第3話 神様が犯したミス
「ここは……?」
いきなり目の前が真っ白になったかと思ったら、今度は真っ暗な世界だ。
星もなく暗闇だけの空間で、俺はたった独りでポツンと立っている。
「突然呼び出してすまない、人の子よ……」
「……誰だッ!?」
どこからともなく、中性的な声が聞こえてきた。
いや、聞こえてくるというよりかは、頭の中で直接響いているような……。
「私は
「この声が……神だって……!?」
神様だなんて、教会の人間である村長ですら会ったことがないって言っていたぞ!?
なのにどうして神様がただの村人である俺なんかに……。
しかしその姿を拝みたくとも、声の主は頭から出てこない。
これでは本当に神様なのか、確認しようもない。とはいえ、こんな空間で俺に直接語りかけてくるなんて、普通の人間にはできないのも確かだ。
「まさか俺、死んだのか……」
まるで斧で殴られるかのような、酷い頭痛だったもんな……あのまま死んでいてもおかしくはない。
「いや、そうではない。実は、其方に伝えなくてはならぬことがあってな」
「伝えること……ですか?」
どうやら死んではいないらしい。でも神様が俺に用って、なんだろう。
「今回フェンに授けたジョブなのだが……実はあれに不具合があってな。だから私が直々に其方を呼び寄せたのだ」
「ええっ!? 不具合……まさか、間違って別のジョブを授けたとか……?」
「いや、ジョブ自体はあっておる。だが『童貞』の設定に、致命的な欠陥があったのじゃ」
「欠陥だって!? あ、いや。なんですって……?」
思わず失礼な物言いになってしまった。
だけどちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ!?
ただでさえふざけた名前のジョブなのに、欠陥まであったって!?
「もしかして、今から別のジョブに変えてくれたりは……?」
「生憎だが、それはできん」
「えっ……」
駄目なのかよっ!?
そこはちょっとぐらい、融通をきかせてくれてもいいじゃないか……!!
「ジョブは魂と強固に結びついておるゆえ、一度授けたら死ぬまで回収できんのじゃよ。それとも、其方は死を選ぶか?」
「死っ!? そんなの、選ぶわけがないじゃないですか……!!」
「……であろうなぁ。それに『童貞』というジョブそのものは、なんらおかしくはない。――そうだな。納得してもらうためにも、まずはそのジョブについて説明しようかの」
頭の中の神様はゆっくりと落ち着いた口調で語り続ける。
最初は混乱していた俺もその声のおかげか、不思議と心が穏やかになってきた。
「『童貞』という、風変わりな名を冠してはおるがな。その実態は『初体験した事柄に関する経験値を、ランダムで高倍率で得られる』というユニークジョブなのだ」
「……はい!?」
なんだよそれ!!
『童貞』の二文字じゃ絶対に分からない効果じゃないか!!
さすがにそれは説明不足が過ぎるぞ……!!
「まぁ、ユニークジョブはみな、総じてそういうものなのだ。ほら、其方も『勇者』を知っておろう? あれだって実績があるからまだ良いが、文字だけ見てもどんな力があるかなんて分からぬだろう?」
そ、それはそうなんだけどさ……。
でももうちょっと、別の言い方があったって良かったのに。
「つまり俺の『童貞』というジョブは、普通の人間以上に経験値を得やすくなるということですか?」
「そういうことだ。ただ、初回以降に関しては本人の努力が必要となるからな。そこは其方の心がけ次第である」
「……分かりました。心しておきます」
たしかに神様の言う通りだ。
優れたジョブを悪用して落ちぶれた人間がいるって、予見の儀で村長から口を酸っぱくして言われたっけ。
……いや待て。村長、お前の息子が今まさに落ちぶれていないか?
「あれ? それじゃあ神様は童貞の説明をするために、わざわざ俺をここに呼んだのですか?」
ここまでの話だと、特に誤りがあったとは思えないんだけれど……。
「問題は、『ランダムで経験値の倍率が上がる』という部分だ。……実はこのジョブを定めた担当の神が、この倍率の上限を定めておらんかったのだ」
じょ、上限がなかった……!?
