ドルトンの情報と王宮②

 ドルドンの情報にフォルトナは笑みを浮かべる。


「満足だ。昨日の今日で、なかなかに良い情報を集めたな。また使わせて貰うよ。」


「しかし、100万リブラは高額だぞ。俺が30万リブラ以上を請求したのは、世界帝国関連の危険な情報についてだけだ。もうひとつくらいは何か教えてやる。」


「それなら、エグリゴリの情報は分かるか? ただ、そちらは街の住人に既に聞いてあるから、無ければ言わなくても良い。」


「噂話と情報屋の情報では大差があるぞ。悪魔狩りは反スリーダン王国を掲げる組織とみて、間違いはないだろう。スリーダン王国は悪魔公爵を始め悪魔の巣窟と呼ばれているからな。率いているのはおそらく『神の如き強きお方』。だが、その顔がウィリアム王に瓜二つだとか。情報屋界隈では天使達『エグリゴリ』と悪魔達『王の臣下』とスリーダン王国の表と裏による、自作自演ではないかと疑われている。また組織と関りのある者の中には、義賊やギルバートと呼ばれている存在が示唆されている。」


 フォルトナが腕を後ろに組み、拳を握りしめる。ギルバートの名は記憶を覗いたメイブから聞かされていた。

 

「……そうか、情報ありがとな。また来る。」

 

 フォルトナが帰ろうとするとドルドンがそれを引きとめた。

 

「ちょっと待て。まだとても金額には達していない。これを持っていけ。嬢ちゃん達の武器だ。まともなのはフォルトナの剣だけみたいだからな。それと、フォルトナにはこの鎖帷子と肩当てをやる。見た所、鎧を着ないみたいだから、これならピッタリなんじゃないか? 肩当ては服の上から、鎖帷子は服の中に下着の上に着ると良い。」

 

「……これって。鎖帷子は極薄のミスリルだよな。どう見ても至高の一品だが、情報料の100万リブラですらこれを買えないのではないか?」

 

「安心しろ。肩当てとセットで作った特製の試作品だ。肩の部分だけは面積が少ないだろ。それにリリンと戦うならそれくらいの装備は必要だ。」


「そうか。では貰っておこう。その代わり、これからはこの店で武器や防具も購入する。」 

   

「期待してるぜ。」

 

 ドルドンの渡した装備品はどれも一級品だった。フォルトナの言うようにミスリルの鎖帷子だけは100万リブラ以上の価値がある。それでもドルドンがそれを渡したのは、彼の職人としての欲望からだった。強き者に自分の製作した武器を使って欲しいからだ。


 ドルドンには、深夜にあった出来事がもう耳に入っている。ドラゴンスレイヤーをいとも簡単に倒し、この国の悪魔公爵の関係者なだけでなく、その対応から、悪魔公爵よりも上位の存在。ドルトンはその話を聞いていたので、フォルトナを注意深く観察した。


 フォルトナの基本的な姿勢や動作は力の流れをよく理解し、それらが正確に行われている。また、リズムやテンポなどが美しく、身体の使い方や反応の速さなどはまさしく武を極めし者だった。もしドルトンが不振な動きを見せたら、たちまち命を奪われるだろうとイメージしてしまった。

 

ドルドンは生まれて始めて鍛冶職人として、この男の為に剣が打ちたいと願った。その布石として、価値のある装備品を渡し有能な職人である事をアピールした。ミスリルのチェインメイルや漆黒の肩当てもそうだが、メイブやニエに渡した武器も業物だった。

  

そして、その試みは成功した。フォルトナからは武器を購入するという言質を得たのだ。情報屋の側面を持つ鍛冶師ドルドンは、ここからは、情報も集まる最高の鍛冶師に成長していく事になる。

 



 

――フォルトナ達が鍛冶屋の外に出ると、エリックの用意した馬車が二台止まっている。


「フォルトナ。良い情報は得られたかい? さっそく王宮に行こうか。」

 

「ああ。凄腕の情報屋で優れた鍛冶師だよ。」


「優れた鍛冶師なのかい? だが、フォルトナが言うなら間違いないんだろうな。俺も今度利用させて貰うよ。」


アルバートが、ずっとエリックの顔を見て不思議そうにしている。フォルトナ達の会話の後で、やっとその違和感の原因に気付いた。

 

