第35話 許される者、許されないもの
「なにをするつもりですカ?」
俺の様子を見て、ベルフェゴールは怪訝そうに尋ねてくる。対する俺は無言でアンジェに近づく。
「なに? アンジェに何か用? それとも貴方も氷の人形になりたいの?」
まるで威嚇するかのようにこちらを睨みつけてくるアンジェ。威圧感で言えば同じ魔人であるベルフェゴールと同等。
「みんな物言わない氷の人形になれば、誰もアンジェを否定しない。神様もきっと喜んでくれる」
そんな恐ろしいことを平然と言う彼に、俺は思わず身震いしてしまう。本当に彼は人間なのだろうか……?
いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。まずは彼を止めなければ……。
俺は震えたくなる気持ちを抑え、アンジェの元に向かう。
「な、なに! 近寄らないでよ!!」
そう叫ぶ彼を他所に、俺はしゃがみ込むとその細い体を抱きしめた。
「きゃっ! ちょ、ちょっといきなり何をするの!?」
突然の行動に戸惑う彼をよそに、俺は耳元で囁いた。
「……もういいんだ、我慢しなくていいんだよ」
「……っ!?」
その言葉に反応するようにビクッと体を震わせるアンジェ。そんな彼に対し、俺は続けて言う。
「君はずっと誰かのために自分を殺して生きてきたんだろ? だけどもういいんだよ。ここには君の正義を強制する人はいないんだから必要なら、俺がアンジェを受け入れるから――!!」
するとアンジェは大粒の涙を流し始めた。そして大声で泣き始めるのだった。
「うわぁぁぁん!! もう嫌だよぉぉ!! どうしてこんな目に遭わなきゃいけないのぉぉぉぉ!!??」
その姿を見て、俺とマリィは思わず顔を見合わせる。
まさかあの冷酷な彼がこんな風になるとは夢にも思わなかったからだ。正直言って少し驚いている。
「本当に……本当にアンジェはもう誰も傷つけなくていいの……?」
正直、俺を見つめる彼の紫色の瞳が怖い。だがそれでも俺は彼に歩み寄らないといけないと思った。
覚悟を決めて俺は再び彼を抱きしめる。
そんな俺を見たアンジェは綺麗な顔でクスリと笑う――が、その前にそれまで黙っていた魔人の男が口を挟む。
「……そうですか、残念ですネ。ならば力ずくで従わせるまでのこと!!」
まさかコイツ、アンジェを無理矢理にでも連れていくつもりなのか!?
そんなことを考えている間に、事態はさらに悪化していく。
「さぁ、第二戦とイキまショウか?」
そう言ってベルフェゴールは炎を生み出し始める。
俺が生まれたラッグの村をいとも簡単に燃やし尽くした、あの魔法だろうか。
右手を上に掲げると、その炎が渦を巻きながら徐々に大きくなる。それはやがて球体へと形を変えた。
「さぁ、これで消え去りなさい!! 【
放たれた火球は一直線にこちらに迫ってくる。
大きさこそ最初のものに比べれば小さいものの、直撃すれば無事じゃ済まないだろう。
「くっ!」
とっさに横に跳ぶことで回避する。
標的を失った火球はそのまま直進し、壁に激突して大きな爆発を起こした。爆風に煽られながらもなんとか体勢を整えることに成功する。
「ほう、あれを避けますか。なかなかやりますね」
余裕たっぷりといった様子で笑みを浮かべるベルフェゴール。どうやらさっきの攻撃は本気では無かったらしい。
回避力が無ければ、俺はアレで確実に骨まで燃えつくされていたことだろう。
《気をつけてくださいフェンさん! この魔力量からして相手はまだ全力ではありません!》
「(分かってるよルミナ様……!)」
だが今の攻防だけで実力差を痛感させられるとは思いもしなかった。
今の俺では到底敵わない相手だということも理解した。
次に奴が用意しているのは、さっきよりも一回り大きいサイズの火球だ。その大きさたるや、まるで小さな太陽のようだった。あんなものを喰らえば骨すら残らないだろう。
「くそっ! このままじゃこの街ごと消し炭にされるぞ!!」
――だがここで引くわけにはいかない……!
俺は剣を鞘に収めたまま構えを取る。それを見たベルフェゴールは再び笑みを深めた。
「なるほど、次は剣術勝負ですか。いいでしょう、受けて立ちますヨォ!!」
その言葉を皮切りに、今度は剣での戦いが始まる。
本来であればマリィにも加勢してほしいところではあるが、それは駄目だ。今度こそ彼女が殺されてしまう。
ここは俺一人で凌ぐしかない。
まず先に動いたのは俺だった。一気に距離を詰めるべく走り出す。
対してベルフェゴールはその場から動こうとはしない。それどころか無防備にも両手を広げて迎え入れるような仕草を見せる始末だ。
その様子を見て訝しむ俺だったが、すぐに考えを改める。
「(いや違う、これは誘いだ!)」
おそらく俺が仕掛けるのを誘っているのだろう。
魔法――いや、魔導でのカウンターを狙っているに違いない。ならばここはあえて飛び込むべきだと判断した。
そしてそのまま勢いよく駆け寄ると、案の定ベルフェゴールは炎で反撃してきた。繰り出される蹴り技の合間に炎の弾を撃ち込んでくるという器用な真似もしてくるので厄介極まりない。
だが俺には当たらない。なぜなら、俺はすでにヤツの背後に回り込んでいるからだ。
「なっ!?」
驚くベルフェゴールをよそに、俺はすかさず回し蹴りを放つ。咄嗟にガードされたものの、それでも威力を殺しきれず大きく吹き飛ぶベルフェゴール。追撃とばかりに俺も走る速度を上げる。
「ぐふっ……」
地面に叩きつけられた衝撃で咳き込む彼に近づき、俺は尋ねることにした。
「なぁ、もういいだろ? もう充分だろ?これ以上戦っても何も変わらないんだ」
そう、戦うだけ無駄だ。だって彼はこんなにも傷ついているじゃないか。本当はこんなことしたくないはずなのに……。
「……貴方は優しいんですネェ。でも、優しさだけでは世界は変えられませんヨ?」
「……っ!」
だが返ってきたのは予想外の言葉だった。その言葉に思わず動揺してしまう俺。
だがそれも一瞬のこと――。
「フェン!!」
《フェンさん!!》
一瞬目を離した瞬間。
ベルフェゴールは俺の後ろに立っていた。
「忘れてもらっては困りますヨ。ワタシの得意なのは炎による幻想。さて、アナタの命もここでオワリでス」
そう言って両手を前に突き出すベルフェゴール。その両手から溢れ出した炎が俺を焼き尽くさんと迫る。
だがその時――。
「……それは――させないよ」
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