深紅の宝玉①

 メイブが深紅の宝玉の記憶世界に入ると、ロイスがリビングの入口から、ソファーに座る父親のバイスに挨拶をしている所だった。


「いってきます。父上。俺はダンジョンに行ってから、塾に行くからもう出る。」


 だが、バイスはソファーから立ち上がると素早い動きで、出掛けようとするロイスの腕を掴んだ。そして真剣な表情を浮かべる父親のバイス ティオール。メイブに緊張が走る。バイスはロイスの瞳をまっすぐと見つめ言葉を掛ける。


「おいロイス。ちょっと待て、最近はダンジョンに行ってばかりだな。戦闘・・・・ばかりしてないで、たまには、父さんと銭湯・・・・にでも行きませんとう・・・・。」


 バイスの真剣な表情は、一気に崩れ、顔のパーツを全て中央に寄せる変顔をした。それを見たロイスはいつものように苛々いらいらしている。ロイスは、真面目な事を言う度に、くだらない冗談で返される事に辟易へきえきしていた。だからその鬱憤うっぷんはいつも悪態あくたいをつく事で吐き出す。


くそ親父。黙れ。うぜえんだよっ。」


「父親に向かって何なんだそれは。お前は悪魔か。ちきしょう。メイガス教の名に懸けて、悪魔狩りしちゃーうぞ。」


「いや。誰が悪魔だよ。お前がいつもくだらない事を言うから悪いんだ。それに何なんだよ悪魔狩りって。」


「それな。大昔に流行った、権力者が敵を葬る事を正当化した風習とかだよ。これが現代なら因縁をつけられても、潔白が証明できる。それより、お前はダンジョンなんぞに行くより、商売の手伝いで鑑定の腕を磨いた方が良いんじゃないか?」


「あいにく【天眼】は戦闘によってかなり進化している。それで、大昔と今で何が違うんだよ。」


「異能の使用方法が手探りだった時代。昔の人は鑑定の異能をどう訓練して伸ばすかもわかっていなかった。だが、各種異能の使い方は歴史と共に研究されてきた。普及率の高い一般的な異能やそれらの系統にあるものは、すでに大半が解明されている。訓練された鑑定系の異能は、悪魔くらい見分けるのさ。仮に詳細に判別出来なくても、悪魔や魔王は異能の数が人とは違うとされているんだ。それは隠しようがないだろう。お前のような最上位の鑑定スキルだったら、悪魔どころか神でさえ見抜けるんじゃないのか?だから、現代では悪魔狩りの口実などでは、罪のない人を裁けないのさ。」


「っ!! ……そうか! その手があったか。エロガッパのくそ親父にしては珍しくまともな意見だな。ありがたく、それを頂戴ちょうだいしておこう。」


「お前……まさか! ……俺からくそ頂戴ちょうだいするだと。ふ……ふざけるな。いくらなんでも、俺はそんな事はさせないぞ!」


「はぁ? くだらん事を言うな。貰ったのはそれじゃねえ!」


「なんだ……エロガッパの方か。それならばくれてやる。そして、俺好みのめちゃくちゃエロイ嫁を連れてこいよー。うひょ~。考えただけで、父は嬉しくてたまらんぞ。」


 ここで、ロイスは玄関のドアを開けた。この父親のたどる未来がわかりほっとしている。去り際のロイスの目配せで、バイスは後ろを振り返りその顔は青ざめている。そして、メイブはこの光景を見るのが堪らなく好きだ。


「バイス。エロイ嫁ってどういう事かしら? この私がいながら、息子の嫁に何をしようっていうの?」


「ビオラ。落ち着け。ちょっと、待ってくれ。これに関しては只の想像だ。不良の道をひた走る、息子に精一杯反抗をする父というか……。そう考えたら、かわいいだろ?な?」


 バイスの妻ビオラは、拳をポキポキとならすと、勢いよくバイスに殴り掛かる。そして、倒れたバイスの首を絞め落としにかかった。


「問答無用!!」


 


 ***


 


 

