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第1章 誰が為の勇気

第1話 勇者になれなかった男


「僕、決めたよ。大きくなったら勇者みたいになって、モンスターたちからマリィを護るんだ!!」


 雲一つなく晴れた、ある日の午後。


 ラッグの村で一番大きい木の下で、僕は幼馴染のマリィにそう宣言した。


(決まった……かな?)


 僕の右手には、お手製の木刀が握られている。物語に出てくる勇者の聖剣を真似て、木材から自分で作ったものだ。


 セリフも夜中まで練習したおかげで、最後まで噛まずに言えた……はず。



「……どうしてフェンは、ゆうしゃになるひつようがあるの?」

「えっと……それは……」

「……??」


 だけど肝心のマリィはお気に入りのコボルト犬頭人人形を抱えたまま、ポカンと口を開けて僕を見上げている。


 空にも負けない綺麗なブルーの瞳が僕を映す。今日は金髪に大きな赤いリボンを付けていて、一段と可愛い。

 このリボンは僕が去年、5歳の誕生日に思い切ってプレゼントしたものだ。


 ちなみに僕の誕生日はマリィの次の日で、彼女は僕に小さなナイフを贈ってくれた。それは僕の数少ない宝物になり、毎日磨いて大事に使わせてもらっている。



 うーん、それにしても困ったなぁ。せっかく上手くいったと思ったのに、何も分かってもらえないのは予想外だった。


 マリィはお人形遊びが大好きで、いつもほわほわしているしなぁ。


 もしかしたら話が難しかったかな?



「……今はまだ、伝説の勇者みたいにはなれないけどさ。予見の儀で自分の職能ジョブが何か分かったら、僕は旅に出ようと思うんだ! 強くなって、みんなを困らせている魔王も倒して、平和になった世界でマリィをお嫁さんにするって決めたんだ!!」


 この世界では16歳になった者に、神様からそれぞれに合ったジョブが授けられる。


 そこで行われるのが、予見の儀と言われる儀式だ。この村では年の初めに、その年で16歳になる若者が集められる。

 そして教会の神父様にお告げをしてもらうことで、自分が得るであろうジョブが分かるようになっているのだ。



 ほとんどの人は、農家とか職人みたいな普通のジョブになることが多い。


 だけど稀に剣士とか魔法使いなど、特別なジョブを貰える人が現れる。


 過去には、勇者という伝説的なジョブを得たすごい人もいるんだ。


 さすがにそんなレアなジョブになれるとは、僕も思っていないけど……努力次第で、僕でもマリィを護れるぐらいの男になれるはず。


 親の居ない俺たちは自分たちで支え合ってきた。大人になってもそんな関係でありたい。


 16歳まであと10年もあるけれど……マリィは可愛いから、他の男に奪われちゃう前に予約しておかなくっちゃ!


 だからこれは僕なりのプロポーズ。……だったはずなんだけど。



「どうかな、マリィ?」


 一瞬の間のあと。マリィは頬を真っ赤に染めて、コクンと頷いた。



「え……? いいの、ホントに?」

「……うん。フェンのお嫁さんになら、なる」



 ――やった!? やったぞ!!


 よぅし! それじゃあ10年後の予見の儀の時まで、勇者になるための修行を頑張らなくっちゃ!!


 聖剣(木の棒)を空高く掲げながら、僕はそう決意した。



 ◇


「ははは!! みんな、聞いたか? フェンのジョブをよぉ!?」

「マジでハズレだよな! ハズレ人間フェンの誕生だ!!」


 ああ、どうしてこんなことに……。


 こと、フェンがマリィと結婚の約束をしてから、10年の月日が経った。



 16歳になったマリィはびっくりするほど魅力的に成長して、村一番の美少女になった。


 あとは俺がこの予見の儀で勇者のジョブを授かれば、すべてがうまくいく――そのはずだった。



 なのに俺が授かったのは『勇者』からかけ離れた、とんでもないだった。



「なんだよ、ジョブが『童貞』って!! もうジョブですらないじゃねぇか!!」

「なにが『勇者になってマリィと結婚するんだ~』だよ。スキルもなきゃ、マトモに剣すら振れねぇんだぞ!?」

「剣の柄でもしごくスキルか? てめぇは一生、自分の股間の棒でも握ってやがれ!!」


「「「ぎゃはははっ」」」


 俺と同い年である村長の息子、リゲル。そしてその取り巻きたちが、俺に心無い言葉を投げつけてくる。


 ちくしょう。アイツら、良いジョブを引き当てたからって調子に乗りやがって!!



