第26話 親殺しの【???】


「彼女は元々、このパルティアの大司教が育てていた娘だったんだ」


 アンジェという少女が収監されている牢屋の前で、ミレイユさんは彼女のことを話してくれた。



「彼女が生まれた時、教会の信徒であった母親が急死してしまったそうだ」


 その父親と思しき人物は、当時の司祭様。母親が死んだあとは彼が父親代わりとして彼女を育てたそうだが、その司祭は彼女にとても厳しかったのだという。



 親というよりまるで教師のように厳しく接し、勉強や魔法の訓練などを押し付けていたという。それは教育というよりも、虐待に近かった。


 しかしその司祭は教会では立場が強く、大司教となってからは彼をいさめるような者もおらず、周りからも同情の声は上がらなかったとか……。



 やがて彼女が十六歳になった頃、事件が起きた。そう、神からジョブを与えられる”予見の儀”である。



「なんということだ……神は私をお見捨てになったのか!?」


 大司教は絶望したという。そして同時に怒り狂ったのだ。それはそうだろう、なんせ自分の娘が授けられたのは、【殺人鬼】というジョブだったのだから。



 その後、彼はすぐに教会本部へ連絡を取ったという。罪を許さない教会が、ましてや殺人を生業とする者など許すはずがない。そしてそこで言い渡されたのが、破門宣告という名の牢屋行きだった。

 つまり親子の縁を切ると言われたのである。


 父親に認められたい。その一心で生きてきたアンジェにとって、それは死ぬことよりも恐ろしいことだった。


 ただ、それだけならまだ良かったかもしれない。

 司祭から大司教へと権威が上がったアンジェの父は欲をかいた。



「彼は娘の力を利用して、さらに上の立場を目指そうとしたらしいのだ」


 ミレイユさんは言う。彼の野望はとどまることを知らず、なんと教皇の座にまで手を掛けようとしていたらしい。


 そこまでして権力を手に入れたかったのか……それとも別の目的があったのか……真相は不明だが、結果として彼の思惑は失敗に終わることになる。



「ある日、大司教が死体で発見された。そしてそのそばには、血まみれのアンジェがいたんだ……」


 現場の状況から見て、犯人は恐らくかなり腕の立つ人物だったのだろうと推測されるが、結局容疑者は一人しかいなかった。



「教会は彼女を拘束し、ここへ閉じ込めた。一生日の光を浴びることも許されず、ただ無為に過ごすだけの毎日を送ることになったというわけだ」


 そう言ってミレイユさんは悲しげに目を伏せた。



「そんな……」


 話を聞いた俺は言葉を失う。確かに罪を犯したとはいえ、こんな仕打ちを受ける謂れはないのではないだろうか?


 そう思っていると、隣にいたマリィがつい口を挟んできた。



「あのっ! どうにかならないんですか!? だってこんなの酷すぎます! それに本当にアンジェさんがやったっていう証拠があるんですか!?」


 彼女がそう言うと、ミレイユさんは首を横に振った。



「【殺人鬼】というジョブは自分の意志とは関係なく、人やモンスターを問わず何かを殺したいという衝動に襲われてしまう、バーサーカーなんだ。見ての通り、今のアンジェは温厚そのものだし、誰かを傷つけることさえ忌避している。……これはもはや、呪いに近いジョブなんだよ」


 そう言われてしまうと、何も言えなくなってしまう俺たち。



「……残念ながら、これは教会側の決定だ。それにいくら私たちが訴えても、もう覆ることはないだろうな」

「……」

《残念ながら、親殺しは重罪です。人が決めた法ではありますが、神である私としても許されざれる行為であります》


 脳内のルミナ様までアンジェを非難するようなことを言い出してしまい、俺も食い下がることができない。



「それでも……っ!! 彼女は被害者じゃないですか!」


 そんなことを考えていると、突然アンジェ君が口を開いた。



「お父様は悪くない」


 ポツリと呟かれた言葉に、俺たちは全員の視線が彼に集まる。



「アンジェ?」

「アンジェのお父様は悪いことしてない。お父様の期待に応えられなかったのが悪い」


 そう言うとアンジェ君は、光の灯らない瞳でこちらをジッと見つめてくる。その様子はまるで感情のない機械のようだった。



「見ての通り、彼はここから出ようとしないんだ。外で贖罪をすれば刑期も減るんだろうが……」

「本人の意思がない限り無理ってことですか?」

「そういうことになるな」


 ミレイユさんはため息をつくと、疲れたように薄汚れた壁に背を預けた。



「すまないな、だから君たちに紹介するのはちょっと躊躇ためらってはいたんだ」

「いえ……」


 なんだかやるせない気持ちになって、俺もまたため息をついた。



「(なんとかしてやりたいけどなぁ)」


 そう思ってチラリと隣を見ると、ちょうど同じタイミングでこちらを向いたマリィと目が合った。彼女もきっと同じようなことを考えていたのだろう。


 お互いに見つめ合う俺たちを見て、ミレイユさんがクスリと笑う。



「それにな。彼女を外に連れ出すには莫大な喜捨……つまりは教会に対する寄付が必要になってしまうんだ」

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