 早朝のダンジョン活動を終え、魔導塾のDクラスに入ろうとするロイスの前に、一人の少女が近づいてきた。身長の低い彼女は潤んだ瞳でロイスを見上げる。


「ロイス。最近アネモネさんばかりで、私に全然構ってくれないよね。」


 ただし、この声はとても小さくてロイスの耳には届かない。ロイスの幼馴染のオリビア コスタ。とても内気な少女はそんな恥ずかしい事を本人には言えないのだ。オリビアは後ろにまとめた金髪のリボンを意味も無く取り外すと、ほどける髪からは柑橘系の甘い香りがする。


「は? オリビア。全然聞こえないんだが、なんて言ってるの?」


「ううん。特になんでもないです。……あ……挨拶をしただけなのですよ。」


「そうか。じゃあ。アネモネと戦術の打ち合わせがあるからまたな。ちゃんとやらないと修行の効率が下がるからな。」


 一瞬、険しい表情をするオリビアの顔をメイブは見逃さなかった。およそ1年間、メイブはロイスの事を見守って来た。このオリビアという少女は、確実にロイスに好意を抱いていると思っている。だからこそ、アネモネとばかり仲良くするロイスが少し心配だった。恨みを買ってしまわないかと。


「そんな事は絶対に許さない。アネモネさんとの戦術の打ち合わせ? 修行ですって? そんなの幼馴染の私と一緒にやれば良いじゃない。もう我慢の限界だわ。だったら私は今回の実技試験で絶対にロイスに勝ってみせる。例え私が、あなたのアドバイスのおかげで強くなれたのだとしても、アネモネさんとの修行の成果なんて絶対に認めないんだからね。」


 オリビアは口をもごもごと動かしているが、その言葉をロイスは聞き取れていない。


「へ? また、何をブツブツと言っているんだ?」


 ロイスの心配そうな顔にオリビアは、正気に戻る。そして、笑顔で教室に入るロイスを見送っていた。


「いえ。何でもありませんよ。ロイスも、今年はSクラスに昇級出来ると良いですね。それでは、ごきげんよう。」


 

 

 メイブはロイスの鈍感さに呆れている。アネモネには自分の好意を素直にぶつけるくせに、自分が好意を寄せられても何も気付かない。その上で、相手にアネモネの話題を返す事も、見ていて気が気じゃなかった。

 顔立ちも良く、貴族の上に大富豪の長男であるロイスは、この一年の間に何度も女子に告白をされるが、告白された事すら気付かずにかなりの塩対応をしていた。幼馴染であるオリビアは、これでも良い対応の部類だ。


 

 こうして、ロイスは、自らの発言により最強の敵を作り出していた。


 だがメイブがそう感じたのはオリビアの事ではない。




 深紅の宝玉の記憶世界は、純白の宝玉の時とはまるで勝手が違っていた。メイブは純白の宝玉の時、ロイスを中心に極狭い範囲の外には出れなかった。最初の方の記憶世界がそうだったので、メイブは徐々に広がっていく記憶世界に気付かなかったのだ。

 だが、今回の深紅の宝玉は違う。メイブは最初にこの世界に入った時に、また、その効果範囲を何気ない気持ちで調べた。すると、ロイスから、かなり離れた場所まで記憶世界が続いている事が判明する。


 


 ロイスは、アネモネとのおよそ1年間の修行の間で、異能【天眼】の効果をいくつか増やしていた。その一つとして半径100mの範囲で、常時敵などの情報を索敵するようになる。これは数ある索敵の中でかなり上位のもので、例えて言うならば感覚が研ぎ澄まされる。その範囲の中は、常にロイスの脳に薄い映像が自動再生されているような状態。それをマニュアルで使用すると敵の位置や相手の映像や音、低級の鑑定結果なども調べる事が出来る。

 離れた場所の声をはっきりと聴く事は出来ないが、記憶としての情報は深層心理に蓄積ちくせきされていた。これによりメイブは、深紅の宝玉の記憶世界の【天眼】効果範囲の中を自由に移動できるようになっていた。


 

