深紅の宝玉②

 スリーダン国には、Sランク危険度のダンジョンの一つに、迷宮の大穴というものがあった。これは国内では、最強のモンスターがいるダンジョンとして、国民にとても恐れられている。


 ロイスとアネモネは、ダンジョンの最深部、深層と呼ばれる部分の入口の階層で、階層ボスのミノタウルスとの戦いをたった今、終えていた。メイブは、それを間近で見守っていた。見ているだけで神経をすり減らすような、限界を超える凄まじい戦いだった。



 ロイスは、地べたに倒れせき込みながら粗い息遣いで勝利を噛みしめている。アネモネは、魔力切れの苦しい酔いに耐えきれず、眠るようにしてその体調を整えている。



「ついにやったな。危なかったけどやっとここまで来た。大丈夫、俺達はやれる。」


「そうね。この圧倒的な身体能力の差を補える程、ロイスの戦闘技術は高みに至った。これ程までなら、人間くらいには絶対に負ける気がしないわ。」


「【天眼】の新しい能力で、アネモネの【蘇生】が回復魔法に影響を与えると分かった事が、この一年で一番の収穫だった。アネモネの回復があってこそ、俺達の今がある。」


「それは違うわ。あなたのひたむきな努力は常軌を逸したものがあった。それは回復があるから大丈夫とか、そんなレベルの話ではない。あなたは毎日死んでもおかしくない死線と苦痛を味わいながらそれでも前に進んできた。」


「まあそれは、愛の力ってやつさ。」


「ロイス……あなたは本当に馬鹿よね。まあ。使命が果たせるならそれでも良いわ。だけど私はその気持ちに応える気はないけどね。」


「……。」


 言葉では冷たい事を言うアネモネだが、その手はロイスの手を力強く握りしめていた。ロイスはそれに言葉を発する事はなかった。返事の代わりにその手を握り返している。しばらく沈黙が続き、体が動くようになったアネモネは、横になっているロイスに近づきゆっくりと抱きしめていた。


「勘違いはしないで欲しいけど、一応感謝はしてるからね。」


「アネモネ。ありがとう。俺、頑張れるよ。」


「試験。いよいよだね。」



 魔導塾の実技試験には、対戦形式のものがいくつかある。


 ひとつは、クラス昇級試験。より良いクラスでより上等な学びを得る為の試験で、生徒はいつでもこれに挑戦出来る。これはクラスの低いものが一つ上のクラスの一番成績の低い者と模擬戦を行い、挑戦者が勝てば昇級出来るというものだ。逆に上のクラスの者が負ければ、一つクラスが落とされる。挑戦券を使って負けた場合は、次の挑戦までに1か月は待たなければならない。ただし、挑戦して勝った場合には、新たな挑戦券も獲得出来る。


 二つ目は、クラス内の順位昇格試験。最初は入学時の成績で順位が決定し、各学期の期末試験で更新される。そして、その間は3つ上の順位までを選べて、その順位を掛けて模擬試合をする。これも負けた場合は、クラス昇級試験と同じ挑戦券が失われる。勝った場合は新たに挑戦券を獲得出来る。


 どちらの挑戦券も同じ物なので、どちらかに負けた場合は、もう一つの試験も一ヶ月は受けられない。

 


 最後に、魔導塾全体で一年に一度行われる最も重要な試験。



 それが、最優秀者プラチナ選抜試験。


 生徒全員が対戦カードを持ち、勝った方は負けた方のカードから勝ち点情報を吸収して、生徒総数の200枚分の勝ち点情報を吸収すると対戦カードはプラチナの色に変わる。



 生徒達はカードを吸収した分で白から始まり 銅10枚分 銀25枚分 金50枚分 プラチナ200人分とそれがそのまま、その年の自分の階級になる。



 そして、この階級が自分の目標に達した年に、魔導塾を卒業する事が多い。それは、卒業後もこの階級で自分が獲得した一番高い階級が、その人の最終学歴的な目安になるからだ。


 例えば、騎士や兵士、魔法使いなどが、国が運営する部隊に配属する場合。


 スリーダン王親衛騎士団(親衛隊)