「おいっ。昨日は気付かなかったけど、よく見たら、お前エリックなんじゃないのか?」


「やあ。アルバート君。こっちは気付いていたけど、説明とかもあるから後回しにしていたんだ。俺は公爵で、君ってうちの国の王女を攫った重罪人とも言えるだろ? まあ馬車の中で話でもしようよ。」 


「そうだな。しかし、勉強だけが取り柄の優等生がずいぶんと変わったもんだな。」


「兄貴に追いつこうとみんな頑張ったからな。それに兄貴が死んだとされた後は、死に物狂いで鍛えたよ。仲間達と考えられる全ての力を使って準備をしたんだ。次は俺達が支えられるように。」 

 

「ロイスはたしかに強かったが、何かあったのか?」


「そうか。北の大地にいて情報が無かったんだね。その事も馬車の中で話そう。」

 

 



 

 ――フォルトナ達は馬車に揺られて、三日間の移動をした。その間、馬車を入れ替えながら各メンバーで今後の話をする。メイブとエリック以外はフォルトナがロイスだった事は知らない。


 

 王宮に着き門を抜けるとエリックは先に一人で王に会いに行く。フォルトナは良いが、先にフローラの死を知らせ、アルバート達の誤解も解かなければならない。フローラは、北の地に行った事で世界皇帝の魔の手から21年間も逃げ続ける事が出来たのだ。アルバートとオリバーがフローラを信じて付いて行かなければ、フローラは早ければ21年、遅くても世界皇帝が誕生した15年前には死んでいた事になる。


「じゃあ。王様に伝えて来るんで、俺は先に行くからね。」

 

 フォルトナ達はエリックが王と話し合っている事を考え、王宮内をゆっくりと進んで行く。すると廊下で、貴族達が会話をしている所に鉢合わせた。



「ゼイターク卿。この頃、王都で不穏な噂が流れているようですね。」

 

「ムノー卿。ああ、あの件ですね。私たちにも報告が届いていますよ。」

 

「おや。それは、どういうことでしょう?」

 

「ムノー卿は、上ばかり見ているから肝心な時に情報が得られないのですよ。恐らくは貧しい国民たちが反乱を企んでいるのではないかと。」

 

「それは困ったことですな。早急に王と対策を講じなければなりません。ゼイターク卿とは違って私は王に信頼されておりますからね。」


「ふん。国を運営する上で一番重要なものは貴族との交流だという事をお忘れなく。王に纏わりついているだけの腰ギンチャクでは、政治もまともに出来ませぬぞ。」 


「ゼイターク卿こそ、私と同じ大臣の立場でありながらこの大事な時期に、貴族達との交流に無駄な散財をするなら、少しは国に納めて貰いたいものです。」 


「何をっ! そのお陰で有益な情報が得られたのであろうっ! この無能がっ!」


「こしゃくなっ。街の噂程度いずれ耳に入るわっ! この浪費馬鹿がっ!」


 

 フォルトナは、すれ違いざまにボソリと呟いた。


「どちらも低レベルのクソだな。こんな奴等が本当に国の大臣なのか? そりゃ。この国が終わっている訳だ。」


 フォルトナの呟きは大臣達に聞こえていた。


「何者だ小僧っ! 無礼であるぞ!」

「一国の大臣に対して、その言い草。不届き千万。誰かおらぬか。こやつをひっ捕らえよ。」

   

その騒ぎに、一人の男が駆け付ける。まるで飛んでいるかのように素早い動きで迫って来る。

 

「どうしたんですかい? 何だ。お前ら。見ない顔だな。」


 それは、この国の大将軍クレオン フリストフ。ロイス ティオールの学友で、魔導塾では四聖と呼ばれていた天才だ。


「お前っ! 賊か。」


 クレオンがユダの腕を掴むと、流れるような動きでユダを後ろ手にし縄で拘束した。ユダはクレオンの登場と共に、フォルトナに気を取られていたムノー侯爵の首をナイフで搔き切っていた。

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