第12話 すべてはここから


「なぁマリィ……体がもたないってどういうことだよ?」


 急に告げられた衝撃的な事実に、俺は混乱していた。

 せっかくこうして再会できたというのに、もうすぐ死んでしまうだなんて信じられるか? 


 マリィとやりたいことだって、まだ山ほどあるんだ……!



《フェンさん、彼女の手を見てください……》

「マリィの手? ……って、どうしたんだよソレ!」


 ルミナ様に言われて初めて気が付いた。マリィの手は黒く染まり、所々焼け焦げていた。



《先ほど炎人と戦闘をした際についた火傷でしょう。おそらく元に戻ることはないかと……》

「そんな! 人形の体なら、縫い直せばどうにかなるんじゃないのか!?」

《それは無理です。そもそも人形とは魂の無い器ですから、一度壊れたら終わりなのです。回復魔法は魂のある肉体にしか効果が無いので……》

「そん、な……」


 ルミナ様の言葉に、俺は目の前が真っ暗になるような錯覚を覚えた。

 せっかく会えたのに、こんなすぐにお別れだなんて酷すぎるだろ……!!



「ごめんね、フェン……。でも仕方ないの……」

「仕方がないってなんだよ!? そんな簡単に諦めるなよ!!」


 諦めきった表情で呟くマリィに、俺はつい怒鳴ってしまった。マリィは俺の剣幕に驚いた様子だったけど、やがて寂しそうに笑った。



「フェンは優しいね。そういうところ、私は好きだよ」

「っ……!」


 好きという言葉を聞いて、心臓が高鳴った。嬉しいから、という理由だけじゃない。



「(そんな別れを言い聞かせるような言い方、俺にするんじゃねぇよ……!!)」


マリィのその言葉は震えていたし、人形の手で茶色のワンピースの裾をギュッと握りこんでいる。強がっているのがバレバレだ。




「(ルミナ様、何か方法はないんですか?)」

《残念ですが、神である私にもどうすることも……》 

「(マリィのためなら何でもします! 真っ裸で街を一周するんでも、小汚いオッサンの靴を舐めるのでも構わない! だからどうかお願いします!! なんなら俺の命だって捧げても良い!!)」


 すがるように叫ぶ俺に対して、しかし神様の反応は冷たいものだった。



《あのですね、いくら私が神様だからといってそんな権限があるわけないじゃないですか。だいたい、そんなことをして何になるんです》

「いや、ほら、信仰心が高まるかなって……」


 我ながら苦しい言い訳だったと思う。だけど他に方法が思いつかなかったのだ。

 俺の必死さが伝わったのか、ルミナ様は呆れたように溜め息を吐く。



《はぁ、分かりましたよ……それでは、特別にひとつだけ情報を授けましょう》

「……え?」


 突然言われた言葉に、俺は呆然としてしまう。提案ってなんだろうか?



《私では無理ですが、その上の神なら可能だと思われます》


 上の神……もしや俺にジョブの説明をした神様か!?



《いえ、さらに上……創造神と呼ばれる最高神がいるのです。私のような下級神や、地上のありとあらゆる存在を作ったお方なのですが……彼の力を借りれば、マリィさんの魂を再び移動させることも可能でしょう。死者の魂を神域から下界に戻すのは不可能ですが、彼女の場合はそうではないので》


「その偉い神様に会えばマリィは元通りになるってことか!」


《はい、その通りです。ですが当然ながら、お願いしたところで簡単に叶えてくれるわけではありません。そもそも、ただの人間が会えるような相手でもありませんしね》


「そ、そうだよな……」


 そりゃあそうだろうさ。仮にも世界を創ったくらいの存在なんだから。間違っても気軽に会いに行って良い相手じゃないだろう。



「じゃあ俺はどうすれば良いんだ?」


《魔王を討伐してください。かつての勇者のように、魔王を倒した者は神に謁見する権利を得るのです》


「魔王を……」


《特にここ最近の魔王は魂を扱うという特大の禁忌を犯しましたからね……。他の神々からも危険視されていますし、放置すれば世界が滅びかねないでしょう》


「それで世界の危機を回避するために、俺が勇者になって戦えってか? 正直、自信ないんだけど……」


 いきなりそんなことを言われても困るというのが本音だった。たしかに小さな頃は勇者に憧れていたし、喜んで立候補していただろう。でも今は……。



「ジョブを貰って、マリィを守れるようになりたいって十年も剣を素振りしてきたけど……今回のことで思い知ったよ。俺には才能がないんだってな」

《フェンさん……》


 自嘲気味に呟いた俺に、ルミナ様は慰めるような声を出した。



「でも俺……やります。このまま何もしないまま、二度もマリィを喪いたくない……!!」


 俺は覚悟を決め、力の限り叫んだ。


「フェン……? さっきから一人でどうしたの? 私、大丈夫だよ? こうしてフェンとまた会えただけで、もう満足だから……」


 俺が一人で脳内のルミナ様と会話していると、マリィが心配そうに顔を覗き込んできた。


 ああもう可愛いなぁチクショウ! 思わず抱き締めたくなっちゃうだろ! 我慢しろ俺の理性!!



「……決めたよ、マリィ」

「えっ?」


 困惑する彼女をよそに、俺は決意を固める。そして真っ直ぐに瞳を見つめて言った。



「俺、マリィを元に戻すために魔王を倒す旅に出るよ」

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