 魔導塾プラチナグレード


 スリーダン王国騎兵部隊(騎兵隊)

 魔法学園プラチナグレード


 スリーダン王国近衛兵団(近衛隊)

 魔導塾ゴールドグレード以上 魔法学園ゴールドグレード以上


 と、なる。 



 魔導塾プラチナグレードになると、その段階でスリーダン国王直属の親衛隊にスカウトされる事になる。それは親衛隊の絶対条件が魔導塾のプラチナグレードにある為だ。

 生徒がそのスカウトを承諾した段階で、栄えある親衛隊の入隊式が開催される。アネモネが使命を達成する為には、この入隊式に参加する事が絶対である。魔導塾での階級をプラチナグレードにし、親衛隊の入隊式でザラスの正体を暴くのだ。


 最優秀者プラチナ選抜試験の模擬戦は弱い相手から選ぶ事が多い。そして、この対戦の順番と相手は、より高いクラスのより順位の高い者から優先して選ぶ事が出来る。

 だからこそ、生徒達は、より有利になる為にランクの高いクラスや順位に拘る人が多くなっている。


 そして、今、最優秀者プラチナ選抜試験がはじまった。開催期間は全ての戦いが終わるまで、数日掛けて行われる。

 メイブはロイスの戦いを闘技場の中で、間近で見守っている。メイブが物凄い熱意を持って観戦しているのは、これまでのロイスの努力を知っているからだ。

 


 


 Sクラス 序列1位 オリビア コスタ


 VS


 Dクラス 序列10位 ロイス ティオール





 分かってはいたが、ロイスは呆然ぼうぜんと立ち尽くしている。ロイスは、こうして闘技場でいざ対面してみると、なんだか、オリビアの笑顔の奥に黒い物を感じなくもないと思っていた。


「これ間違ってないよな?」


「あってますよ。ですが対戦自体に深い意味はありません。ただの好奇心です。最近はずっと修行をしているようだったので、その力を確かめようと思ったのです。」


  審判はロイスの困惑とオリビアの笑顔を確認し、両手を上げて開始の合図をする。


「それなら、最善の手を見せよう。それで、俺の成長を感じてくれ。」


「え?」


 オリビアが魔法を発動しようと両手を前に出した時、すでにロイスの姿はなかった。そこで、オリビアの意識が途絶える。


 ロイスは、たった一度、オリビアの後ろ首に手刀を振り落しただけだった。


 会場中が静まり返っている。それは大穴中の大穴。最弱クラスの者が、Sクラス序列1位の事実上最強に、手の内を見せる事もなく瞬殺した。その動きに目が追いついていたのは、間近で見ていたメイブも含め、この会場に数える程しかいない。





 第三試合 


 Sクラス 序列3位 クレオン フリストフ


  VS


 Dクラス 序列10位 ロイス ティオール



 先程までなら、会場内の誰もがロイス ティオールの敗北を確信していただろう。だが、ロイスはもう大穴的なポジションにいない。魔導塾の四聖筆頭を手刀だけで倒したのだ。厳密に言えばオリビアが1位の座にいたのは、ただ単に成績が優秀だった事、他の四聖達に挑まれていなかったからというだけである。だが、オリビアは他の生徒達には何度も挑まれていた。そして、その度に圧勝していたのもまた事実であり、それこそがオリビアを魔導塾の四聖の一人とする原因でもあった。



