蒼穹の宝玉
メイブが蒼穹の宝玉に触れると、記憶世界はロイスの部屋だった。手を握りながら心配そうにロイスを見つめている母ビオラの姿があった。ロイスはふいに目を覚まし叫んでいた。
「アネモネー!」
「ロイス。嫌な夢でも見ていたの? 大丈夫?」
「……母さん。俺はいったい?」
「あなたはフローラ殿下と一緒に街で倒れていたのよ。フローラ殿下と何があったの?」
「フローラだと……いったい何なんだ。この心の底から沸き上がる憎しみは? フローラが殺してやりたい程に憎い。憎くて堪らない。」
「ロイス! 言葉に気を付けなさい。フローラ殿下は、今やスリーダンの王女なのですよ。それに、まだ結婚は成立していないのです。そんな事を口に出したら首が飛びますよ。」
「フローラが王女だと?」
「ええ。ロイスが気を失っている数日の間に、先王が崩御され、新スリーダン王ウィリアム陛下が即位したのです。」
「フローラ……なぜだ?なぜこれ程までに憎いんだ。それにあいつの事を考えただけで吐き気がする。アネモネを売り飛ばした事が原因なのか? 嫌、違う。たしかに許せないが、殺してやりたい程に憎いわけがない。きっと、何かの記憶が抜け落ちているんだ。」
「ロイス。いったいどうしたの。落ち着きなさい。」
「落ち着いてられるか。ちょっと出かけて来る。」
ロイスは急いてフローラに会いに王宮に行く。ロイスの記憶は、アネモネが奴隷として売られフローラを問い詰める前で止まっている。
***
ロイスはスリーダン国の王宮内にいた【天眼】の異能の一部である索敵を使いフローラの居場所を探知している。王宮を守る兵士達は、ロイスの式典での活躍とフローラの婚約者である事を知っている為に素通りさせていた。しかし、フローラの今の状態を知る王宮内の、それもフローラの寝所付近では訪問を阻まれる。
「ロイス様。フローラ様は現在面会できません。」
「頼む。急いでいるんだ。フローラに会わせてくれ!」
「フローラ様はお加減が悪く――」
「いいから会わせろ。」
ロイスは警備の兵士の頭を掴むと壁に叩きつけた。軽くやったつもりが壁を破損する程の大きな威力になる。慌てて自分を鑑定する。Lv99の壁にぶち当たっていたロイスは、レベルが限界を突破し大きく上昇している事を確認する。Lv99の後でストックされた分の経験値。それが
「レベルが段違いに上がっている。【堅忍不抜】? いったいなんだこれは?」
「ロイス様。フローラ殿下の婚約者とあれど王宮内での暴動は重罪ですぞ。上には報告しないので、ここでお引き取り下さい。」
「うるさい。今すぐフローラに会わなければいけないんだ。邪魔するなら全て倒して進む。」
「お覚悟をっ。」
警備兵達は剣を抜き襲い掛かるが、ロイスは攻撃を避け素手だけで払い倒していく。15人の選りすぐりの警備兵達は次々と倒されていった。ついにロイスは王女の部屋に辿り着き、その扉を開いて中に入っていく。
メイブはロイスの後ろから、こっそりと部屋の様子を覗いている二人の男が気がかりだった。
「フローラ!俺は貴様を絶対に許さないからな。アネモネはどこだ? 言えー!」
「わからない……記憶が無いの……ヒッ……ごめんなさい……ごめんなさい。」
「この性悪女。弱っているフリをするな! さっさと思い出せ!」
「……スカルポン領……でも、わからない。」
「スカルポン領だと……見つからなかったら、その時は覚悟をしておけ。俺はお前を今すぐにでも殺したい程憎いんだ。」
ロイスは王女の部屋を出て、スカルポン領に向かっていた。メイブはフローラを心配そうに見つめている。するとフローラは突然頭を抱えて悲鳴を上げる。
「きゃ――――――――――――――!!!」
執事が王女の部屋に駆け付けた。
「王女殿下。どうなさいましたか?」
「……もう嫌ぁっ。ここにいたら、私はナニカに殺されるかもしれない。セバスチャン。北に、母なる大地という魔を寄せ付けない土地があると言っていたわよね? お願いよ。私をそこに連れて行って。死にたくないの。」
