第2章 慈悲深き瞳を持つ女
第13話 決意を胸に旅立つ二人
地獄のような夜が明け、俺たちは後片付けを進めていた。といってもやることなんてほとんどない。
火災でラッグ村のほとんどが焼けてしまったので、ほとんどの家財道具を失ってしまったからだ。
思い出の場所がことごとく灰になってしまったことに、何とも言えない寂しさを覚えた。
「これで皆もゆっくり眠れるかな……?」
「そうだな……」
そして村の人たちの弔いだ。既にほとんどの人が灰になってしまっていたので、アンデッドモンスターにならなかったのは不幸中の幸いだった。死んだ人間を二度も殺すのは俺も嫌だ。
俺とマリィで手分けしながら彼らの灰をできるだけかき集め、村の中心にある大木の下に集めて弔った。
大木も焼けて半分に折れてしまい、今はただの墓標として立っているだけだ。
「村長から習った教会式の祈りがこんな時に役立つなんてな」
俺そんな皮肉を吐きながら、祈りを捧げるために組んでいた両手を離した。
マリィも「そうだね」と小さく苦笑いを浮かべる。
「ルミナ様が、皆の魂は無事に神域に着いたってさ」
「そう……良かった」
ちなみに昨夜のうちにルミナ様の正体については打ち明けてある。最初は驚いていたけど、意外とすんなり受け入れてくれた。それよりも「童貞ってなに?」としつこく訊ねてくるマリィに、どう説明をするかで苦労したくらいだ。
その挙句にマリィからは「じゃあ私で童貞を捨てたら、ジョブと称号は変わるのかな?」と悪戯っぽく言われたときは焦った。危うく頷くところだった。
いやまあ、その、なんだ? 嫌ってわけじゃないけど心の準備とかあるじゃん?
それにほら、まだお互いのこともよく知らないしさ? そんな不純なことのために抱くのも違う気がするし、何より相手は幼馴染だし。
そんなふうに俺がしどろもどろになっていると、彼女は「まぁそれは私が元の人間の姿に戻ったらね?」と笑われてしまった。たしかにゴブリン人形のマリィを相手にエッチなことはできないよな……残念だ。
《フェンさんのそういうところが、いかにも童貞らしいんですよね》
「(うるさい。放っておいてくださいよ……!!)」
まあそれは置いておいて、とりあえず俺たちの目的は決まった。
――魔王を倒して、マリィを元に戻す。
だがそのためにはまず、強くならなきゃいけない。そのための旅立ちだ。
旅には当然食料が必要だけど、昨日の戦いで荷物の大半は焼失してしまった。かろうじて無事だった干し肉やドライフルーツなどは持ち運びしやすいように布にくるんでおいたけど、あまり量は多くない。
ここから最初の目的地である聖都パルティアまでは、歩いて二日ほどの距離。村を出たらまず、森で果実や獣を採集する必要があるだろう。
ちなみにこのパルティアという都市は、旅の巡礼者たちが立ち寄ることで発展した場所だ。
商人や旅人たちも集まっているので、そこで魔王討伐の旅に必要な物資や情報を集めようかと思う。
「よしっ! それじゃあ早速出発しよう!」
「うん!」
俺は荷物の入った収納ポーチを背負って立ち上がると、ロープでグルグル巻きになったリゲルを肩に担いだ。マリィは背が俺の腰ぐらいまでしかない幼女体型のため、自分の分と合わせて二人分の荷物を持つことになったのだ。
とはいえ、この収納ポーチのおかげで荷物の持ち運びはかなり楽だと言える。
このポーチは死んだ父さんの遺品だ。大した量は入らないし、中身の重さは変わらないという低級品。
だけどレベルが上がって筋力が更についたおかげで、俺よりも体格のゴツいリゲルを担いでもかなり余裕がある。
「う、ぐ……本当に俺を罪人として突き出すのか?」
「当たり前だろ? お前らのせいでマリィがこんな目に遭ったんだ。きっちり責任取ってもらうからな」
「うぅ……」
あれほど粗暴者だったリゲルはすっかり大人しくなっていた。よほど俺に叩きのめされたのが
ベルフェゴールに操られていたとはいえ、彼女を自分の物にしたいと考えていたのは事実だったんだろうしな。
だからコイツには、教会でしっかりと裁かれてもらわなければならない。
被害に遭ったマリィにも処遇をどうするか尋ねてみたら、俺と同じ意見だった。
マリィの命を奪った取り巻き二人に対しては彼女が直接的に手を下したし、リゲルは時間を掛けて罪を償ってほしいらしい。
村の入り口にある門まで歩いてきたところで、俺は最後に振り返った。
この村で生まれ、親を亡くしてからはマリィと一緒に助け合ってきた。彼女を護ることが両親との最期の約束だったから。
十六年の間、ここで過ごしたことは一生忘れない。俺にとってラッグの村はかけがえのない故郷であり、いつか帰るべき場所だ。
「またね、みんな……」
「父さん、母さん……必ず、マリィを元通りにして帰ってくるから」
泣きそうな声で別れを告げるマリィの隣で、俺は決意を胸に歩き出した。
◇
そうして旅を始めて七日後。
俺たちはようやく聖都パルティアが見える丘まで辿り着いていた。
ここまで予定よりも大幅に時間が掛かってしまったのは、途中で何度もモンスターに襲われたのが原因だ。
いや、正確に言えば今も魔物に絶賛襲われ中なのだが……。
「ほいっ、そっちにバターフライが三匹飛んで行ったよ!!」
「了解……っと!」
襲い来る巨大トンボの群れを躱しながら、剣で斬り伏せていく。
続けて背後から迫るレモンスパイダーの毒液攻撃も難なく回避した。
その毒蜘蛛も、地を這うように高速移動してきたマリィの双爪によってアッサリと引き裂かれていった。
彼女のスピードは凄まじく、敵の動きがまるで止まっているように見えるほどだった。
「(……速いな)」
おそらくあの速さなら、この程度の魔物がいくら襲ってきても渡り合えるだろう。少なくとも僕が知る限り、ここ数日で彼女は一切の傷を負っていない。
「ふぃー。これであらかた片付いたかな?」
「そうだね。お疲れ様、マリィ」
「フェンもナイスファイトだったよー!」
マリィは赤いリボンのついた長い金髪を揺らしながら、俺の腰に抱き着いてきた。
コボルト人形になってもサラサラなままの彼女の頭を撫でながら、俺は背嚢から水筒を取り出してマリィに手渡した。不思議なことに人形の姿でも飲食はできるらしく、ワンピースの腰元に片手を当てながら、ゴクゴクと喉を鳴らしている。
「……ぷはっ! 生き返ったぁ~!!」
口元にこぼれた水滴を
「それにしても、フェンの“童貞”って凄いね! まさかあんな便利なスキルを覚えちゃうなんて!!」
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