 四聖 対 四聖に匹敵する何か



 試合が始まるまでは、観客達にとって、これが世紀の一戦であるかのように思えたであろう。


「よお。俺を選んでくれてありがとな。」


「うん。だって君、レオが頼んで来る程強いらしいじゃない。それにさっきの試合。俺、久しぶりに興奮しちゃった。だけどね。俺がみんなになんて言われているか知ってる?」


「ああ。近接殺しなんだろ?」


「正解。さっきみたいにはいかないから、注意してね。」


 審判の開始の合図と共に、再び、ロイスが消えていた。しかし、クレオンが瞬きをすると、開いたと同時にロイスの顔面が間近に迫る。


「よ。あれ? 近接殺しなんじゃなかったっけ?」


「そんな。」


「お前の弱点を教えてやるよ。その槍じゃ懐に入られたらお前の優位である斬撃がまったく使えないと言う事だ。」


 ロイスは、言い終えると0距離からのアッパーをクレオンにヒットさせる。たったのそれだけで、クレオンは気絶していた。


 試合が終わるとまたも観客達が静まり返る。世紀の一戦どころか、またしてもロイスは、武器も使わずに瞬殺する。観客達は自分達が四聖と呼び始めた存在をもはや疑っている。所詮はただの噂のカテゴリー。実際に四聖達と戦った者は数える程しかいないのだ。だが、観客達は気付いていない。自分達もロイスの速さを目で追えていないという事に。手品を見た後に、――どうせインチキなんだろ?―― と、思うように、ロイスや四聖達を分類し始めていた。


 そして、この試合後にロイスに挑む者が急増する事になる。特に今年グレードを上げる必要性の少ないものは、名声の方を優先していた。四聖級の者に勝ち自分がそれに成り代わる何かになる為に。


 クレオンが控え室で目を覚ますと、そこにはロイスが座っていた。


「お前さー。槍だけじゃなく、例えば短剣とかを持っておいた方がいいぞ。さっきも言ったみたいにお前は近接殺しどころか、ふところに入られたら終わりだ。『近接殺し』どころか『超近接殺され』。それに短剣での【斬撃波】の威力は刀身が短い分、圧縮されて威力が高まる。そっちの方が案外一撃必殺だったりして。」


「あはは。忠告ありがとう。今回は強者を楽しむどころか、圧倒的な差を見せつけられちゃったな。」


「まあ。お前、Lv52だから仕方ないよな。俺Lv99だもん。でも、同じレベルだとしても超身体強化系の相手とかでなかったら、たぶん、俺は負けないけどな。」


「今の差は、勝ち筋が見つからないどころの騒ぎじゃない。だから俺にはなんとも言えないな。とりあえず、忠告通り、超近接対策に短剣での戦闘を磨くよ。」

 




 ***






 二日目




 前日Sクラスの生徒達に対して、ロイスは武器も使わずに連勝していた。いつの間にか25勝し、カードはシルバーにまで達している。そして、この辺りから、ロイスに挑む者はさっぱりといなくなった。Sクラスの半数以上を倒し、ロイスの強さが本物であると認められたのだ。

 Sクラスの半数以上が早期敗退という異常な事態に、Aクラス以下の生徒達が歓喜していた。特にAクラスの生徒達は今年が最高の階級に達する為のチャンスかもしれないと感じている。だからこそ、勝の薄いであろうロイスにはもう挑まない。




 ただ、一人のAクラス筆頭の生徒を除いて。



 第41試合



 Aクラス 序列1位 イアン リンドバーグ 


 VS


 Dクラス 序列10位 ロイス ティオール




 闘技場の中央で、ロイスはイアンに向かって片手を上げる。イアンは深々とお辞儀をする。


「イアン。一年ぶりの対戦だな。昨日ってお前が俺の為に仕組んだだろ。ありがとな。」


「なんたる至高の展開! ロイス君。あなたって人は本当に。どこまでも私の事を理解してくれているのですね。そうです。私が仕組みました。そして私自身も、今からあなたの糧になります。その為に全力で戦います。あなたが示してくれた道が、どのような力なのか、私にはそれをお見せする義務もあります。」


 審判の合図と共に、イアンは4つの剣を抜いた。そこに、これまでの対戦相手のような油断はまったくない。最初から全力で、4つの剣を交互に、ロイスに向かって高速で突き立てる。

 だが、ロイスはまたもや消えていた。消えたと同時にイアンの足に激痛が走る。イアンは足の感覚を無くし剣を絡ませながら転倒した。イアンが見上げるとそこには、ロイスの顔が見える。立ち上がろうとするが、足はまったく動かない。


