スリーダン王国③
「消え失せろっ。」
メイブはフォルトナを愛している。だからフォルトナには残虐な行為をして欲しくないと思っていた。それでも悪しき行いをするなら自分がフォルトナを変えようという使命感を感じていた。だが、フォルトナの憎悪と暴力は自分にも向けられていた。消え失せろという非情な言葉がメイブの心を斬り裂いた。
「……。」
同時にメイブは腕の痛みに気付く。子供に噛まれた傷を見ると、肉が大きく抉られていた。 興奮状態で気付かなかったが、後から激しい痛みがやってきたのだ。
メイブは慌てて子供の死骸の口の中を確認する。 そこには魔物のような鋭い牙がぎっしりと生えていた。 周りを確認すると、この状況に誰も驚いていない。
「……まさか?」
「そうだ。一匹だけなのか、最初の段階では判別がつかなかった。杞憂であれば不安を煽る必要もなかったので魔物の事は言ってはいない。二人目のお婆さんは言葉に嘘もなく普通の人間だったしな。」
「……そんなのって。」
「転生の際の女神の言葉だ。俺の異能には神域の刻印が押されている。更に邪眼により進化した俺の鑑定能力『全眼』は誰も欺けない。対して冥府の刻印により
「どういう事なの?」
「だから敵は狡猾だという事だ。簡単に人を騙し簡単に人を殺す。だが俺以外にそれを判別する術を持つ者はいない。その上で俺の命令に背いたり、躊躇する者は仲間全員を危険に晒す恐れがある。今回の件、メイブも気付いただろうが、人間に扮した魔物二匹を殺したが街の反応は異様だ。おそらく街には日常的に魔物が紛れているんだろう。しかし誰かが俺達にその危険を教えてくれたか? 皆、自分以外の他人はどうでも良いんだ。それでも何も考えずに普通の生活がしたいなら俺の前からは姿を消した方が良い。メイブはこの先、確実に騙される。」
「……ごめんなさい。約束してたのに。」
「謝罪は良いから消えろ。お前は邪魔だ。」
「二度と命令には逆らわない。命を賭ける。あなたとは離れたくないの。」
「約束は約束だ。消えろ。」
メイブはフォルトナの過去を見た。 弟や仲間達に騙された凄惨な過去を。
「私が馬鹿だった。デックのようにフォルトナに絶対的信頼を置くべきだった。フォルトナは誰にも騙されないように用心をしているんだよね。それなのに、私が騙されてたら足を引っ張るのは分かる。でも、私はあなたと一緒にいたいから変わるわ。私はあなたの心になりたい。」
最後にデックがメイブを庇う。
「フォルトナの説明がないのも悪いと思うがな。女王を手放したら儂もいなくなるのだぞ。」
「ウルサイ。だが、やっと理解したか。二度目はないぞ。」
「うん。ありがとう。もう絶対に迷わない。」
それからアルバートの後に続き約30分の道のりを歩いた。その間も魔物は街に溶け込んでいてメイブとデックは、フォルトナの合図でその討伐をしながら進んでいた。アルバートは街はずれの鍛冶屋で足を止めた。
「旦那様。ここです。」
「鍛冶屋? 情報屋じゃなかったのか?」
剣と盾の看板には、鍛冶屋と文字が書いてある。
「鍛冶屋が情報を扱っているのですよ。他にも一か所あったのですが、ドワーフなら15年くらいは、そのままだと思ったんです。」
「たしかに……15年は長いよな。ドワーフの腕の良い鍛冶師なら店もそのまま残るだろうし、人間よりは長命だ。」
鍛冶屋の中に入ると、髭ヅラの男がフォルトナ達を睨んでいた。
横柄な態度が鍛冶師としての腕の良さを物語っている。
「若造が扱える武器など置いてないぞ。」
続いて来店したアルバートが鍛冶師に挨拶をする。
「ドルドンさん。今日は武器ではなく、情報を売って貰いたいのです。」
「誰だお前? ん。セバスチャンとこの若いのか?」
「ええ。お久しぶりです。よく覚えていてくれましたね。」
「セバスチャンは金払いが良かったからな。お前の事も覚えている。」
アルバートの登場でドルトンのいかつい表情が少し軟化した。あまり変わらないが今度は客を相手にする時の顔だ。
「では、情報を売って貰えますか?」
「どんな情報が欲しい? 金次第だが教えてやる。」
ドルトンが商売の話を切り出した所でそれにフォルトナが答える。
「欲しいのは魔人マリードの状況だ。」
「世界帝国の情報は高いが、本当に払えるのか?」
「いくらだ?」
「情報を出す方も危険だからな。聖天六歌仙の情報なら最低でも30万リブラはいる。金額次第でより詳しい情報になるな。」
「では、何か金を稼げるような情報を教えてくれ。危険でも良いから30万リブラ以上を稼げるものだ。」
「顔の無い盗賊団。なんていうのはどうだ? 義賊が討伐されるのは、国民としてはやめて欲しい。だが、無理だろうし、この情報はある程度は簡単に集められるからな。1000リブラで教えてやるよ。団員は多いが一人につき10万リブラの賞金首だ。」
「体裁を考えれば困るけど、ここの鍛冶屋としては目障りなんだな。良いだろう。買った。」
「若いのに鋭いな。ここを利用するような金持ちから奪い、貧困層に配るんだ。義賊は良いが、何件か店の大口取引きが減っている。」
「ほらよ。1000リブラだ。」
「ありがとよ。顔の無い盗賊団。貴族や金持ちから頻繁に盗む大盗賊団だが、人相書きのひとつもない。ただ、犯行は王都からこの街まで、範囲は広いが現場が一直線になっている。そして直近の犯行はこの街だ。」
「人相書きもない状況で、範囲が広いなら絞れもしないだろ。」
「ところが奴らは二~三回は同じ街の家を狙うんだ。前回が一回目。この街で次に狙うとしたら、今日か明日の深夜。ただでさえ人が少ないこの街で深夜に大勢で動いている者達がいたらすぐに分かるよな。索敵出来る奴でも紹介しようか?」
「いや。それはいい。情報ありがとな。次に来る時は魔人マリードの他に、リトルエデンやこの国の現状も聞くかもしれんが値段はどのくらいだ?」
「この国や各国の情勢くらいならマリードのついでに教えてやるぞ。そんなものは世間話程度で終わりだがな。」
「リトルエデンに関連しては、この国で起きたチェンジリングとみかんという少女についても情報があれば教えて欲しい。」
「チェンジリングとミカン。もしやルカ マリアーノとミカン ヴァルキリアを知っておるのか? ティオール商会が潰されて以来家門が衰退し孤児となった貴族の二人だ。ミカンを探しルカは勇者となったが、ルカ以外が探しているとなるとルカから聞いたとしか思えん。」
フォルトナとメイブがその家名について思い出す。ティオール商会が襲われた時、アルマを救出したのがマリアーノ家で、その情報を受け匿われた家がヴァルキリア邸だったのだ。そしてフォルトナは記憶を取り戻した時にマリアーノという姓に気付くべきだった。前世では深く交流があり、その二家が衰退したのが不幸の始まりだというならフォルトナには責任がある。
「……ルカ。すまない。お前の全ての不幸は俺が原因だったのだな。これで絶対にミカンを探し出さなければならなくなったな。」
「お爺さん。ルカ様は北の大地で魔王に殺されました。ですが、ミカンさんは私達が必ず見つけます。と、いう事です。」
「ルカが死んだか。まあ、儂もそこまで仲良しだったというわけではない。勇者の情報だし、情報を扱うのが仕事だからな。」
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