第24話 背神者の償い
「その、なんだ……本当に済まなかった」
「い、いえ……アレはまぁ事故というか……うん、泣きたくはなりましたけど」
公衆の面前で俺が童貞(というジョブ)だと大声で暴露したことを平謝りするミレイユさんに、俺は苦笑いを浮かべながらそう返した。
いやだって、さすがにあれは恥ずかしいわ。しかもそれを聞いていた周りの人たちが全員爆笑してたし。おかげでしばらくの間、俺の方に向かうニヤニヤとした視線が絶えなかったくらいだ。
「ひひひっ、すまねぇな坊主! ウチの姫サマは剣一本の世間知らずでよォ! そういう男女のことは、まるっきり無恥なんだよ!」
「おい、うるさいぞロティ! 貴様の減らず口を二度と聞けないようにしてやろうか!!」
顔を真っ赤にしたミレイユさんは、同じテーブルで飲んでいた『銀翼の天使団』メンバーの斥候役、ロティさんにステーキを切り分ける用のナイフを向けて怒鳴り散らした。
それを見て、さらに面々は笑いの渦に包まれる。
「はぁ、まったくコイツらときたら……しかし、国中を旅した私でも経験値が増加する【童貞】というジョブは初めて聞いたな。下手すれば私と同じ【剣聖】と同じ上級職に化けるかもしれんぞ」
「えぇっ!? そんなバカな……!」
確かに以前、神域で神様が今までにないジョブみたいなことを言っていた気がするが、いくらなんでもそれはないだろう。そもそもなんでよりにもよってこのジョブが同列なんだよって話だしなぁ。
「ふふふ。私がフェン殿に様々な初体験をさせれば、面白いことになるかもしれぬな」
「そ、それはちょっとご遠慮願いたいかなぁ……なんて、あははは……」
思わず見とれてしまうような美人な女剣士さん。そんな彼女が発するには随分と過激なセリフなんだけど……。ミレイユさんが言っているのは別にえっちな初体験のことじゃないことは、俺も出逢ってからこの僅かな間に理解した。
彼女が所属している『銀翼の天使団』は国の中でもトップクラスの傭兵団で、モンスターハンターから犯罪者の討伐、ダンジョン攻略から様々なジャンルで活躍するエリート集団である。
そんな凄い人たちを率いるミレイユさんは中でも群を抜く実力者、国内最強の剣士【剣聖】なので、人の皮を被ったバケモノといってもいだろう。
おそらくは戦闘狂、もしくは凶悪な肉食獣と言った方が近い。美しい見た目にホイホイ騙され、彼女の言う戦闘の初体験なんかに巻き込まれたら俺の命が持たない。
真っ青な顔を浮かべている俺を、周囲の『銀翼の天使団』メンバーは若干同情した視線を俺に向けていた。中には食べかけていた串焼きを俺に分けてくれる心優しい人もいたほどだ。
「そうか……それは残念だな。せっかく久々に鍛えがいのありそうな面白いジョブ持ちを見付けたのだが」
あからさまにガッカリした様子を見せるミレイユさんを見て、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。だがさすがに安請け合いをするわけにもいかない。こんなことで死にたくなないし。
そう思った俺は、話題を変えることにした。
「それで、その……どうでしょうか? やっぱりこんなジョブ持ちでは、魔法使いの仲間を見付けるのは難しいですかね……?」
おずおずと訊ねると、彼女は腕を組んで悩み始めた。どうやら真剣に考えてくれているようだ。
「たしかに旅人にしろ、ハンターにしろ。共にこの危険な旅をする上で、仲間のジョブというのは重要な要素だ。特に魔法使いと言った後衛職にとって、頼れる前衛職かどうかで生存率は大きく変わるからな」
やはりそうだよな。そうなると仲間探しも一筋縄ではいかないかもしれないな。さて、どうしたものか……。
「ただ心当たりがないわけではないぞ?」
「え、本当ですか!?」
思わず身を乗り出す俺だったが、ミレイユさんが言うにはその人物とはかなりの問題児で、扱いきれるか分からないとのこと。
それでも可能性があるだけありがたい。もしかしたらもあるからな。
「実は一つだけ方法がある」
ナイフに分厚いステーキ肉を豪快に差し、それを俺に向けながら話すミレイユさん。
そんな彼女に思わず聞き返す俺だったが、そこでふと気付いた。なぜだろうか、ミレイユさんの目が輝いているような気がするんだが……。
「ああ。だが、それは本当に最終手段というべきか……あまり新人であるキミたちにはオススメできない。というより、ほぼ確実に無理に近い」
「えっ!?」
その言葉に驚く俺たち。そんな彼女たちをよそに、ミレイユさんは言葉を続ける。
「それは魔法使いの“背神者”を雇うことだ」
「ええっ!? あの背神者をですか!? っていうか、そんなことができるんですか!?」
突然出てきた予想外の単語に、俺たちは揃って驚いた。
“背神者”とは読んで字の如く、罪を犯して神に背いた者のこと。つい昨日、罪を犯したリゲルがその背神者になったばかりである。
しかしどうしてそんな人間を雇うだって!?
「あぁ、可能だぞ。むしろ彼らは、そうやって神の許しを得るんだ。教会でただ懺悔するよりも、実際に行動で示すことで、神は彼らの罪を許すのだ」
「……なるほど」
つまり背神者は神が与えた試練というわけか。それならば納得できる話だ。
「一応言っておくが、別に私も意地悪や冗談でこんなことを言っているわけではないぞ。これはある意味では最も安全な提案なんだ」
そう言って真面目な顔で見つめてくる彼女に、俺たちはゴクリと唾を飲んだ。
「彼らはたしかに罪を犯した者たちだが、中には優秀なジョブを持った者たちがいる。当然、人を殺めたり到底許せない行為をしたクズもいるのだが、生活に困って致し方なく悪事に手を染めてしまった者もいるんだ」
なるほど。そういう事情があって犯罪を犯した人は確かに存在するよな。
まぁそれが全てではないと思うが、それでもそこまで悪人じゃない人たちはそれなりにいるはずだ。
「たとえば、ハンターだった仲間を冒険のうちに亡くし、生計が保てず借金で背神者になった者。幼い頃から孤児で大人に頼れず、生きるために食べ物を盗んでしまった者。有能なジョブを持ちながら、生かすことができず様々な理由でくすぶっているものがいるんだ」
「そうだったんですか……」
この世の中には色んな事情を抱えた人がいて、それぞれに理由があり生きているんだな……。
そういえば昔、俺の母さんまだ生きていた頃に言っていたっけ。世の中には色々な境遇を持つ人たちが大勢いることを……。
そんなことを思いながら、俺はミレイユさんの話を聞いていた。
「だから、私は彼らをオススメするよ。【背神者】……罪を背負ったまま生きる彼らに再起のチャンスを与えるのも良いことだとは思わないかい?」
どこか皮肉めいた笑みを浮かべてそう言うミレイユさんに、俺は頷いた。確かにその通りだと思う。
――というより、この含みのある言い方はなんなんだろう。ミレイユさんって、過去になにか【背神者】とあったんだろうか。
「まぁ、口で説明するより実際に見せたほうが早いだろう。さぁ付いてきてくれ」
そう言って立ち上がったミレイユさんに促されて、俺たちは酒場を出たのだった。
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