第25話 背神者の少女
そうして俺たちが連れてこられたのは、昨日も訪れた街の中央にある教会騎士団の敷地だった。
ただ昨日リゲルを引き渡した場所ではなく、塀に囲まれた物々しい雰囲気の場所。
ミレイユさんは出入口に控えていた騎士の人たちに事情を説明してから、奥へ奥へと歩いていく。
その先にあったのは、一見すると何の施設なのかも分からないような、堅牢で窓や装飾もない一階建ての建物だった。
入り口は金属製の重厚な両開き扉が一つだけあり、その扉の隣サイドには槍を持った重装備の二人組が立っていた。
「ここは……?」
不思議そうな表情を浮かべているマリィの代わりに俺が訊くと、ミレイユさんが答えてくれた。
「ここは“背神者”を収容しておく場所さ。このパルティアの領主でもある司祭様の管轄でな。本来であれば私たちのような平民では入ることすら許されないんだよ」
「そうなんですか?」
思わず聞き返してしまう俺だったが、その返事は無かった。俺たちの前を行くミレイユさんは、躊躇うことなく中へと入っていったからだ。
慌てて俺たちも後に続くと、そこには鉄格子の扉があった。そしてそれを守るように立つ二人の男の姿もある。
俺たちは彼らに会釈をして通り過ぎると、そのままさらに奥へと向かうミレイユさんに続いて廊下を進む。
「あのー、ここでなにをするんですか?」
そう質問する俺に、彼女は真剣な表情で答える。
「言っただろう? キミたちの仲間候補を紹介するって」
「え!? ここでですか!?」
驚く俺とマリィに、ミレイユさんは頷く。
「そうだとも。だが安心するといい。キミたちならきっと気に入るはずだ」
コツコツと足音を立てながら、薄暗い廊下を歩いていく。廊下の両隣には鉄格子で塞がれた牢屋が立ち並び、その中にはうつろな目をした者たちが座っていた。
全員ボロボロな服を着せられ、痩せこけたその姿はまるで囚人のようだった。
そんな人たちを初めてみた俺たちは面を喰らっていると、副リーダーであるロックさんは言う。
「ここに収容されているのは皆、犯罪を犯した者たちだ。といっても、殺人や強盗などの凶悪犯はいないぞ。せいぜい窃盗や詐欺くらいなものだな……ただ一人を除いて」
その言葉に少しだけホッとするが、それでも犯罪者であることに変わりはない。
「……でもどうしてこんなところに?」
恐る恐る訊ねる俺に、彼は静かに答えた。
「理由は様々だ。ジョブを授けられたものの、食い扶持を稼げなかった者、魔が差した者。どんなに良いジョブを与えられようとも、犯罪に手に染めてしまうのが人間というものなのだろうな……」
そう言って立ち止まるミレイユさんに合わせて、俺たちも足を止めた。
そこは突き当たりの部屋の前だった。扉の横には先ほどと同じ格好をした兵士が二人立っており、ミレイユさんを見ると敬礼をする。
それを見て俺も慌てて頭を下げた。
「ご苦労さまです!」
「お勤めお疲れ様です!!」
兵士の一人が緊張した面持ちで言うと、もう一人の方も同じく緊張した顔でお辞儀をする。顔を上げた兵士たちが言う。
「どうぞお通りください」
「ありがとう」
彼らの許可が出たことで、ミレイユさんは扉を開けた。すごい、ミレイユさんの顔を見ただけで、確認もせずに入れてくれるんだ……。
ギイィという音を立てて開いた扉の先は、小さな部屋だった。
六畳ほどの広さしかなく、あるのは木製の机と椅子のみ。そして何も描かれていない真っ白な壁。その椅子に腰かけていたのは……一人の青髪の少年だった。
年齢は10歳前後だろうか? 身長も小さく細身で、黒いローブを着ている。
髪は白く肌は病的なまでに青白い。目は虚ろでどこを見ているのかよく分からない感じだ。感情というものがすっかりと抜け落ちてしまっているようだ。
こんな子が本当に“背神者”なのだろうか?
「ねぇ、フェン……」
「あぁ。ただの子供にしか見えないよな……」
少年は立ち上がると、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。
俺たちは思わず身構えたが、少年が敵意が無いことを示すかのように首を傾げたので、警戒を解くことにした。
「こ、こんにちは」
俺はとりあえず挨拶をする。すると少年もまた同じように挨拶を返してくれた。
「こんちには」
少しぶっきらぼうな感じだけど、思ったよりしっかりした感じの子のようだ。手には筆があり、壁に何かの絵を描こうとしているようだった。
「えっと、君はここでなにしてるの?」
続けて質問してみる俺だったが、返ってきた答えは予想外のものだった。
「分からない」
「分からない?」
「うん。お父様にここにいなさいって。だからアンジェはずっとここでお絵描きをしていたの」
そう言うと少年は、再び壁に向かってしまった。どうやらこれ以上話すつもりはないらしい。どうしたものかと考えあぐねていると、ミレイユさんが口を開いた。
「その子の名前はアンジェリカ君と言う。見ての通りまだ幼い子なんだが、魔法の才能はピカイチらしい。だがなんというか……精神に問題を起こしてしまってな」
「問題?」
「……本人の前では口にするのもはばかれるのだが」
ミレイユさんはそっと俺の耳元に口を寄せると、小さな声で呟いた。
「アンジェは大司教である義理の父を殺めてしまったんだ」
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