「フェン、大丈夫?」

「マリィ……」


 自分を呼ぶ声で振り返ると、そこにはマリィが立っていた。身長が伸びて、随分と大人びた彼女は、心配そうな目を俺に向けている。


 だけど俺は、彼女に何も言葉を返せなかった。頭に思い浮かぶのは、ただの言い訳だったから。



「フェン、あのね。そんな気にしなくても――」

「……ごめんっ」

「あっ……聞いてよフェン!!」


 マリィを振り切って、俺は逃げるように走りだした。


 その光景を見たアイツらは、またゲラゲラと笑う。



「ちくしょう!! こんなはずじゃ……俺はただ、マリィを護れる男になりたかっただけなのに……!!」


 明日は俺の誕生日。


 これまでずっと、何年も心待ちにしていた日なのに……。



 俺は自分のベットで布団を被りながら、明日が来ないことを必死に祈り続けていた。



 ◇


 夜になり、誰もが寝静まった頃。


 星の明かりしかない夜空の下、俺は村の中をひとりでトボトボと歩いていた。



「こんなこと、信じられないよ……」


 どうしても、諦めきれなかった。


 何かの間違いなんじゃないかって思い込みたかった。



「村長、まだ起きてるかな……」


 俺が今向かっているのは、村長の家だ。


 田舎の村ではたいてい、教会から派遣された神父が村長になる。


 その流れで、どの村でも村長が予見の儀を行うことになっている。



 誰が儀式を執り行おうとも、神様からのお告げなことには違いない。だから授かったジョブが間違いでしたってことは、まず有り得ない。


 だけどごく稀に、ジョブを二つ以上貰う人がいるらしい。その場合は片方のジョブしか分からないそうだ。



「もしかしたら、俺も他のジョブを貰っているかもしれない」


 それこそ、勇者レベルの奇跡だけど……。なんとか村長にお願いして、もう一度俺のジョブを見てもらおう。



 だいたい、ジョブが『童貞』っておかしいじゃないか。


 悔しいけれど、村長の息子……リゲルの言う通りだ。こんなの、ジョブでもなんでもない。



「なんだ? 誰かの話し声が聞こえる……?」


 村長の家が見えてきたところで、村の周りにある森から、何かが聞こえてきた。


 声のする方を見ても、森の中は真っ暗闇で何がいるのかは分からない。



「……モンスターが忍び込んできたのかもしれないな」


 この辺りには、畑を荒らすような害獣しか出てこない。


 だけど偶に、気性の荒くて知能のあるコボルトや、捕食して獲物を溶かすスライムがやってくることがある。


 だから戦うことができない子供は、森の中には決して入らないよう言われていた。



「でも俺はもう、立派な大人だ。少しなら戦えるはず!」


 正確には明日の誕生日にならないと、世間的には成人じゃないし、ジョブも発現しない。


 だけど勇者を目指して、10年も木刀を振ってきたんだ。


 戦闘向きのジョブやスキルが無くたって、コボルトぐらいなら討伐してやる!!



「実際に戦えると証明してやれば、村の奴らだって俺を認めてくれるはずだ。それに、マリィの奴も……」


 俺はもう勇者にはなれない。だけど、この村でマリィを護るぐらいなら……!



 枝をかき分け、音のする方へ慎重に歩を進めていく。


 ――おかしいな。誰かがたき火をしているのか、明るい場所がある。モンスターじゃなかったのか?


 それに、人のうめくような声が……ってアレは!!


 明かりがある方へと近付いていくと、物音の正体が判明した。



「そんな……うそだ……!!」


 それはリゲルたちに組み敷かれている、全裸姿のマリィだった――。


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