「イアン。足元ががら空きだったぞ。いくら剣の本数が多くて、連撃が素早くても足を狙われたら、素早さの優位なんて消える。」


 ロイスは瞬間的に、イアンの左足に対して、強烈な下段の回し蹴りを放っていた。それは的確にダメージを与えられる場所でもあった。


「ロイス君。申し訳ないのですが、降参させて下さい。考えてみたら私程度がロイス君の糧になるとか、烏滸がましい事だったのです。」


「そうでもないぞ。例えばだけど、イアンの【肩細胞】は……。えっと、背中に面した肩甲骨あたりかな。その辺から翼を作ってみるとする。もし、仮にイアンが上空から弓などで攻撃をしたとしよう。俺って魔法が初級のしか使えなくて、その時点でもうお手上げになるよな?」


「なんと。私の異能は、そんな能力があるのですか?」


「その通りだ。ただし、それをやるには最低でもLv99は必要だな。Lv120くらいから、腕を出しつつ翼も出せるぞ。近接の敵には空中戦。武器は弓。魔法。槍など。 遠隔攻撃の敵なら、空中は逆に不利になり得る。一つの腕に盾を装備するなどして、素早く懐に入り、これまで通り剣の手数で圧倒すれば良いと思う。その場合は長所が上半身だから、やっぱり足には気をつけろよ。」


「ロイス君。私の伸びしろは、まだ、たくさん残されているという事ですね。糧になるどころか、私の方がご指導を頂いてしまいました。ありがとうございます。」


「あと、説明の為に、手が出せないって言ったけど、実は今、弓の練習もしていて、イアンが翼で空中を飛行できるくらいになった時、俺は遠距離攻撃の手段を獲得していると思う。それも【天眼】で全武器に適正があるから成長が早いぞ。ごめんな。」

 

「いえ。非常に勉強になりました。」







 ***








 最優秀者プラチナ選抜試験

 



 4日目  2順目 Sクラスからのターン



 この日は、あえて1順目を見送っていたレオがついにロイスに対戦カードをきった。





 第113試合 





 Sクラス 序列2位 レオ ウォード 


 VS


 Dクラス 序列10位 ロイス ティオール




 試合が始まった途端。ロイスは肩を落としている。そして、だるそうな声で、レオに暴言を吐いた。


「がっかりだなー。いや。お前には本当にがっかりだ。」


「失礼だぞ。いったい何を言っているんだ。」


「それじゃ駄目なんだよ。お前にはずっと目をつけていた。だが今のままでは弱すぎる。もしかすると、あいつらの中でお前が一番弱いかもしれないぞ。」


 その言葉に、レオを顔を真っ赤にして激怒する。


「何! 寝ぼけた事を言うな!」


「ステータスだけではなく、最低でもレベルを倍にしろよ。でなきゃ話にならない。」


  この言葉に、レオは驚く。


「それじゃ何か? 俺はレベルを倍に出来るとでも言うのか?」


「ああ。その通りだ。」

 

 レオは心を落ち着かせ、レベルが倍になるように祈っている。10秒もしないうちにレオの異能は、喜びとともにそのレベルを上昇させた。


「なんなんだ。この力が溢れて来る感覚は。ロイス。お前馬鹿だな。これで万が一にも、お前の勝ち目はないぞ。」

 

 ロイスは魔法で身体強化し、足の裏から、風属性のオリジナル魔法。噴射を使う。


「なるほど。そんなに早いのか。やっかいだな。剣士のくせに風属性の魔法も使うとは。」と、驚くレオ。言葉とは裏腹に、体はそのスピードをなんなくかわしている。


 急激なスピードで突進したロイスは、レオが躱した段階で、剣を振りつつ勢いよくレオの横を通過してしまう。

 早すぎるからこそ、そのスピードを制御出来ないだろう、レオにはそう思えた。


 次の瞬間までは。


 それを無理やり押しとどめたのは、土属性の魔法で作った小さな土壁。ロイスはそれを蹴ると、予測不能の連続攻撃を仕掛ける。レオはギリギリの所でその攻撃を剣で受ける。だが、ロイスの次の狙いはまさにそれだった。

 先程のように体を躱されたら効果は無い。だが、ロイスの攻撃を受けてしまうと、今のレオのように感電する。なぜなら、ロイスの剣には、雷属性の魔法が付与エンチャントされているからだ。レオは、体を硬直させ、一瞬だけ動きが止まっていまう。


