第11話 犬耳のマリィ


「マリィ!!」


 目の前に飛び込んできたのは、死んでしまったはずの幼馴染の姿だった。


 いや、聞こえた声は間違いなくマリィのものだったが、姿かたちは大きく変わっている。


 太陽のように輝く金色の長い髪や俺がプレゼントした大きい赤のリボンは同じだけど、手足は布でできているみたいに白く細くなっていて、手足が短く寸胴だ。服も幼女用の茶色いワンピースを着ていて、あれだけ主張していた大きな胸もない。


 そして何より目を引くのは、彼女の頭に生えた犬の耳がぴくぴくと動いていることだった。


 なんだあの耳? モンスターの犬頭コボルトに似ているような……。


 それにしてもあの可愛かったマリィが、こんなちんちくりんな姿になってしまうなんて――って、マズい!!



「危ない、マリィ!!」


 何が起きているのかをたずねる前に、炎人たちがマリィに襲い掛かろうとしているのが見えた。


 しかし俺の忠告を聞いたマリィは、ニィと犬歯の生えた口を歪ませて笑っていた。



「大丈夫、フェンはそこで見てて!!」


 そう言った次の瞬間には、炎の拳をひらりと躱して懐に入り込んだ。大ぶりだった炎人の攻撃が外れたことで、僅かな隙が生まれる。


 すかさず、彼女は両手をかざして叫んだ。



「いくよっ! “魔狼牙爪撃”!!」


 すると両手から巨大な爪のようなものが現れ、それを使って二体の炎人をぎ払った。



『ギャアァッ!?』

『ガッ!』


 鏡写しのように上半身を斜めに切断された炎人は、断末魔を上げながら地面に倒れた。

 それはまるで風を纏った剣のような鋭さであり、一撃で炎人たちを葬り去ることに成功したのだった。



「すごい……」


 俺は驚きのあまり、思わずそう呟いてしまう。


 だってそうだろう。つい先ほどまで死んだと思っていた彼女が急に現れたと思ったら、いきなり炎の化け物を倒してしまったのだから。


 しかも素手……あれは素手だよな? 俺なんかよりも圧倒的に強かったぞ?


 あのか弱かったはずのマリィが……これはまさに奇跡としか言いようがない。



「えへへ~。びっくりしたでしょ~」


 そう言って照れながら笑うマリィは、確かに生前の面影があるように見える。


 だがしかしその姿はどう見ても人間ではない。いや、そもそもこうして生きている時点でおかしい。



「ほ、本当にあのマリィなのか……? でもどうして……」


 信じられないといった顔で彼女に問いかけると、彼女はうんと頷いたあと俺の質問に答えてくれた。



「んー、話せば長くなるんだけど。簡単に言うと私は一度死んで、別の体に魂が移ったの」

「すげぇ……そんなことあり得るのかよ」


 ベルフェゴールとのやり取りで、あれだけ死者蘇生など有り得ないと啖呵たんかを切ったばっかりなのに。いったいどういう理屈なんだ?



「私も最初は信じられなかったんだけどね。でも実際こうして生きてるし。……まぁ人形の体になんだけど」

「やっぱりその体、人形なのか……」


 マリィはそう言って、自分の手のひらを眺めながら言う。手のひらと言っても人間のそれとは違い、指の代わりに肉球がついていたけれど。


 ていうかこの人形の見た目、前にどこかで……。



「もしやそれって……」

「そう、私が小さい頃から作り続けているコボルト人形だよ。その中でも特にお気に入りの、等身大サイズのね!」


 そういって嬉しそうに両手を広げて紹介する姿は、確かに子供の頃からよく見ていた光景だ。


 なるほど、だから見覚えがあったのか。懐かしいなぁ。昔はいつも一緒に人形遊びをしていたっけ。……ってそれがどうしてこの状況に!?



