第4話 抜け殻になった少女


「あれ? ここは……」


 目をパチクリとさせる。知っている天井だ。体を起こし、部屋を見渡してみる。




 すぐに虫が湧くワラのベッド。


 8歳の時に自分の手で作った、不格好なテーブルと椅子。


 そしてもう何代目かも分からなくなった木製の聖剣。



 どれもが見覚えのある家具たち。間違いない、俺の家だ。



「俺は帰ってきたのか……それともあれは夢?」


 部屋の中では、点けっぱなしのランプの灯りが揺らめいている。

 気を失っていたみたいだけど、家の外はまだ真っ暗なので、そこまで時間は経っていないようだ。


 それにしても神様に呼ばれて会ってきたなんて、普通じゃ考えられないことだ。夢だったと思う方が自然なんだけど……。


 だけどこの、妙に胸が落ち着く感じはもしかして……。



「……ステータス」


 ――――――――――――

 フェン 16歳


 称号:初恋を拗らせた童貞/神の観察対象

 ジョブ:童貞

 スキル:なし

 アビリティ:精神攻撃耐性Lv.qWエrt


 ――――――――――――


 ……間違いない。あれは現実だったみたいだ。



「ていうか、なんか変な称号が付いているぞ……ってなんだよコレ!?」


 神の観察対象は分かる、だけど“初恋を拗らせた童貞”ってなんだよ!?


 この称号っていうのは、何か際立った功績を残した者が神様から贈られるものだ。

 これは神様から直々に貰える二つ名みたいなもので、勝手に自称するのは禁じられている。



「嘘の称号を騙ったものは天罰を喰らうっていうけれど……こんな称号、他の人に言えるわけがないじゃないか!!」


 これ以上、俺に恥をかかせる気かよあの神様!!

 本当は俺のこと嫌っているんじゃないのか!?



「くっそ、馬鹿にしやがって……絶対に敬ってなんかやらないからな!!」


 元々、教会の奴らを始めとした神様関係の人たちは嫌いだ。

 お金を集めることばっかり執着して、俺たち貧しい人間をちっとも助けてくれやしないんだから。



「っと。落ち着け、俺。今はマリィを助けに行くのが先決だ……」


 ふぅ、と深呼吸を一つ。


 精神攻撃耐性のおかげか、あっという間に心が落ち着いていく。



「よし、ジョブのことは何となく分かったぞ。コレがあれば、僕でもリゲルたちを止められるかもしれない」


 今度こそ俺は、マリィを救い出す。



「……今行くからな、マリィ」


 唯一持っている武器である木剣を手に握りしめ、俺は再び森へと駆け出した。




 ◇


「そ、そんな……嘘だっ……!!」

「な、なんだよフェン。テメェ、戻って来たのか!?」


 全力で走り、林へと戻ってくるとリゲルは地面にへたり込んでいた。


 そしてその隣にあったもの。それは――。



「そんな……どうして!!!!」


 美しい真っ白の手足はまるで、人形のように力なく地面へ放り出されている。

 聞くものを癒す、ソプラノの声を響かせるか細い首は、グニャリと後ろに折れていた。


 そこにはもう、俺の知るマリィの姿はどこにもなかった。



「なぁリゲル……これはどういうことなんだ……?」

「そ、それは……」


 さっきまでの強気なリゲルの態度は鳴りを潜め、オドオドと口籠っている。



 ――明らかに様子がおかしい。


 それになぜか、居たはずの取り巻き二人の姿がどこにもない。



「(俺が去ってから、何かがあったのか?)」


 だけど今は、そんなどうでも奴らを気にしている場合じゃなかった。



「マリィ……!!」


 俺は急いで、倒れているマリィの元へ駆け寄った。


 彼女の華奢な肩をユサユサと揺すりながら、俺は何度も何度も、繰り返し声を掛け続ける。



「頼む、起きてくれ……お願いだから……!!」


 だけど、彼女は一言も俺に返事をしてくれない。


 それどころか、まるで死体のように冷たくなってしまっている。


 いや、“ように”じゃない。


 マリィは死んでしまっているのだ――。



「やったのは俺じゃねぇぞ!! どういうわけかマリィが急に抵抗を始めたから、アイツらが抑えようとして……それで力加減を間違ったとか言いやがって……」


 まさかアイツら、マリィを殺したのが怖くなって……逃げたのか?



「フェンだって同罪だからな!! お前はマリィから逃げたんだ。お前は俺たちと同じ、人殺しだ!!」


 俺が……ひとごろし……?



「……そう、なのか?」


 ちがう、俺は殺人鬼なんかじゃない。コイツらとは違う!



『本当か? お前は大事な幼馴染も助けられないような、ただの弱虫だ』


 否定したくとも、心の中にいるもう一人の自分がそうさせてくれない。



「そうだよ、お前はクズさ。だからこのことは親父には秘密に――「もういい、お前は黙っとけ」……ッ!?」


 俺が無能で役立たずだってことは分かった。


 爆発しそうな怒りで頭がどうにかなりそうだ。だけど精神攻撃耐性のせいで、そうすることもできない。


 どれだけ目の前にいるクズを殺したくなっても、すぐに冷静になってしまうのだ。



「俺は今から、マリィを殺したアイツらを見つけ出す」

「――え?」

「そして……リゲル。お前はこの場では殺さない。その代わりに、街の教会で神に裁かれてもらう」


 村長に全部ぶちまけたところで、自分の保身の為に息子の罪をもみ消そうとするだろう。


 だったら、もっと公正に判断できる奴の元に突き出してやる。



「街ってお前、まさか……」

「そうだ。街の大きな教会ならば、神の名のもとに裁かれるだろう。強姦、スキルの悪用。死ななくとも、手首の切断ぐらいはされるかもな」


 俺が今言った罪は、この国では人殺しの次に重い罪だ。

 今さら震えて後悔したってもう遅い。



「そ、そんなの認められるか!! 俺は将来、村長になる男だぞ!!」

「お前は馬鹿か? だからこそ新たな犠牲者が出る前に、お前をここで止めておかないとだろうが」


 マリィの次は誰だ?

 村にはまだ若い女が何人もいる。次の犠牲者が出ると分かっていて、見過ごせるわけがない。


 まぁ、俺が愛したマリィに代わるような人間は居ないけどな……!!



「クソッ……ハズレ人間のお前なんかに捕まってたまるかよ……ぶっ殺してやる!!」


 空気が震えるほどの雄叫びを上げたリゲルは、マリィを脅した時にも使った大振りのナイフを手に取った。


 威嚇だけは御立派な奴め。捕まるぐらいなら俺を殺そうってか?


 俺程度なら楽に殺せると本気で思っているのか??


 馬鹿め。仮にも俺は、勇者を夢見た男だぜ?



「ハズレ人間はお前の方だ、リゲル。俺が目指していた夢の一端を、お前にも見せてやるよ」


 どこかで見ていますか、神様。……そしてマリィ。


 さぁ、とくと御覧じろ。これが俺の――対人戦童貞卒業だ。

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