青藍の宝玉
「どうした? なぜ、また泣いているのだ。」
「ウェンディゴ……フォルトナの前世は、悲しみが深すぎるの。一緒に記憶世界を体験し、それを肌で感じたわ。悲しみを感じられないフォルトナに、この気持ちを分けてあげたい。」
「なるどな。それで発動した異能が、【闇共鳴】というわけか。もったいない気もするが、それは今回に限って言えば、案外使えるかもしれんぞ。」
「え?」
「俺はフォルトナの中にある存在。当然同じく鑑定が使える。お前は普通の亜人ではない。亜人の中でも特別な存在だ。フォルトナと同じように魔王にもなり得る器と魂を持っている。そして、お前の魂は、お前は人生の中で、本当に必要になった時に、本当に必要だと判断したものを選択し3つの異能を獲得する事になる。お前は自分自身の心で【闇共鳴】を選択したのだ。」
「意味がわからない。」
「話し合っている暇はない。宝玉はあと二つだけ。青藍の宝玉の中で考えるんだ。」
メイブは青藍の宝玉に触れていた。一刻も早くフォルトナを取り戻したい気持ちでいっぱいだった。そして、フォルトナと再会した時には、悲しみだけでなく、たくさんの喜びや楽しみを共有したいと感じていた。それが愛だという事はまだ気づいていない。そして、フォルトナの中には不変の愛が存在する事をまだ理解していなかった。
その場所はスリーダンの隣国であるトワイライトの国。メイブは歴史で見た事のあるトワイライトの国旗でその場所を判断していた。奴隷商に入っていくロイスは、牢の中に変わり果てた姿のアネモネを発見する。
「……アネモネ四年も待たせて本当にすまない。」
「この奴隷を買う。」
「良いんですか?こいつは上玉ですが、精神を病んでいますよ?使い道は一つしかありませんぜ。」
「……屑や……ああ。構わない。言い値で買ってやる。」
「ありがとうございます。」
翌日。場所はトワイライト国の宿屋。
メイブは、四年も待たせてすまないと謝っていた事で、ロイスとアネモネが19歳になった事を理解していた。ロイスは一層逞しい大人に変わっている。一緒にいる美少女が15歳で成人を迎えたレクシーだという事にも気付いていた。ロイスがベットに横たわる衰弱しきったアネモネに話しかけ、それをレクシーが見守っていた。
「アネモネ。おはよう。今日は、一緒に散歩でもしようと思っていたのだが、天気が悪いなあ。」
「・・・・・。」
アネモネからの返事はない。心も体も疲弊しきっている。メイブはアネモネの首にあるネックレスに注目していた。おそらく過酷な環境の中、衰弱しきった体で、それでも生きる事が出来たのは、フローラが誕生日に渡したネックレスの効果ではないかと考えていたのだ。それは命の危機に瀕した時、装備している者を癒す効果がある国宝級のアイテム。フローラが従兄のコンラートに幻惑の効果を掛けられたり、憎悪のブレスレットをつけられる前の話。正常な状態のフローラはアネモネが大切だった。
メイブの瞳には、また涙が溢れる。本人達の気持ちを踏みにじり、誰かが企んだ計画で、悲しみの連鎖が止まらなくなった。ロイスもフローラもアネモネもレクシーも全てが被害者だった。
次の日も、その次の日も、ロイスはアネモネに語り掛ける。だが、アネモネの心は壊れたままだった。そして、ロイスは行動を起こす。レクシーはロイスから話を聞いていた。
「アネモネ。おはよう。今日からしばらくは出掛けて来る。レクシーと二人で待っていてくれ。」
「アネモネお姉ちゃん。私と二人だけでお留守番しようね。ロイ兄は、アネモネお姉ちゃんの為に、薬を取りに行くんだって。」
メイブはロイスの後を追いかけていた。ロイスはトワイライト国の王宮にて、マスタング トワイライト国王に謁見した。実はロイスは四年の間に1級の冒険者になっていた。国王から必要な情報を聞くと、一人でダンジョンに潜る。そこでメイブは自分の目を疑う。ロイスは四年の間に信じられないような強さに至っていたのだ。