「えっと、それはつまり……?」
「このジョブそのものが非常にレアでな。
「数億倍の経験値ですって!?」
せいぜい2倍とか10倍ぐらいだと思っていたら、まさかの数億倍って……。
「とんでもない量の経験値が其方の身体に流れ込んだ。通常の人間であれば、一瞬で自我が崩壊するほどの経験値じゃ。これは一度、自分で見てもらった方がいいかもしれんな。フェンよ、試しに今ここでステータスと念じてみるが良い」
「すてーたす?」
「自身の状態を確認できる能力じゃ。本来は我ら神が人間たちを覗くときに使うのじゃが……まぁ今回の詫びがわりに、その力を其方に授けた」
そんな力をいつの間に……。
まぁ、見たところで絶望する未来しかないんですけど……。
でもここは素直に神様の言うことに従っておこう。
俺は頭の中で『ステータス』と念じてみる。
――――――――――――
フェン 16歳 Lv.5
ジョブ:童貞
スキル:なし
アビリティ:精神攻撃耐性Lv.qWエrt
――――――――――――
「な、なんだこれ……」
精神攻撃耐性というアビリティがある。それはまだいい。
そのレベルが奇妙な値になっている。
「新しく覚えたアビリティやスキルは通常、レベル1か高くとも数レベル程度なのじゃが。あまりにも経験値が大きすぎてバグ……おかしな結果となってしまったようじゃの」
おかしくって……それは大丈夫なのか??
「……まぁ生きているから大丈夫じゃろう。最初が精神攻撃耐性で良かった。攻撃性のあるスキルやアビリティであれば、おそらく発狂して死んでおったかもな」
「発狂!?」
えぇええぇ……それじゃああのとき、怒りに身を任せていたら一巻の終わりだったんじゃないか。
「今回のことを鑑みて、其方のジョブに制限を掛けさせてもらった。具体的な数値は教えられんが、倍率は体の耐えられる範囲になるよう調整しておいた」
「耐えられる範囲ってそんな……」
「すまん、このジョブを作った神はまだ
新神だからって……俺はそんなウッカリで殺されかけたんですけど。
「……よし、これで調整は終わった。今後は不具合が起きることもなかろう。そろそろ其方も目覚めの時だ」
もう現実に戻されるんですか?
あの、お詫びとかお土産があったりしても良くないですか!?
「
「あっ、待って……」
ちょっとぉおお!? せめてお願いします!!
マリィを助けるお手伝いだけでも――。
「其方ならきっと、どんなことも成し遂げられるはずだ。我らも天より見守っておるぞ――」
頭の中の神様の声がどんどん小さくなっていく。
代わりに現れた柔らかな光に、俺の身体が包まれた。
「(あたたかい……なんだか眠くなってきた……)」
柔らかな草原に寝転んで、日向ぼっこをしているような気持ち良さだ。
「マリィ……僕が、必ず護る、から……」
脳裏にいつかのマリィの姿を思い浮かべながら、僕は再び意識を失っていった。
◇
フェンが神の領域から姿を消した後。誰も居ない闇の空間に、声だけが響く。
「ふぅ、どうにかなったか……」
彼を元の世界に送り返した神は、役目を終えたとホッと息を吐いていた。
「しかし危なかった。彼が怒りに任せ、攻撃的な感情を爆発させていたら……」
フェンはただ死ぬだけだと思っていたようだったが、実際には自我を失くしたモンスターに変貌するところだった。それも、強大な力を持った正真正銘の化け物へと。
今回の事は、それほどまでに危険があった。
「彼の性根が善良だったのが救いだったな……ん? 後輩神が帰ってきたか」
「お手数をお掛けして申し訳ありませんでした、先輩……」
フェンと会話していた中性的な声よりも、少しだけ若そうな口調の声が闇の空間にやってきた。
「彼は
「そうですか……はぁ、良かったぁ……」
――ミシィッ!!
「この馬鹿者! ここで溜め息なぞ吐いてはならぬ!!」
「ご、ごめんなさい!」
「まったく……お主はもう少し、神が及ぼす影響を理解すべきじゃな」
後輩神のした溜め息は、この空間そのものをぐわりと揺らしていた。
もしフェンのようなただの人間がいれば、魂ごと消し飛んでいたに違いない。それほどまでに神の力は凄まじいものなのだ。
「そちらは――『童貞』のジョブを持つ
「いや、それが……」
これは敢えてフェンには伝えていなかった事実である。
実はまったく同じ日に、フェンと同じジョブが別の人間にも与えられていたのだ。
フェンについては先輩神が上限を修正することで事なきを得たが、どうやら後輩神の方は違ったようである。
後輩神はわなわなと震えた声で、先輩神に答えた。
「すでに手遅れでした。私が見つけた時には、すでに自我が崩壊。さらには大陸に居た魔王を飲み込み、より凶悪な魔王へと変貌しておりました……あっ、先輩だめですよ先輩! そんな大きな溜め息をしちゃ、うわぁああっ!?」
その日、神の領域は修復に数年が掛かるほどの天変地異が発生。
それは人間界にあるすべての教会の神像が、一斉に粉々に割れるほどの影響を及ぼしたという。
だがそれはあくまでも、始まりの合図にしか過ぎなかった。
こうしてフェンたち人間界のみならず。神たちの世界をも巻き込んだ、新しい勇者と魔王たちの激しい戦いが幕が切って落とされたのであった。
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