「私が神様から貰ったジョブがね、“人形術師”だったの」

「人形術師? そんな名前のジョブなんて、初めて聞いたぞ」

《なるほど、やはりそういうことでしたか……》


 人形術師というのだから、きっと人形を操ることに特化したジョブなんだろうということは分かる。とはいえ、死んだあとに人形の体に乗り移るってどういうことなんだ?


 一方で脳内のルミナ様はひとりで合点がいったようで、うんうんと呟いている。姿は見えないけど、多分腕でも組みながら頷いていることだろう。



「(っていうかルミナ様、今“やはり”って言ってませんでした!? もしかしてマリィが生きていることを最初から知っていたの?)」

《はい。肉体は完全に機能を終えてしまっていましたが、魂が神域に向かった様子はありませんでしたしね》


 おいおい、嘘だろ? だったら、もっと早く教えてくれたって良かったのに!!



《マリィさんを埋葬している際に、私はちゃんと言おうとしましたよ? でもフェンさんがそっとしておいてくれと仰ったので……》


 あのときかよ!! たしかに何か言いかけていたような気がするけどさぁ! まさかこんなことになるなんて思わないじゃんかよぉ!



「だ、大丈夫? フェン、さっきからなんだか変だよ?」

「え? あ、あぁ。ごめん、ちょっと驚いちゃって……」


 どうやら動揺しすぎていて、顔に出てしまっていたようだ。マリィは心配そうに俺を見つめていた。


 彼女にもルミナ様のことを説明しておきたいけれど、さすがに今はちょっとそのタイミングじゃない。



《む、どうしてですか。私だけ仲間外れにしないでくださーい!》

「そ、それよりも人形術師って、そんなに凄いジョブだったのか……?」


 脳内で自己主張を続けるルミナ様を無視して、話題を戻すことにした。


 ごめんなさい、ルミナ様。今は神様の話よりも、もっと重要なことがある。



「え? あ、うん。えっとね――」


 不審な俺の態度に首を傾げつつ、マリィは話を続ける。



「最初はね、自分の作った人形を操れるスキルしか持っていなかったの。だけど森で死ぬ間際に、“一窮入魂”っていう新しいスキルが使えるようになったんだ」


 うっ、また訳の分からないスキルが出てきたな。


 よし、こういう時にこそ神様に頼ろうか。



「(……ルミナ様、解説を頼む)」

《フェンさん、なんだか都合の良いときだけ私を利用していませんか?》

「(いいからお願いしますよ、頼りにしてますから……)」


 俺はペコペコとお願いするイメージをしながら、脳内でそう伝えた。



《ま、いいでしょう。おそらくですが、マリィさんは亡くなる際に特殊な条件を満たしたのでしょう。例えば強い後悔や未練などの感情がトリガーとなり、稀に新たなスキルを獲得することがあります。彼女の場合、一度だけ自身の魂を移動させるスキルが発動したのでしょう》

「マジか……そんなことができるなんて知らなかったぜ」


 そういえば昔読んだ本にも似たようなことが書いてあった気がする。たしかあれは英雄譚だったけど、勇者が魔王との戦いでピンチになったとき、彼を愛する聖女が祈ると強くなって再び立ち上がったって。てっきり物語を盛り上げるための演出だと思っていたけれど……。



《実際に歴史の中で活躍してきた英雄たちは、そういった経緯で強力なスキルを得ていたことが多いですよ。尤も、元からそのような資質があったとも言えますが》

「じゃあ、マリィも……」


 俺は思わず彼女を見つめる。すると彼女は照れくさそうに微笑んだ。



「えへへ。あんまり見つめられると恥ずかしいな……」


 そう言って頬を掻く仕草をする姿は、生前と変わらないものだった。その笑顔を見ていると、何だか俺も嬉しくなってくる。


 経緯は何であれ、マリィが戻ってきてくれたなら本当に良かった……。



「……そっかぁ、それじゃあもう安心だな。元の体は森の中にまだあるし、スキルが切れれば魂も戻れるんだろ?」


 俺がそう尋ねると、マリィは大きな瞳を悲しそう伏せて答える。


「ううん。実は私……もう人間には戻れないかも」

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