「無茶を言わないで下さい。そんな事をしたらスリーダン国は大変な事になりますよ。」
「……怖い。気が狂ってしまいそうだわ。お願いセバスチャン。大金を渡すわ。それに執事でなくとも良い。私の保護者という形でも良いから。」
「本当に困りましたね。ですが、私は、生涯、王女殿下の味方です。アルバートとオリバーに準備をさせます。彼等は王女殿下の命を何より優先します。身の危険があるとおっしゃるなら、今日中にでも王宮を発ちましょう。」
「セバスチャン。ごめんなさい。……本当にありがとう。」
ロイスは王都から馬車を走らせスカルポン領にある奴隷商の所へたどり着いていた。ロイスの記憶の中にいるメイブも一緒に馬車から降りて、奴隷商の店に入っていく。
「へい。アネモネですね。……そのような名前は登録されておりませんが。」
「なんだと……。では、ここに15歳でダークブラウンの髪に痩せ型の女は来なかったか?時期はちょうど10日前くらいだ。」
「この二週間以内ですと取引した奴隷は全て男ですね。その前からいる奴隷なら女もおりますが、ご覧になりますか?」
「念のために見せてくれ。あと、スカルポン領内には奴隷商はどれくらいある? 一刻も早くアネモネを見つけなければならない。」
「スカルポン領は、スリーダンの国内で、もっとも奴隷商売が盛んな街として有名なんです。領内に30店舗以上はございますよ。それをこの時間から探すとなったら、今日一日では、とても回りきれないと思いますよ。」
***
翌日、ロイスがスカルポン領内でアネモネの捜索をしていると、そこに見覚えのある紳士が現れる。
「ロイスぼっちゃん。やはりここにおられましたか。大変です。昨夜、フローラ殿下が失踪なさいました。……それで……非常に申し上げにくいのですが――」
「ヴァルキリア卿。なんだ?はっきり言え。」
「王の怒りを重く受け止めたブリエンヌ卿とスカルポン卿が、独断でティオール家を襲撃致しまし――」
「なんだと! アルマは無事か!?」
「ぼっちゃん。なぜアルマお嬢様だけなのですか? お父上やお母上が心配ではないのですか?」
「……なぜと言われ……なんだ? 何かがおかしい。だが、とにかく一刻も早くティオール家に向かわないと。」
「いいえ。それはもう手遅れなのです。……ティオール家は執事や奴隷も含め、その全員が……殺されました。」
「どうなっているんだ。そうか。ブリエンヌ卿、スカルポン卿と言ったら、息子を退学させられたのだから、これは俺に対する恨みだな。……だが、それを実行させたウィリアムも悪い。フローラはなぜいなくなったんだ。……ちくしょうアルマはどうなったんだ! スリーダン国、絶対に許さん。」
妹の事を考え涙するロイスに、ヴァルキリア卿は、小さな声で先程と同じ疑問を投げかける。
「なぜ、アルマお嬢様限定なんでしょうか?」
そこにヴァルキリア卿の部下が駆けつけていた。
「マイロード朗報でございます。マリアーノ卿が、どうやら騒ぎの中で密かにアルマお嬢様を救出していたようです。アルマお嬢様は、現在マリアーノ卿と共にヴァルキリア邸におられます。」
「まことか? お嬢様だけでも無事が確認出来た事は不幸中の幸いだ。ロイスぼっちゃん。アルマお嬢様はご無事でございます。」
「ぅあ~ん。本当に良かった。アルマ。……また心配させやがって。アネモネの捜索は中断だ。今すぐヴァルキリア邸に行く。ヴァルキリア卿の馬車に乗せてくれないか?」
「それはもちろん構いませんが、失礼ですが、なぜ笑顔なのですか?」
「いや。だってアルマが無事だったんだろう?」
「ご両親の安否は確認が取れていませんよ?」