 そして、ロイスはその瞬間を見逃さない。


 二撃三撃と何度もレオのHPを削っていく。レオは、ようやく、その痛みに耐性がつき、5回目でやっとまた剣で剣を受け始めていた。


「嘘だろ。剣士の癖に3属性もの魔法を操ると言うのか。」

 

「お前。さっきから何をとんちんかんな事を言っているんだ。オリビアの異能【全属性】程ではないが、全属性の初級程度の魔法なら最高レベルで扱えるぞ。」


 レオは納得していた。なぜオリビアがロイスを愛しているのか。これ程の才能。いや違う。それは努力なのかもしれない。何度も戦闘を繰り返し、実戦で得た努力の才能。そう思うと、レオはそこで気持ちを切り替えていた。だからこそ、ロイスに勝ちたいと思ったのだ。


 それでこそ、オリビアの愛を獲得出来るのかもしれないと心を躍らせている。


創生オリジナル魔法マジックアイスフィールド。」


 ロイスは自分が開発した氷属性魔法で、周辺を薄い氷で覆っていた。


「なんという発想。だが、これではお前自身も身動きが取れないはず。」


 ロイスは自分の足裏から、炎属性魔法と風属性魔法を噴出させると、レオに突撃していった。ロイスが蹴る地の氷は瞬時に溶けだし、氷のフィールドをいとも簡単に走っている。レオはロイスの初撃をまたも剣で受けるが、それで体がよろけ、逆にロイスは先程の様に魔法で土壁を作り出すと、レオを背後から斬りかかる。


「ぐはっ。なぜだ。さっきから、なぜこれ程までにダメージが入る。」


 ロイスは、その言葉を無視して、攻撃の手を緩めない。滑りやすい氷の上を高速で移動し、レオが態勢を整えたら、移動先に土壁を作りだし、レオの背後に周り、見えない角度からまた連続で攻撃をする。


 レオはLv60。学生にしては騎士の平均と同じ強者の部類。そのレベルが倍になって、もはやLv120と、Lv99の壁すらをも超えている。スリーダン国でいう所の騎士団長クラスでLv85。冒険者でも達人級の強さと言える。そこから更にステータスが倍になっているのだ。これは単純計算は出来ないのだが、単純計算をした場合、仮にLv240級の強さ。英雄級である。

 対するロイスはLv99。これも国家レベルで見た場合は最強クラスだが、それでもLv99の壁を突破出来ないでいる。加えて、ロイスは魔法による少しの身体強化のみしかしていない。


 では、なぜ、こんなにも身体能力に差があるはずなのに、ロイスの攻撃はレオに有効なのか。


 それは、【天眼】の異能にある。


 天眼の最上位級の鑑定能力。これを天眼解析という。天眼解析は他人やアイテムのステータス情報の詳細を見る事が出来る。更に、その先にある能力の可能性までをも知る事が出来る。

 次に索敵。天眼認識。現在は半径100m以内のあらゆる情報を全て薄く認識し、注意深く見れば少し鮮明になる。

 そして、今回ロイスが戦闘中に使用している【天眼】は、ダンジョンの深層にいるミノタウルス戦でも決め手となった。


 戦術眼。


 そのスキルと効果は3つある。


 弱化ウィーキニングポイント 

 敵の戦力を低下させるポイントが黄色の的で視認出来る。


 ウィークポイント 

 敵の弱点が赤の的で視認出来る。


 強撃アサルト計器ゲージ 

 攻撃時タイミングゲージが出現し、合わせる事で強打になる。



 ロイスの現在の主な戦闘方法は、天眼解析で得た情報を元に相手に合わせた武器を使う事。(ただし剣術が最も得意)【天眼】の効果で、あらゆる武器に適正を持ち、武器スキルなどはマスターするまでの時間が少なくなる。 だからこそ武器選択に多様性がある。

 そして、全ての攻撃には戦術眼を使用する。


 まずは弱化ウィーキニングポイントで敵の弱体化をする。例えば、イアン戦での素早い攻撃を弱化する為に最効率である足を狙う。その場合、黄色い的が見えるので、足のどの部分を攻撃すれば最も効率的なのかも視認出来る事になる。


