第23話 【童貞】に驚く美女剣士


「ここは私の奢りだ。フェン殿やマリィ嬢も遠慮なく食べてくれ」

「は、はぁ……」

「わぁ! ありがとうございます!」


 俺たちは剣聖ミレイユさんたちのお誘いで場所を移動し、商業区にある酒場へとやってきた。


 ここはハンター向けの酒場であり、昼間からガッツリと酒を提供しているそうだ。


 俺たちは店内の奥にある半個室にいる。

 このスペースはミレイユさん率いる『銀翼の天使団』の専用らしい。剣聖のいるパーティともなると、お店の方から特別扱いしてもらえるんだとか。



「ここは私の行きつけでな! なんでも美味いんだ」


 そう言うと、ミレイユさんはテーブルに身を乗り出し、片っ端から料理をさらに載せ始めた。


 そのせいで胸元が大きく開き、谷間が見えてしまっているので俺は慌てて目を逸らす。すると隣にいたマリィが俺の腕をつねってきた。痛い……。


 俺が顔を背けると、ミレイユさんはなぜか嬉しそうに笑っていた。


 ちなみにミレイユさんは現在、鎧を脱いでラフな格好になっていた。上はタンクトップ一枚だけであり、大きな胸によって押し上げられた布地が今にもはち切れんばかりだ。下もホットパンツのような短パンなので、正直目のやり場に困ってしまう。



 他のミレイユさんたちパーティメンバーは慣れたように次々と料理をオーダーし、テーブルの上はあっという間に料理やお酒でいっぱいになっていた。そのどれもが見たこともないほど豪華で、本当に羨ましい限りだ。


 ちなみに飲み物は酒以外は無いらしく、俺は薄いエールを、マリィは果実酒の果汁割りをちびちびと飲んでいた。



「なるほど、キミたちは魔法を使える仲間を探しているというわけか」

「はい。俺のジョブでは魔法を使うことができないので、せめて一人くらいは後衛が欲しいなと思いまして……」


 俺が答えると、向かい側に座るミレイユさんは腕を組んで、難しそうな表情で考え始めた。



「……ふむ。そういうことなら協力したいとは思うのだが。さすがにウチのメンバーの魔法使いマジックユーザーを貸すわけにもいかぬしな」

「そ、そうですよね……」


 まあそれは当たり前だよな。


 軽く自己紹介をして貰ったが、魔法使いや盾職、斥候役や後方支援担当など幅広いメンバーで構成されていた。


 最強の剣士がいるパーティだけあって、他のメンツも誰もが一流の実力者だ。



 『銀翼の天使団』の副リーダーである盾職のロックさんいわく、ミレイユさんのカリスマ性があまりにも凄すぎて、パーティの参入をしたがる人が後を絶たないらしい。まぁ、彼女ほど強くて美人なら憧れる人も多いだろう。


 そんなことを考えていると、隣で静かに話を聞いていたマリィが俺の袖を引っ張った。



「ねぇ、フェン。私たちだけで探すより、やっぱり職センで仲間になってくれる人を募集した方がいいんじゃないかしら?」


 確かに彼女の言う通り、時間は掛かってでもその方が効率はいいかもしれない。でも――。



「んー……。でもなぁ……」


 正直言ってあまり気乗りしないんだよな。というのも、さっき俺たちに絡んできた男たちのようにマリィを性的な目で見てくる奴が出てくるからだ。


 ただでさえ美少女なんだから、これ以上目立つようなことはしたくないというのが本音だった。



「それに君たちが知っているかどうかは分からぬが、このところ魔王の手先である魔人の動きが活発なんだ。魔導という特殊な技法に対する防御として、どの魔法使いも引っ張りだこなのだよ」

「あー……。なるほど」


 それなら納得、というか俺たちも魔人の影響は身に染みて理解している。むしろ魔法使いが欲しいと思ったキッカケでもある事件だしな。



「ところで、フェン殿はどのようなジョブなのだ? 場合によっては私の方から、誰か相性の良さそうなジョブの者を紹介するという手もあるのだが……」


 そう訊ねられ、俺は返答に困ってしまった。なぜなら俺のジョブは【童貞】。

 仲間が見つからない理由のひとつでもあるのだが、こればっかりは説明が難しいんだよなぁ。


 どう答えたものか悩んでいると、それを察したのかミレイユさんがこう続けた。



「む、どうした? どんなジョブだろうと、恥ずかしがることはないぞ? ジョブとはいわば、神より授かりし天命。たとえ戦闘職ではなくとも、使い方次第で化ける可能性だってあるのだしな」

「え、いや……その……」


 さすが大人だなぁ。こういう気遣いができる人は好感が持てるよな。


 だけど違う。そういうレベルの話じゃないんだよ、ミレイユさん……!!



「ん? なんだ? ハッキリ言ってくれないと分からんぞ?」

「(あぁ! もう! どうしたらいいんだ!?)」


 言えない……! こんな純粋な目で見つめられたら、とてもじゃないけど『実は俺、【童貞】っていうジョブなんですよ』なんて言えるわけがない!! こうなったらもう正直に話すしかないか……?



《ぷっ、くくくっ。正直に言ってあげたらどうです? でも純情そうな彼女がそんなことを聞いたら、いったいどんな反応をするんでしょうかね?》


 おい、ルミナ様てめぇ。他人事だと思って好き勝手言ってるんじゃないぞ。そもそも貴方たち神様が俺にこんなジョブをを与えたのが原因でしょうが!!



「……あ、あの!」


 俺が頭を悩ませていると、突然隣に座っていたマリィが声を上げた。何事かと思い彼女の方を向くと、彼女は緊張した様子で言葉を続ける。



「フェンは【童貞】というちょっと変わったジョブ持ちなんです。けど、どうか笑わないであげてください。彼は私の大切なパートナーなんです!!」

「ま、マリィ!?」


 まさかいきなり彼女が暴露をするなんて思わなかったので、俺は驚いて彼女を見つめた。だけどマリィの表情はとても真剣で、本気で俺のことをフォローしてくれようとしているのが分かった。



「だからお願いします! どうか誰か良い魔法使いを紹介してください!!」


 そしてそう言って頭を下げるマリィ。そんな彼女の行動に驚きつつ、俺も慌てて頭を下げた。


 しばらくそのままの状態が続いたが、肝心のミレイユさんはキョトンとした顔で首を傾げていた。



「えっとすまない。その【童貞】という言葉を聞いたのは初めてなのだが、どういった意味なのだろうか」

「え……?」


 一瞬、俺とマリィの時が止まる。



「はっ、もしや剣聖や勇者に並ぶ、今までにない伝説のジョブだったりするのだろうか?」

「ぶふぉっ!?」


 ぱぁっと目を輝かせながらそう訊ねてくるミレイユさん。


 それまで隣で飯をかっくらっていた『銀翼の天使団』メンバーたちも、彼女のド天然ぶりにたまらず噴き出した。



「おい、お前ら! そこまで驚くほどのジョブなのか! すごいな、【童貞】は!!」


 最終的にミレイユさんは席から立ち上がり、今度は店内に響くほどの大声で俺のジョブを褒めたたえた。


 騒然とする店内。


 赤面してテーブルに突っ伏してしまったマリィ。


 爆笑する『銀翼の天使団』の面々……。



 なんだろう。俺、もう帰ってもいいかな……?

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