第2話 壊れていく幼馴染


「いやあぁっ、やめて!! 放して!!」


 真夜中の林で俺が発見したもの。


 それは思わず目を背けたくなるような姿のマリィだった。



「はははっ、誰が放すかよ。何年も前からずっと、お前をこうしてやるのが楽しみだったんだからよぉ!!」


 マリィを辱めているのは、村長の息子であるリゲルとその取り巻き二人だ。


 リゲルは抵抗するマリィの上にまたがり、彼女に暴言を吐いていた。



 芯が強くて何でも一人でこなせる、少し強情な女の子。俺にすら滅多に泣くところを見せなかったあのマリィが、泣き叫びながら必死に許しを乞うている。



「そんな……どうしてマリィが……」


 リゲルたちに無理やりここへ連れて来られたのか!?


 あのとき、俺がマリィの手を払って逃げたから……!?



「ううっ!? いたぁい!!」


 俺が固まっている間にも、取り巻きの一人がマリィの長くて美しい金髪を握って持ち上げた。


 続いて、もう一人が大理石のように白く滑らかな肌の足を抑え込んだ。


 マリィは完全に動けなくなってしまった。今度は下卑た笑みを浮かべたリゲルが、大きく育った彼女の双丘を、形が変わってしまうほど荒々しく握りしめた。



「ひあっ……!!」


 たまらず、悲鳴にも似た声が上がる。それを聞いたリゲルは、嬉しそうに口を歪めた。


 可愛らしい顔は涙と恐怖でグシャグシャになってしまっている。


 すでに何度か行為を繰り返した後なのか、マリィの身体はアイツらの体液でドロドロになっている。森の中だというのに、鼻が曲がるほどの淫猥な匂いが立ち込めていた。


 『私、フェンのお嫁さんになれるの楽しみ』と喜んでいた、あのマリィが……。



 「い、今すぐ助けに行かなきゃ……」


 そんな思いとは裏腹に、俺の足は前に進むどころか後ずさりを始めていた。



 あのクズ共に負けるのが怖いのか? いや、それは違う。


 マリィが怖いのだ。



 例え助けられたとしても、これまでと同じ様には接してもらえないかもしれない。


 俺の人生にとって、マリィがすべてだ。生きる意味を失うかもしれないという恐怖で、俺の足は完全にすくんでしまっていた。



「ん? なんだ? 誰かそこにいるのか??」



 ――まずい、見付かった!?


 リゲルの取り巻きの一人が、火のついた薪をこちらへ向けた。



「ははは!! 誰かと思えば、ハズレ人間のフェンじゃねぇか!! どうした、お前も混ざりに来たのか!?」

「フェン!? どうして来たの……!!」



 俺の姿を見たマリィは大粒の涙を目尻に溜めて、何かを訴えようと口を開いた。


 だけど彼女の小さな口は何かを紡ぐ前に、リゲルの手によって塞がれてしまった。



「リゲル……お前、マリィにいったい何を……」

「あん? そりゃあ見ての通りだよ。それともナニか? 童貞野郎のフェンじゃ子作りの仕方も知らねーのか?」


 コイツ……こんな状況でも俺を馬鹿にしやがって!!



「待ってろよマリィ、今行くぞ!」

「おっと、それ以上は近づくんじゃねぇぞ」


 こうなったら助けるしかない。勇気を出して一歩を踏み出そうとする。


 だけどリゲルは、マリィの首に自身のゴツい手を添えた。


 この卑怯者め。彼女を人質にするつもりらしい。



「……良いことを思い付いたぜ。おい、お前ら。アレをもう一回やるぞ」


 突然、リゲルが取り巻きたちにニタニタと笑いながらそう告げた。



「まさか……お願い、やめてっ!! フェンが見てるのよ……んんっ!?」


 不穏な雰囲気を感じたマリィは声を上げた。だがリゲルに身体を触られた瞬間、何かに反応したのかビクンと背中を反らした。



 今のは何だ?


 アイツ、マリィに何かしたのか!?



「おっ、いいね~!!」

「へへっ、マジでお前のスキル最高だからな。フェンにも見せてやれよ!!」


 リゲルのスキルだって!?


 ……そうか。リゲルの誕生日はたしか年の初め、つまり今日だった。


 つまりアイツは、ジョブの恩恵をすでに受けているのか!!



 取り巻きたちも喜色満面となり、一緒になってリゲルを煽りだす。


 対照的に、マリィの顔色がみるみるうちに悪くなっていく。



「お願い……なんでもするから、それだけは嫌ぁ……」


 弱々しく懇願するも、それはリゲルたちの嗜虐心をくすぐるだけだった。



「スキル、『感覚操作』」


 リゲルはスキルを発動させると、恐怖で身体を震わせるマリィの頭を両手で掴んだ。




 ――その後は地獄だった。


 俺はただ、マリィが壊されていく様子を呆然と見ていることしかできなかった。


 拒絶や恐怖さえも快楽に染められてしまった彼女は、途中から自分でリゲルを求めて動いていた。



 俺は耐えられなかった。男と女の入り混じった異臭が漂う林の中を、俺は両目から涙を流しながら村へと逃げ帰った。



 家に入り、自分の部屋にあるベッドに倒れ込む。


 俺が聖剣と名付けた、壁に立てかけてあった俺の剣が音を立てて倒れた。何が聖剣だ。あんな棒切れ、俺と一緒で役立たずじゃないか――!!



 ――どうすれば良かったんだろう。


 村の誰かに助けを求めれば、マリィを取り戻せたかもしれない。



 いや、この村の持ち主である村長が息子の罪をもみ消すに違いない。


 田舎の村でも、それほどまでに教会の権力は強い。



 俺の中で怒りが湧いてくる。


 リゲルと、その取り巻きに。


 問題児を放置し続けた村長と村人に。


 そしてなにより、無力な自分に。


 いっそのこと、全員殺してやろうか!?


 喰いしばった口の端から、一筋の血が肌を伝っていく。



 正義とか、愛とか……。


 何もかもがどうでもいい…………。




「――いや、それじゃ駄目だ」


 俺はマリィを護る力が欲しかったんだ。


 アイツらみたいに誰かを傷付ける力じゃない。


 どんな理不尽からも護るための力だ――!!



 絶え間なく湧き起こる、すべての怒りを抑え込むんだ。


 悔しさはこの両拳で握りしめろ。


 痛みは、口から零れるこの血と一緒に流れ落ちればいい。



 「なんだ……? 急に頭が熱くなってきた。目の奥がチカチカする……」


 ちょうどその時、日付が変わった。


 そう、だ。



『よく怒りを耐えた。フェンよ』

「なん、だ……?」


 聞いたこともないような声が、頭に鳴り響く。


 同時に俺は目の前が真っ白になり、ぷっつりと意識を手放した。


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