「……まさか……ちょっとまってくれ気になる事があるので今鑑定する。【堅忍不抜】。突然現れた俺のもう一つの異能。 魔法ダメージを無効化するかわりに負の感情までをもなかった事にする、だと。だがなぜアルマとアネモネに関わる悲しみや怒りは無効化されていないんだ?……もしや。これをを取得する前に、一度味わったものは無効化されないのか?アルマは昔から、すぐに俺に心配を掛けるような子供だった。アネモネに対してもずっと不安や悲しみを抱いていた。」
「ロイスぼっちゃん。今鑑定を掛けさせて頂きましたが、ぼっちゃんの異能は【天眼】だけですよ。もしや、お心を患ったのではないでしょうか?」
メイブは知っている。
そして、メイブはロイスを見て泣き崩れていた。悲しみが溢れて止まらなかった。一年以上もの長きに渡りバイスやビオラを見て来たからだ。バイスはつまらないギャグを言うし、時には子供に厳しい態度を取る。しかし、その全てがロイスには見えない愛情に溢れていた。ロイスに文句を言われた後は、ロイスが去った後に、たいていは嬉しそうに笑っていた。
ビオラもバイスには厳しいのがお約束だったが、子供達には本当に優しい理想の母親だった。本物の両親がいないメイブにとって、二人がロイスを思う気持ちを見て、どんなに心が温まったか。ドライな思考をする育ての親の愛情よりも、とても深くてわかりやすい愛情だった。
だが、ロイスには両親の死、それを悲しむ事も出来ない。全てはあの悪魔が
唯一の救いは、今ロイスが語った事だった。メイブが記憶世界で見守っていた中で、ロイスは妹を溺愛していて、いつも心配する感情や時には激しい悲しみを抱いていた。だからこそ、アルマに対する感情だけは悪魔に奪われなかったのだとメイブも納得している。
だが、それを差し引いても本当にロイスの人生は悲しすぎる。メイブは、この記憶の旅で、ロイスとその心を持つフォルトナを慈しんでいた。一年間。強くなる為に命がけだったロイスのひたむきな努力を知っている。一途に貫く大きな愛も目の前で見て来た。そして、それが悪魔に踏みにじられる所も。フォルトナの事を守ってあげたいと心の底から考えていた。この時点でメイブはフォルトナの事を心から愛していた。メイブにはまだ自覚はない。だが、それはメイブが生まれて初めて感じる、人を愛するという事だった。
せめて、フォルトナに自分が感じた分の悲しみを分けてあげたいと考える。
移動中の馬車。ヴァルキリア邸に到着した所で、悲しむメイブの体が黒いオーラに包まれる。メイブはそれに気づいたが、現状は考える暇もない。急いでマリアーノ邸に入って行くロイスに続いていく。
「アルマ! 大丈夫か? 怪我はないか?」
「……人違いですよ。私の名前はレクシー。森の妖精なのです。」
「……冗談を言うな。レクシーはお前の持つ妖精の人形だぞ。」
アルマを抱きしめるロイスの肩をマリアーノ卿が叩いている。ロイスはアルマを抱きしめる手を放し、マリアーノ卿に近づいた。マリアーノ卿はロイスの耳元で小さく囁く。
「ロイスぼっちゃん。アルマ様は目の前でバイス様を殺されました。きっと、その時に心が壊れてしまったのです。私がアルマ様をおぶって逃げている時には『私が父上なんていなくなればいいと言ったからだ。』それを連呼しながら、ずっと泣いていました。幼いがゆえに、ご自分の責任だと思っていたのです。ですが、泣く事が収まると今度はアルマ様への呼び掛けに答えなくなりました。心配になった私がアルマ様を降ろすと、握りしめていた人形をお捨てになり自分がレクシーであると主張しはじめたのです。」
「アルマのせいなんかじゃない。これは全て俺の責任だ。アルマが自分の心に籠ってしまったと言うなら、これからはレクシーとして接し、アルマへの罪を償っていこう。マリアーノ卿、アル……レクシーを助けてくれて本当に感謝する。この礼はいつか必ず果たす。」
「いいえ。感謝するのは
黒いオーラに包まれながら、メイブの体が透けていく。蒼穹の宝玉の記憶世界はこれで終わりだった。
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