たった一人、それも驚くべきスピードで高難易度のダンジョンを攻略するロイス。片道3日間の移動も合わせると、およそ一週間でアネモネのいる宿屋に戻って来た。
「アネモネ。これはエリクサーだ。肉体や精神の病など何にでも効くという伝説の薬だ。肉体に欠損した部分があったとしても、たちまち回復するらしい。……頼む。これが最後の手段かもしれない。」
「……ロイス様。……お久しぶりですね。……半年ぶり……一年ぶり。いや、何もかも遠い昔のように感じられます。」
「……アネモネ。良かった。本当に戻ったんだな。」
「ところでフローラ様はお元気でいられますか?」
「フローラの事はもう考えなくて良いんだ。あいつはお前を奴隷の身分に落とし、そして、売ったんだぞ。今は俺が買い戻したが、いつか必ず奴隷の身分を解く方法を探してやる。」
「そうですか。ですが、私は奴隷のままで構いません。これからはロイス様に誠心誠意お仕え致します。これは私が悪いのです。それにフローラ様に罰を受け売られたとしても、フローラ様は私の大切なフローラ様のまま変わらないのです。」
「なぜ、そんなに変わってしまったんだ。厳格で強い志を持った偉大なアネモネはどこに行った?」
「そんな風に思って頂けていたんですね。あの時は騙すような形で本当に申し訳ありませんでした。私は昔からこうです。あの時は大恩あるウィリアム様の指示通り動いていただけなのです。」
「そうか。だが、どうでもいいな。アネモネはアネモネだ。突然なんだけど、俺と結婚を前提にお付き合いして頂けないでしょうか?」
「ご主人様、申し訳ございません。私の体はどういうわけか衰弱しております。いつ死んでもおかしくない身だと感じているのです。ですからそれはお断りさせて下さい。」
メイブは盛大にずっこけていた。四年間も行方を捜す程、愛する気持ちはわかるが、何も回復早々に告白しなくてもと思ったのだ。今はアネモネを嫌う気持ちもなくなっている。アネモネが話すように、昔はロイスとフローラの間で、どうしようもないくらいに揺れていた気持ちが理解出来ているからだ。そして、今アネモネは自分の体の事を考えロイスの為を思って一歩引いている事も感じていた。メイブは本当のアネモネを好きになっていた。
数日後。ロイスとレクシーがトワイライトの首都を、買い出しがてら
「坊ちゃん。お元気でしたか?」
「……おおマルグリットじゃないか。久しぶりだな。お前が父上に解雇されて以来だな。今はこの国に住んでいるのか?」
「いいえ。坊ちゃん達の噂を聞いて、ここに駆け付けたんですよ。」
「そうなのか。なぜ俺を探していたんだ?」
「ええ。坊ちゃんの母上のビオラ様が、私の
ロイスとマルグリットの間に流れる空気が一変する。ロイスは母ではなくレクシーを思い怒りを発する。メイブにとっては心が引き裂かれるような気持だった。
「レクシー少し離れて耳を塞いでいなさい。……母上は生きていただと。それでお前が私欲を満たす為に連れ去ったのか。」
「そうです。私はあの時、スカルポン侯爵が編成した討伐隊に志願していたんです。騒ぎに便乗して、逃がすフリをしましてね。今まで監禁して毎日たっぷりと可愛がっておりました。前から愛していたんです。」
「外道め。……そんな奴に、レクシーを渡すはずがないだろ。」
「レクシー? いったい誰の話をしているんですか? まあいいでしょう。あれから、どんなに強くなったかは知りませんが、坊ちゃんの異能は鑑定に過ぎませんからね。私のスピードにはついて来れないでしょう。」
マルグリットは、異能を使い高速でロイスとレクシーの間に移動する。ロイスは目で追う事は出来たが、そのスピード特化の能力についていけなかった。レクシーに距離を取らせた事がかえって仇となり、マルグリットはレクシーを抱えて走り出した。
「【風足】」
すでにその距離は五メートル以上も離れている。
「マルグリット。貴様。汚いぞ。レクシーを離せ。」
「坊ちゃん。残念でしたね。お前では俺に追いつく事など出来んわ。」
「【模倣】 【風足】」
