕のどこにそんな力が隠されているのだろうか? 正直言って信じられない光景なのだが、実際に目にしてもなお信じることができないでいた。
ちなみに教会騎士団の副団長であるジェイソンさんだが、彼は最初から最後までずっと我関せずといった感じで酒を飲んでいたのだが、さすがにエルフリーダさんに結局は傍観しているのがバレてしまい、殴られて今は俺の隣で気絶している状態だ。
「(まぁ俺としては平和的(?)に済んでよかったけど……)」
そんなことを思いながら、改めて倒れたままの男たちに目を向ける。彼らは誰一人死んではいないのだが、意識は完全に刈り取られており、しばらくは目を覚ますことはないだろうと思われた。
正直なところ、教会騎士団の人たちっていうのはパルティアを襲った魔人事件では人々の避難誘導や傷付いた人々の治療などを率先して行っていたので、あまり戦闘向きではない集団だと思っていたのだ。それがまさかこんな実力行使に出るとは思わなかったので驚いた。
とはいえ、どうしてあの優しそうなエルフリーダさんが……。
「ふぅ……愛らしい人形を不埒なことに扱おうなど、万死に値するからな」
いつの間にか目の前に立っていた彼女がそう言った。そして倒れている彼らを見下ろしているその瞳には、強い意志のようなものが宿っているように見えた。
「……えっと、もしかしてですけど……」
なんとなく嫌な予感を覚えつつ尋ねると、彼女はニッコリと笑って答えた。
「うむ、そうだ。この者たちの言動を聞いていたら無性に腹が立ってしまってな。つい手が出てしまったというわけだ」
そう言って笑みを浮かべる彼女を見て確信する。この人、絶対にわざとやってるだろ! つまりは彼女もまた俺と同類だということだ。可愛いマリィを侮辱するような輩に対して、一切の容赦はしないのだろう。だからこそ、あえて相手を怒らせるようなことを言ったに違いない
「(とはいえ、さすがにやりすぎだろ……)」
ため息を吐きながらエルフリーダさんへと目を向ける。彼女は乱れた服を直しながら俺に視線を向けてきた。
「さて、それでは行くとしようか」
「行くって、どこへですか?」
「決まっているだろう?すでに事務処理は済んだ頃合いだろう。お姫様を迎えに行くのさ」
「今からですか!?」
予想外の展開に思わず声を出してしまう。しかしこの場にいるメンバーの誰もが「ある意味ではこの場の主役だしな」や「ずっと閉じ込められていたんだ。ここの美味い食事と酒を飲ませないのは紳士にあるまじき行為だろう」などと口々に言うだけで、誰も止める様子はなかった。
それどころか、むしろ早く行けとばかりに手を振ってくる始末である。その反応に俺は大きくため息をつくと、諦めたように立ち上がるのだった――。
◇
「なるほど、確かにこれは早く来て正解だったかもしれないな」
店を出てアンジェが幽閉されていた牢獄までやって来た俺たちは、アンジェを見た感想を口にした。そこには簡素な衣服しか着せられていない、ズタボロな状態のアンジェが倒れていたからだ。
幸いにも大きな怪我はないようだが、それでもここまで来る間に痛めつけられたのか、彼女の身体は傷だらけであった。どうやら先にここへやって来ていた者がいたようだ。
酷い状態の彼女を見て怒りが込み上げてくるが、今はそれどころではないと思い直してグッと堪える。
「……むぅ、少し遅かったか」
そんな状況を見てエルフリーダさんが小さく呟いた。彼女の視線の先では一人の兵士が倒れている。
教会騎士団の団員ではないようで、顔も装備も違うとは言っていたけど……。
「ひとまず、大丈夫かアンジェ。水は飲めるか?」
そして彼女を抱きかかえると、そのまま連れ出すべく声をかけた。すると――。
「……フェン……様……?」
うっすらと目を開けたアンジェが小さく呟く。その言葉に少し驚いてしまった。
そういえば、以前俺が彼女と出逢ったときに少しだけ話をしたとき、何か異様な目で見られていたことを思い出す。とはいっても、それはほんの僅かな時間のことだったし、それ以降は会うことも無かったので忘れてしまっていたのだが、まさかこんなところで再会することになるとは思わなかった。
「あぁ、俺だよ。もう大丈夫だからな」
安心させるようにそう告げると、アンジェは小さく微笑んでから再び目を閉じた。
やはり相当体力を消耗していたのだろう。
気を失った彼女に服を着せるのは少し躊躇われたが、このまま放置しておくわけにもいかないので仕方なく着せた。
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