第36話 凍り付いた街


「させない」


 それは突然のことだった。どこからともなく現れた人影が俺とベルフェゴールの間に割って入る。



「ぐっ……!」

「え……?」


 その人物は白髪にアメジスト色の瞳。それはさっきまでこの街を凍らせていた元凶、アンジェだった。


 そんな人物が俺たちを庇うようにして立っている。雪の結晶型の盾が両手に装備されていることから、おそらく魔導の一種なのだろう。


 そして彼の周囲には氷の粒のようなものが浮かんでいた。



「大丈夫?」


 彼は顔だけこちらに向けると優しく微笑んでくる。それを見てドキッとする俺。


 ……? いや、そもそもどうして俺を助けたのか理解できないでいた。


 困惑する俺の耳に聞こえてきたのは、ベルフェゴールの声だ。



「おやおや、まさかアナタが彼を助けるとは思いませんでしたヨ」


 たしかに彼の言う通り、同じ魔人の要素を得たアンジェがベルフェゴールを助ける必要はない。


 すると彼女はチラリと俺の方を一瞥してから再び口を開く。



「……別にキミを助けるつもりはない。ただ、さっき言った言葉の意味を知りたいだけ」


 俺の言った言葉の意味……? どのことだ?



「我慢する意味はない。アンジェを受け入れてくれるって……言ったよね?」


 ああ、あれか。あれは単にその場しのぎで言ったことなんだが……もしかして本気にしたのだろうか?


 だとしたら悪いことをしたかもしれないな。とはいえ今さら撤回するのも格好悪い気がするし、どうしたものか……。


 そんな風に悩んでいる時だった。不意に背後から声がしたのは。



「お取り込み中のところ失礼しますヨ」


 振り返るとそこにはベルフェゴールが立っていた。



「どうやらまだ魔王因子は馴染んではいない様子。いや、しかし自我を保てている辺り、適応はしたようですネ」


 奴は相変わらずニコニコとした表情で答える。



「貴様、相変わらず何を……言っている?」


 俺は警戒しながら尋ねるも、奴は変わらず笑みを崩さない。それどころかまるで世間話でもするかのように軽い口調で言うのだ。



「いやぁ、実は私、魔王陛下に頼まれた別件がありましてねェ。まァいいでしょウ、今日は十分すぎる研究結果を得られたわけですシ。挨拶をできただけで満足するとしましょうカ」


 そう言うと、奴――ベルフェゴールは背を向けてしまう。



「それではまた会いましょう。若者たち、そして新たな同志よ」


 それだけ言い残して立ち去ろうとするベルフェゴール。それを黙って見送るわけにもいかず、俺は慌てて引き止めようとするのだが――。



「おい! 待て!!」


 だが一歩遅かったようで、ベルフェゴールの姿は瞬く間に消えてしまうのだった。



 ◇


「大丈夫ですか? 治療薬が必要なら言ってください!」


 あれから数時間後。俺たちは未だに街の中を彷徨っていた。というのも、アンジェが凍らせた人々や街の建物たちを元に戻すためである。


 と言っても俺にできることなどほとんどなく、せいぜい壊れた箇所を直すくらいなのだが……。それでも何もしないよりはマシだろうと思い直し、こうして作業しているというわけだ。


 ちなみに今俺がいるのは広場だ。ここなら人通りも多く、みんなの視線が集まる場所なので比較的やりやすい。あとは人々の視線さえ気にしなければ問題ないという寸法である。


 そして何より役に立ったのは、パルティアの街にやってくる前に集めたアイテムの数々だ。



【名前】

 バターフライの濃厚油

【用途】

 高級な食用油。炒め物や揚げ物にどうぞ。料理の味を引き立てます。

【詳細】

 凍傷した部位を癒すことができる。


 ・HP回復+20

 ・MP回復+10



【名前】

 レモンスパイダーの強酸液

【用途】

 毒消しポーションの材料の一つ。解毒薬を作る際の触媒となる液体。主に麻痺解除に使われることが多い。

 食用にもなりますがとても酸っぱく舌が痺れるので、使用する際は百倍以上に希釈する必要があります。

 消毒にも用いることができる。

【詳細】

 怪我の消毒にも使える。不明の毒に対しても使用することもできる。怪我人の痛みに対しても麻痺治療をすることができる。



【名前】

 アースドラゴンモドキの香辛爪

【用途】

 香辛料の一種。独特の香りがあり、肉料理などに添えると味を引き立てます。また少量を酒に混ぜて飲むと、芳醇な香りが楽しめる。冷えに対し、体を温めることができる。

【詳細】

 アースドラゴンモドキの素材を使ったスパイス。ピリッとした刺激的な味が特徴的。ステーキやシチューなど、様々な料理に使用することができる。特に焼き鳥には欠かせない一品。


 ・食後30分間全ステータス+10%UP

 ・HP回復+10

 ・MP回復+2

 ・炎属性耐性(小)



【名前】

 マッシュルームボアの肉厚茸

【用途】

 旨み成分の塊とも言われるキノコ。肉の柔らかさもさることながら、噛むほどに溢れる汁が堪らない。焼いてよし、煮込んでよしの万能食材です。

【詳細】

 美味しい出汁が出るキノコ。焼くだけでも良し、鍋にしても良し。塩を振って食べると絶品である。

 マッシュルームボアは森に生息する比較的温厚な魔獣であり、攻撃さえしなければ向こうから襲ってくることはない。しかし一度敵対すれば獰猛な性格へと変貌し、突進してくるので要注意。体力回復にも抜群。


 ・HP回復+10

 ・MP回復+30

 ・空腹持続回復(微)



【名前】

 ロックフロッグの舌

【用途】

 見た目はアレだが非常に美味。

【詳細】

 川辺に住むカエルの一枚舌。体躯の割に巨大な舌を持っていて、伸ばすと最大で2メートル近くなる。

 ロックフロッグは岩肌に擬態することで餌である魚からの警戒心を薄くする習性がある。その反面、外敵に対しては強烈な臭いを放つことで撃退する。

 見た目に反して身が引き締まっており、コリコリとした食感がたまらない逸品。ただ人によっては激しい拒否反応を起こすかもしれないので注意が必要。生でも食べるとお腹を壊すので、しっかりと火を通しましょう。


 ・調理法によって効果が変わる。料理スキル持ちの場合、効果が上昇する。

 ・低確率で状態異常付与(毒)





 これらを収納ポーチに残っていたアイテムに加え、職業コミュニティセンターに向かった俺たちは受付嬢からある提案を受けた。それは――。



「アイテムの提供ですか?」

「はい、そうです」


 俺が尋ねると、彼女は眉を下げ、本当に申し訳なさそうに答える。



「今回の事件で圧倒的に治療師と回復アイテムが不足しているのです。どうかご協力いただけないでしょうか?」


 そう言って頭を下げる彼女を見て、俺は少し考える素振りを見せた後、こう尋ねた。



「分かりました。でも条件があります」



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