 敵を弱体化した場合、もしくはするまでもない場合は、ウィークポイントで、現在の敵の最もダメージが高い場所が、赤の的で視認出来る。ロイスはこの部分にすきがあれば、それを攻撃する。


 そして、最後に強撃アサルト計器ゲージ。ロイスは攻撃時に強撃アサルト計器ゲージが見える。強撃アサルト計器ゲージは、横長の棒のようなメータ―で、その中を常に一定のリズムで左右に黒い針が動いている。ゲージは左側が黄色で右側にいくにつれ赤色になっている。そして、インパクトのタイミングで、右側の赤に近ければ近い程、攻撃の威力が高くなる。


 これは、【天眼】の異能の中で、攻撃威力に補正が掛かる唯一の効果。


 ロイスは、この能力を獲得してからの半年間。全て、この能力を最大限に発揮できるように、その修練を重ねてきた。ミノタウルス戦でも、レオ戦でも、この異能の補正が無ければ、どの攻撃も決定打にはならなかっただろう。ミノタウルス戦は、格上の身体能力に、どの程度、この強撃アサルト計器ゲージが通じるか、その性能を確かめる為に絶対に必要だったのだ。


「だいぶ。HPは減ったが、やはり弱化させないと持久戦にはなるな。仕方ない。」


「アイス シャックルス」


 ロイスは弱ってきたレオの足を氷属性魔法で動けないように固めていた。次の攻撃だけは、正確にやる必要があるからだ。


 身動きの取れなくなったレオ。次の瞬間、レオの両腕が切断され地面に落ちた。


「ぐぁ~~~~。」


「お前の異能の発動。その基盤になっているのは腕だ。その証拠にお前は今、普通のLv60の戦闘力に戻っている。どうだ?降参するか?」

 

「いでぇ~よ。ひどすぎるよぉ。ぅ。ひぐっ。ふつう、ぅ学生同士の戦いで、こんな酷い事……ぅぁ普通出来るかぁ?」


 レオはもう戦い所ではない。14歳が両腕を斬り落とされたら、泣きじゃくるのも無理はない。闘技場に座り込んで、ただただ、泣いている。

 

「どうした? 降参しないのか?」


「うわぁ~ん。こうさんするよー。」

 

「安心しろ。アネモネの回復魔法なら両腕は完治する。その為に綺麗に斬り落とした。」


「本当か? ぅあ~ん。よがった~。ありがどぉ。」


「アネモネー! 悪い。レオの腕を回復してやってくれ。」


 ロイスは大声で、闘技場で観戦していたアネモネを呼ぶ。アネモネはやや不機嫌そうに闘技場の中央に進んできた。


「はーい。わかった。あなたレオ君だっけ? 災難だったわね。でも、私達もこれまで命がけで戦って来たの。腕を斬られたくらいで、大泣きしているあなたとは、そもそもの覚悟が違うわ。負けて当然ね。」


「……アネモネ。まあ、実際そうなんだけど、泣いているやつを追い込むなよ。」


 ロイスはそう言いながら、両腕を拾って、レオの切り口に押し付ける。アネモネは無言でレオの腕を回復させた。


「レオ君。しばらくは安静にしてないと、くっつけた腕取れちゃうわよ。」


「そんな~。でも、ありがとうございます。」


  くっついた腕で涙を拭った後で、レオは腕を顔から少し離し心配そうにみつめている。


「大丈夫。それは嘘だ。アネモネの回復魔法は完璧。普通に元通りだぞ。アネモネは覚悟を持って魔導塾に来た。だからこそ、覚悟が足りないやつには厳しいんだよ。俺の女は偉大なんだぞ。」


  レオは再び大泣きした。


「良かった~。」

 

「それと、レオ。お前の異能【倍倍】は、あらゆるものを倍倍にする。お前それを2倍だと勘違いしてねえか?お前の異能にはまだまだその先があるんだぞ。例えば二重ダブルで使えば×4。三重トリプルで使えば、×8。四重クワトロなら×16だ。倍率が高くなるほどに効果範囲は狭まるが、正直、四重クワトロまで使われたら俺には勝てるかどうかわからん。ただ、そこに至るには最低でもLv300は必要だろうがな。お前の異能は、対人戦なら、世界最強も目指せるような希少な異能なんだぞ。あまりにもチート過ぎる。」