その時、ロイスの後ろから言葉と共に、急速な勢いで走って来る黒髪の少年の姿があった。先に走り出していたロイスを抜き去りマルグリットに迫る勢いで近づいて行った。
「なんだ。そのスピードは。お前は?」
黒髪の少年は手に持つ刀で、マルグリットの両足を切断する。 そして、マルグリットからレクシーを奪い返した。
「いくら異能がスピード特化でも、その足ではもう悪さは出来ないね。」
「ぐあぁ---。」
「お嬢さん。大丈夫ですか?」
「本当にありがとうございます。えっと、あなたは?」
「私はロベリアです。強くなる為に旅をしております。」
ロベリアがレクシーに名乗った所で、ロイスが追いついて来た。
「ロベリア君と言ったね。妹を助けてくれて、本当にありがとう。……そして、マルグリット。レクシーを怖がらせた罰だ。お前は死ぬがいい。」
ロイスは剣を抜くと冷たい瞳でマルグリットに留めをさす。
メイブはその少年に見覚えがあったが、誰なのかはわからなかった。それよりも、レクシーの目がハートマークになっている事の方が気がかりだった。だが、それは悪い予感などではなく、小さかったレクシーが、ついに恋をする年頃になった事に対するメイブの喜びの気持ちだった。
それから二年の月日が流れる。その間にロイスのパーティーには、たくさんの部下達が出来ていった。作戦担当のロベリアが戦闘に於いてロイスを司令塔にした事で、単独で敵を倒していたロイスのスタイルは劇的に変わって行く。ロイスは敵の弱点を見抜き、適材適所に部下を配置する事に徹底していった。戦闘での効率は上がり、世界各国で数々の武功を立て、国々を救済していった。
英雄との名声は上がり続けるが、自分の強さを自問自答する日々に変わっていった。
***
大魔王出現による世界の危機。世界連合の結成が騒がれていた頃。
その日、スリーダン国の王宮、
「スリーダン王。俺はお前等の
「ロイス ティオール。世界の英雄。世界にたった一人の三ツ星1級冒険者。そして、フローラの元婚約者であったな。……余の部下だった物が本当に申し訳ない事をした。だがあれは、フローラが失踪した事で一時的に芽生えた朕の怒りを見て、二人の貴族が勝手にしでかした事件なんだ。実行したスカルポン侯爵家とブリエンヌ侯爵家は、すでに国外に追放している。」
スリーダン国王のウィリアムは、配下の貴族達の前で、土下座の姿勢を見せていた。有り得ない展開に貴族達がざわめいている。
「本当に申し訳ない事をした。」
「俺は何も謝罪をさせに来たんじゃない。だが俺の家族を殺した奴らに対する生ぬるい裁きには反吐が出る思いだ。アネモネを売り払ったフローラも、妹を危険な目に遭わせたスリーダン国も絶対に許さない。今、世界中が俺の下に団結しようという動きをみせている。スリーダン国だけは、それに参加する事を認めない。戦いが終わった後で、俺に敵対されないようにせいぜい気を付けるんだな。」
「ロイス ティオール。忠告は本当に感謝する。我が国は世界で孤立する事になるか。否が応にも強くならなければならないな。」
「ああ。俺の意志は伝えたぞ。せいぜい強くなるんだな。」
王宮を出て来たロイスにロベリアが笑っている。
「兄さん。忘れ物の方はどうだった?」
「嫌味を言ってやった。だが少し緊張したよ。憎むべき相手に威厳は見せたけど、俺の力は全部仲間達の強さだからな。」
メイブはこの後で、世界連合と大魔王の戦いを見る事になった。その最後に仲間達の裏切りを見る。ロベリアがアネモネとロイスを食べた事で、あの悪魔がロベリアだった事に気が付いた。メイブは気が狂いそうな辛さで、精神体でありながら嗚咽していた。
青藍の宝玉は最も長いロイスの人生の終幕までの二年間の記憶。アネモネを見つけだした所で始まり、仲間達や妹との幸せの日々。その最後、全ての者に裏切られる残酷な前世の記憶だった。メイブは残されたレクシーの未来を思いながら、記憶の世界から精神世界へと移っていく。
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