第33話 慈悲深き瞳を持つ者


「お前の仕業か、これは一体どういうことなんだよ!?」


 怒りを露わにする俺に、ベルフェゴールは飄々とした態度で答える。



「いやァ、ワタシとしても予想外なんですよネェ。でも仕方ありませんヨ。これが彼の望んだことなんですかラ」


 そう言って指差す先にいるのはアンジェだ。彼は虚ろな表情で佇んでいる。



「アハハハハ!! これがアンジェの力!! 何も遠慮することはない! お父様も! 誰も止める人も居ない!!」


 突然狂ったように笑い出すアンジェ。その体には黒いオーラのようなものが纏わりついているように見えた。



「……どういうことだよ?」


 状況が飲み込めないフェンはベルフェゴールに説明を求める。



「あぁ、素晴らしイ。彼が目覚めた力は【特殊スキル】慈悲深き瞳シヴァーズアイ。ワタシの持つ【魔導】と同じ世界を変える力ですヨ。効果はおそらく――名前の通り戦闘を司るシヴァ神の力。それも一度行使すれば、街全体を凍らせるほどの強力な範囲攻撃デス」


 そう言うと、今度はアンジェの隣に転移したベルフェゴール。そしてアンジェの耳元で何かを囁いた。



「さぁ、その力を行使してみなさイ。貴方の望む世界を創造しましょウ!」


 その言葉と同時に、アンジェの紫色の瞳が輝きだした。



「な、なんだこれは……これは、アンジェの能力なのか?」」


 俺が目の前に広がる世界を見て、驚きの声を漏らした。


 先程まで豊穣祭で盛り上がっていたパルティアの街が、まるで時が止まってしまったかのように凍り付いてしまっている。人も、店も、建物も、何もかもが死んだように動かなくなってしまっていた。


 寒さも尋常じゃない。吐く息が白く染まっていることからも分かる通り、かなりの低温であることが分かる。下手したら凍え死んでしまうかもしれないほどだ。




 巻き起こる冷気の嵐。建物全体が軋み始める。


 街の人たちがどんな状態なのかは分からないが、このままでは間違いなく死んでしまうだろう。



「いったいどうすればいいんだ……?」


 俺は隣にいるマリィに尋ねる。だが彼女は首を横に振るだけで答えてくれない。

 いや、無理もないだろう。なにせこんな状況は初めての経験なのだから。むしろパニックにならないだけ凄いと思う。



「おい、ベルフェゴール!! こいつに早く止めるんだ!」


 ベルフェゴールに詰め寄る俺。だが奴は動じない。それどころか薄笑いを浮かべているだけだ。



「クフフ、別にワタシが何かをしたわけではありませんヨ。ただ彼に力を与えただけですからネ」

「力を……? どういうことだ?」

「簡単なことですヨ。アナタと出逢った村でも飲ませた薬があるでしょう? あの中には含まれる魔王因子は本人の素質によって効果が変わるのです。それを飲ませることで肉体を変化させることができるのですヨ。まぁ副作用として性格が少し変わってしまいますガ……そこで我々は魔王因子がもっとも多く含まれる人間を探したわけですガ、それが彼だったという訳ですヨ。いやぁ、苦労した甲斐がありましたねェ」



 それを聞いて絶句してしまう。つまりあの薬を飲まされたことでアンジェの性格が変わったということなのか?


 いや、それだけじゃない。この有様を見れば分かる通り、街を破壊し尽くしたのも奴の仕業に違いない。



 確かに魔王因子が適応できる人間を探していたと言っていた。だからってまさかこんな方法で……。



「だからって、あんな酷いことをしなくても良かっただろ!? それに、この惨状はいったいなんなんだよ!?」


 俺は声を荒げて問い詰める。だが返ってきた答えは予想もしていないものだった。



「あぁ、これですか? ワタシの趣味みたいなものですから気になさらずニ」

「しゅ、趣味だって……?」

「えぇそうですとも。そもそも魔人たちにはそれぞれ固有の能力というものがありましてね、それを使って破壊活動を行ってもらっているのですよ。ワタシは特に人間の“怒り”という感情が大好物ですので、こういった行為を好むんです」


 その言葉に絶句してしまう。こいつらは人の命をなんとも思っていないのだ。


「ふざけるな! そんな理由で関係ない人たちまで傷つけたのか! 今すぐに止めろ!!」


 怒りに任せて叫ぶ俺。するとベルフェゴールは俺の反応を見ておかしそうに笑った。



「おやおや、それはワタシに言うセリフではありませんヨ? 人を殺す力を得た彼に伝えるべきなのでハ?」


 そう言って指差す先にいるのはアンジェだ。彼は虚ろな瞳で佇んでいる。


 そして次々と街を凍らせていく。建物が崩れていき、人々が死んでいく様を目の当たりにした俺は言葉を失ってしまった。



「あァ、素晴らしい光景ですネェ」


 目の前で起こっている惨劇を前にして恍惚とした表情を浮かべるベルフェゴール。


 こいつは本気で言っているのか? 人が死んでいるんだぞ? なのにどうして笑っていられるんだ?



「……お前、自分が何をしたのか分かっているのか?」

「勿論分かっていますヨ。だから言ったじゃないですか、これは彼の望んだことだト」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中が真っ白になった。


 ――コイツとはもう説得なんてできない。



「くっ……」


 言葉に詰まる俺を他所に、ベルフェゴールはさらに続ける。



「素晴らしい、素晴らしいですヨ! 彼はワタシたち魔王の眷属の中でも、特別な存在になりうるデショウ! 彼は四魔天と呼ばれる実力者……その一角になるかもしれませン!!」


 興奮しながら話すベルフェゴールの言葉に、俺たちは唖然としてしまう。

 こいつが何を言っているのかわからない。


 アンジェが特別? しかも四魔天の一人で、さらにその中でも実力があるだって? そんな馬鹿な話があるわけないじゃないか。


 だってあいつはただの少年だぞ?

 しかも親殺しという冤罪を掛けられ、それをたった今解放されるところだったっていうのに……!!



「くそ、一体どうすればいいんだよ……」


 思わず悪態をついてしまう俺。するとベルフェゴールが口を開いた。



「さて、それでは本題に入りましょうかネ。まずはそこのフェン君、アナタ……なにか神に属するものをその身に宿していますネ?」


 ――え?


《フェンさん今すぐ逃げてくださ――》


 次の瞬間、俺の視界が反転する。

 気が付けば地面へと叩き付けられていた。



「ぐはっ……」


 背中を強く打ちつけてしまい、息ができない。

 そんな俺を見下ろしながら、ベルフェゴールが口を開く。



「本当はもう少し様子を見たかったのですが、これ以上時間をかけすぎるとこの都市を管理する神に怪しまれてしまいますからネ。今のうちに終わらせておきましょうカ」


 そう言いながら俺に向かって手をかざした。

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