「ロイス。何でわざわざ、そんな事を教えてくれるんだ?」


「別に。次に戦った時に、もっと強くなっていた方が、それはそれで面白いだろ。」


「……完敗だよ。器が違いすぎる。だが、それは今の時点での話だ。俺はオリビアさんに認めて貰えるくらい、強くなりたい。その為にはお前を超えなければならないんだ。……覚悟だったな。俺も改めて覚悟を持つよ。」


「なんだ。お前。オリビアの事が好きなのか? それなら、幼馴染だから力になってやれるかも知れないぞ?」


「しまった! つい言葉にして……え? 応援をしてくれるのか?」


「ああ。いいぞ。」


 レオは今度は、満遍まんべんの笑みで、ロイスを見上げていた。今までロイスに感じていた嫉妬心は消え失せている。それどころか、今まで、大きく嫌いだった分のイメージが、そのままの大きさで全て好転し、ロイスの事を大好きになっている自分がいた。





「…兄貴! これからはロイス兄貴と呼ばせて下さい。」


 







 ***




 6日目

 


 

 最優秀者プラチナ選抜試験は、6日間行われ、その全ての対戦でロイスは勝利を収める。


 その年、唯一のプラチナグレードに選ばれたのは、ロイス ティオールとなった。


 その日の放課後。Dクラスでは、ロイスとアネモネの姿があった。他の目標もあったロイスは別だが、アネモネからしたら、もう修行をする必要もない。 だから、その日は、勝利の余韻に浸る事もありクラスにまだ残っていた。


「なあ。アネモネ。いよいよだな。俺にはザラスの正体を暴く秘策があるんだ。秘策というか単純にそのままなんだけど。入隊式には俺を含め、鑑定が使えるあらゆる人間を用意する事にした。」


「……そうか。そうだよね。元々それが原因でザラスの正体がわかったんだし、鑑定を使えば魔王の異能が見抜けるわ。ロイス。それだったら、仲間の中に記憶を映像化する人がいるの。もちろん鑑定が使える人間はたくさん用意して欲しいけど、ロイスの鑑定した結果を映像化させて貰って、観客達にそれを見せても良いかしら?」


「もちろん。かまわないぞ。」


 アネモネはロイスに抱きついている。ロイスの顔は赤くなる。


「アネモネ。全て解決したら、俺とつきあわな…。」


「ロイス。最低だわ。前に言った事を覚えてないの?人の弱みを告白の駆け引きに使うのは男らしくない。」


「……ごめん。駆け引きのつもりじゃなくて、普通に告白なんだけど。」


「言い訳しない。まあ、でも、使命を果たせるんだから、これはお礼として。でも…絶対に勘違いはしないでよ。」


 教室の窓の外は夕焼けが広がっている。窓から射す赤い光の逆光で、ロイスからはアネモネの表情がよく見えない。だが、それが自分の顔に迫ってきている事だけは理解出来た。


 アネモネの唇はロイスの唇に重なっていた。



 数秒間。ロイスの舌にねっとりとした感覚と甘い香りが広がる。お互いにとって、それがファーストキスでもあった。



 それから、一時間。ロイスは顔を赤らめながら、妄想の世界で至福の余韻を噛みしめていた。そのまったく動けなくなったロイスを置いて、アネモネは暴言を吐いてからすぐに帰宅していた。



 メイブにはアネモネの事がまったく理解出来ない。

 時に優しく寄り添い、時に冷たく突き放す。


 メイブは、時が立つ程にアネモネの事が嫌いになっていた。

 ましてや、今回は自分を好いてくれる男性に、その気もないのにキスをするなんて許せない。それがメイブの本当の感情だった。

 しかし、ロイスの感情と自分の感情を近づける為に記憶の世界に来ているという意味では、メイブのそれは限りなく不正解である。


 そして、メイブの体が透けていく。


 深紅の宝玉の記憶世界から解放され、メイブは元の精神世界に戻っていった。


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