第34話 魔人のキョウキ


「させないよっ!」


 そういって飛び出してきたのは、俺の相棒でもあるマリィ。


 彼女は人形という身でありながら、コボルトという俊敏な種族特性、そして俺のステータス【回避速度アップLv.40】を共有させたことで、一瞬の間に俺と魔人ベルフェゴールの間に割り込むことに成功したのだ。



「おや、貴方は確かあの村でデキソコナイの炎人と戦っていた……」


 驚くベルフェゴールだったが、すぐに笑顔を取り戻す。


「……なるほど、そういうことですか。獣人とも違う……興味深いですネ。つまり貴方も選ばれし人物だったってことでしょうカ」


 その言葉にマリィの身体がピクリと反応する。



「やはりそうでしたか! いやぁ、実に運が良いですヨ! 新たな魔人の素質を持つ人間が今日だけで三人も出逢えるなんて。これでワタシたちの目的も果たせそうですしネェ!!」


 そう叫ぶと同時に、凄まじいスピードで移動を開始するベルフェゴール。あっという間にマリィに肉薄したかと思うと、彼女の頭を鷲掴みにした。



「ぐっ……」


 苦悶の声を漏らすマリィ。



「おい、やめろ! マリィに手を出すんじゃねぇ!!」


 人間と違って体力の回復のできないマリィは、奴の炎攻撃に対して相性が悪すぎる。いくら炎耐性を得ていたとしても、マリィの体は服が破れ、次第にボロボロの状態になっていく。


 そんな彼女に追い打ちをかけるように、ベルフェゴールは次々と炎の攻撃を繰り出す。



「ああ、いい!! いいですネ! この痛み、苦しみ、悲しみ、怒り、絶望……すべてが心地良いデス!!」


 恍惚とした表情を浮かべるベルフェゴールを見て、俺は背筋が凍り付くのを感じた。



「(こいつ……狂ってる)」


 こいつは危険だ。早く何とかしないとマズいことになる。



「はぁ、はぁ……駄目だコイツ、強すぎるよ……!!」



 そしてついにマリィが膝をついてしまう。


 そんな彼女に対し、ベルフェゴールは告げる。



「安心なさい、アナタには傷一つ付けませんよォ? でもまぁ、少しばかり実験のためにも、大人しくしてもらいましょうカ」


 そう言ってベルフェゴールが手をかざした瞬間、マリィが膝から崩れ落ちた。



「おい、マリィに何してんだ!!」


 慌てて駆け寄る。そして俺は咄嗟に叫んだ。


「マリィっ!! 起きろ、目を覚ませ!!」



 しかし彼女が目覚める気配はない。


 するとベルフェゴールはニヤリと笑った。



「ご心配なく、気絶させただけですヨ。それよりもほら、これから新たな魔人の誕生の瞬間ですヨ!!」


 そういう彼の表情は歓喜に満ち溢れている。どうやらマリィのことを本気で仲間にしようと思っているらしい。あの魔王因子とやらを彼女にも使う気なのだろう。


 だがそんなことは絶対に許されない。



「だけど今の俺にはコイツを倒す術が……!!」


 今の俺実力では、どうすることもできない。

 なぜなら街を破壊していたアンジェが、こちらに向かって近づいてきたからである。



「アンジェを否定する人は誰もいない……お父様も、教会の司祭も……私を愛してくれると言ってくれた信徒たちでさえも……!!」


 彼女は雪のような白い長髪と、見た物を魅了するようなアメジスト色の瞳をこちらに向けながら呟く。その瞳の奥には狂気が宿っているように見えた。



「だから私はもう何もいらない……! 私を受け入れてくれる人さえいればそれでいい!」

「そうでス! 私たち魔人だけが貴方の唯一の理解者!! さぁ、共に参りましょウ! ワタシたちが支配する理想郷へ!!」


 甘い言葉を囁くベルフェゴールの言葉。しかし意外にもそれを否定したのはアンジェ本人だった。


「理想郷……? アンジェはそんなもの望んでいない」

「え?」

「なっ!?」


 これには俺もベルフェゴールも驚きを隠せない。



「ど、どうしてですカ!? アナタだってこの世界の在り方に不満があるでしょう? だってアナタはこの世の中に生まれたのだから……!」

「確かに不満はある。けれどだからと言って、貴方たちのように他者から命を奪うような真似は、お父様から駄目って言われているんだもの」



 ――は!?


 ここまでやっておいて、何を言っているんだコイツは。


 絶対に相容れないベルフェゴールだが、今のアンジェの発言に対しては同じ意見を持っていたと思う。



《フェンさん。おそらくですが、アンジェさんの仰っていることは本当なんだと思います》

「え……?」


 突然のルミナの言葉に驚く俺。



《彼女はおそらく、大司教に人を導く人物となるべく育てられたのでしょう。つまり道徳に反することは絶対に許されてはこなかった。だからこそ彼女の行動は全てにおいて正しいのです。殺人すら、本当はしていないのではないでしょうか?》



「……そんな馬鹿な話があるかよ」


 いくら何でも無茶苦茶だ。コイツがこの街でやらかしたことを、俺はこの眼で見ているんだ。


《いいえ。キチンと見てください。街の様子を。誰ひとりとして、命を落としている方がいらっしゃいますか?》

「……ここれは」


 言われてみて気づく。確かにそうだ。この街には誰一人として血を流していないのだ。


 誰も彼もが凍り付いているだけで、まるで戦闘など起こっていなかったかのように……。



「もしかしてこれは……」

《ええ、間違いなくアンジェさん自身による魔導によるものですね》

「やっぱりそうか……」


 街の惨状を見て、俺は確信する。そして同時に決意した。



(これならもしかしたら、彼を救えるかもしれない……!!)

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