龍殺しと顔のない盗賊団②
――宿屋シルシル
「女将。三人部屋1つと二人部屋1つ空いているか?」
「いらっしゃいませ。ご案内出来ますよ。」
フォルトナ達は女将に値段を聞き、今日1日分の宿の料金を支払う。
「それじゃあ。この食料で今日の夜と明日の朝に食事も作ってくれ。それと、こっちの食材は女将の所で食べて良いぞ。」
「良いのですか?」
「ああ。この街の状況は少し聞いた。厳しいんだろ。その代わり、もし良かったら、暇な時にでもこの国の事を教えてくれ。お子さんにもそう伝えてくれるか?」
「はい。喜んで。本当にありがとうございます。」
宿シルシルは、女将ヘザーがひとりで切り盛りする5部屋しかない小さな宿屋。街からは人が減りめったに客もなく、それでも宿の経営だけで生計を立てている。宿屋の場所とその情報は鍛冶屋のドルドンから貰ったものだ。
フォルトナは、せっかくなら、経営が厳しく子供のいる宿をとドルドンに教えて貰った。それを良いように捉えればフォルトナに優さを感じる。現に記憶を消される前のドルドンはそこに王子としての立派な心の有り方を感じていた。ただし、フォルトナの考えは、数日分の食料を渡し喜んで貰い、大人と子供の両方の意見を聞きたかっただけだった。
情報の内容にもよるが、固定観念が混じった大人だけに話を聞くよりも、そこに子供の目線もあった方が正直な言葉が訊けるのではないかと感じていたのだ。
夜の食事の時間。食堂では約束通り女将のヘザーの姿があった。
「「いただきます。」」
「うわー。美味しそうね。頂きます。」
全員のいただきますと、メイブが遅れて感想つきの頂きますをした。ヘザーが嬉しそうにそれに答える。腸詰めの入ったポトフ風のスープとこんがりと焼けたパン。この街では一般の食事よりやや豪華だが、フォルトナ達が持ち込んだ食材で用意ができた。
「召し上がれ。」
フォルトナは食事をしながら、ヘザーに街の状況を訊ねていた。
「女将。まず、この国の状況。特に街の人の暮らしはどうなんだ? 出来れば昔の事から教えて頂けるとありがたい。」
「この港町ロマリラハナは私がまだ若い頃は、漁業が盛んでとても住みやすい街でした。ですが、世界との国交が途絶えた15年前から、急激に街の状況が悪化したんです。まず、最初は食料の確保がとても難しくなりました。この国は食料の30%以上を輸入に頼っていたみたいなんです。手に入る野菜が自国で取れる分と南の大陸からの僅かな輸入だけになり、食料はとても貴重な物へと変わりました。貴族が食料を買い占めた事で、食料の物価が上がり平民は大混乱に陥りました。そして、平民の中で財のない者から死んでいったのです。そこでスリーダン王国は一度餓死者が急増したのですが、時代の流れと共に、今ではほとんどの食糧が国内で生産されたものになります。」
「大変だったな。」
「はい。それで次にきた問題が、税率の上昇です。それも少しずつ15年をかけていまの税率にまで上がりました。私達国民は稼いだ金額の73%を国に納めています。」
「まて。国民は稼いだ金額の約27%で生活をするのか。高いとは聞いていたが、それ程とは。」
「そうなんです。ですから、お客様からの現物での食料の支給は本当にありがたい物でした。」
「そうか。喜んでくれたなら良かったよ。でも、よくそれで暮らしていけるな?」
「実は食料が確保出来ずに、私達一家は生死を彷徨っていた時期があります。ですがそれは、盗賊様のおかげで救われました。盗賊様は定期的に盗んだ財を食料に変え、国民達に配っているのです。特に私達のような夫がいない家庭には多めに配って頂けるのです。盗賊様は私達の救世主です。」
「……なるほどな。よく分かった。それで、街に人の姿に扮したモンスターが出現したのだが、それについてはどうなんだ? 町民は気にしていない様子だったが。」
「お客様はそれを知らないのですか? ただの仄冥症候群という病気ですが。」
「仄冥症候群? 誰か聞いた事のある者はいるか? 特にメイブとニエはどうだ?」
「そんな病気は聞いた事が無いわね。」「主。知らない。」
「んー? もしや、お客様達は南の大陸から来たのですね。今となっては世界に広がっている深刻な病ですよ。仄冥症候群に侵された人間が死んだ時、霧や煙のようなものが体を覆い、死者がモンスターとして復活するんです。 ですから、このような貧困に苦しんでいる街では、餓死者が道端でモンスターに変わるので、判別がし難いんです。」
「そうか。では、最後にこの国では何か変わった事や異常はないか? 国民から重税を巻き上げるような国だ。重大な問題があってもおかしくはない。」
「それでしたら、このスリーダン王国は悪魔に乗っ取られているという噂があります。それこそ、重要な軍事に関わる者達は全てが悪魔であるという噂です。ですから、盗賊様は国民を救おうと行動を起こしているのです。予言では人々に知恵を与えてくれる天使様がいて、この国の悪魔を退治するというものがあります。」
メイブがそれを聞いて青ざめる。フォルトナの記憶を辿る旅でメイブが一番悪魔についての知識があるのだ。
「ほほう。この国に巣食うのが悪魔であると。それが本当ならこの国は終わりだな。予言など不安を商売にした単なる創作物だろう。」
「いいえ。その点は心配いりません。『エグリゴリ』という悪魔狩りの組織によって、既に悪魔討伐は始まっているとの事です。具体的に、その『エグリゴリ』という組織が予言の天使ではないかと噂されています。」
「なるほどな。ドルドンにこの宿を教えて貰って良かったよ。」
「……闇の鍛冶師がうちを? ……なるほど、そうでしたか。納得がいきました。亡き夫が彼の弟子だったんです。これもきっと天使様や盗賊様のお導きですね。『エグリゴリ』天使様。盗賊様。感謝の祈りを捧げます。」
「女将。情報をありがとう。良かったらお子さんにも話が聞きたい。お菓子を用意している。出来れば入れ替わりで、子供にだけ聞きたい事があるんだ。」
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