 そして、今、メイブがこの記憶世界で確認したロイスの最強の敵は、ロイスとオリビアの会話をずっと盗み聞きしていた。地獄耳のレオ ウォードの事である。



「ロイス ティオール羨ましすぎるぞ。んっ? ……なんていい香りなんだ。」


 これは、レオの驚異的なオリビアへの執着が成せる技で、当時の彼の力量を大幅に上回る異能の使い方であった。ただし、本人にその自覚はなく、オリビアの声や匂いを知る為に異能を使っている事すら気付いていない。彼の異能は【倍倍】その名の通り、あらゆるものを倍にする能力だ。今回は聴覚と嗅覚の力を無意識に倍倍・・にしていた。 


 レオ ウォードは子爵家の長男としてこの世に生を受けた。スリーダン国の子爵家として、この当時の仕事の主流は領地を治める事である。だが、レオ ウォードは頭が悪いが為に、将来領地を治める事に、幼少の頃より抵抗を感じていた。そして、オリビアとの出会いがレオ ウォードの人生を大きく変える事となる。

 今より二年前、レオが魔法学園への入学手続きのために首都に訪れた時に、暴漢に襲われていた。レオと暴漢の間に立ちふさがった少女こそ、オリビアだったのだ。オリビアは声にならないような小さな声で暴漢達に抗議こうぎをする。それが聞こえたのは、少女の声を聞きたいと無意識に異能を使用したレオだけだったが、その言葉が暴漢ではなくレオの胸を貫いた。そして、オリビアが立ち塞がった数秒の間に、レオ達に転機が訪れる。オリビアの幼馴染らしい少年が連れていた騎士は、風の如く現れ、瞬く間に暴漢達全員を打ち倒した。


「オリビア。何をトラブルに巻き込まれているんだ。早く魔導塾の入学手続きに行くぞ。」


「うん。ロイスごめん。余計なお世話だったかな。またね。えっと……小さな剣士さん。」


 オリビアがレオを剣士と言ったのは、腰にぶら下げた木剣が目に入ったからに他ならない。レオはこれを弟との遊びに使用し、偶然、そのままの格好かっこうで入学手続きに来ていたのだ。


「私の名はレオ ウォードです。とんでもない本当に助かりました。ですが、私は剣士です。次にお会いした時は、貴方を守れるだけの力を持っているでしょう。」


「そう。とても期待しているわ。ごきげんよう。」


 この出来事で一目ぼれをしたレオは、魔法学園への入学手続きを中断し、その足で魔導塾の入学手続きを済ませる。そして、オリビアが言った剣士という言葉がレオの将来までをも変えていた。レオはそれ以来剣士を目指し、魔導塾で実力を高め親衛隊に入る事を夢見るようになる。そして、親衛隊への入隊を条件に父親から家門の継承を弟に譲る事を約束させた。こうしてレオの未来は、明るい物に変わっていた。


 そして、現在。


 教室から廊下を覗くレオは、ロイスが去って行く姿を見ながら、拳を握りしめている。


「オリビアさんという者がありながら、別の女にうつつを抜かすとは。なんたる外道。次の試験を楽しみにしていろ。俺の対戦カードはお前に決めたぞ。試験を口実に必ず葬り去ってくれるわ。」


 このレオの言葉はロイスには届いていない。レオの言葉はオリビア程ではないにしろ、離れた場所では絶対に聞きとれない程に小さかった。そして、レオもまたオリビアのようにシャイであり、オリビアとはクラスメイトでありながら片思いを悟られないように接している。そんなレオも今回ばかりは間が悪かった。ロイスの熱狂的な信者であるイアン リンドバーグが、気付かぬうちに、同じ様に物陰に隠れてロイスを眺めていたからである。


「レオ君。ロイス君にそんな事はさせないぞ! お前の黒い野望。ロイス君の親友である私が絶対に打ち砕いてみせる。」


 ロイスの信者ともいうべきイアンは、レオの言葉に我慢出来ずに立ちはだかる。

 

 イアン リンドバーグ 


 入学当初、最低のDクラスから、ロイスのアドバイスで急激な成長を遂げ、一気にAクラスの筆頭にまで上り詰めた男。大盗賊の父親から逃げ、子供のいないリンドバーグ男爵家に拾われた貴族の養子でもある。養父母に異能の力を称賛され異才を育てる魔導塾に入れられた。育ての親への恩返しと、大盗賊の父親に捜索されている為に、実の父親に勝てるように修練を積んでいる。


 初期の異能は肩から小さな何かが出るだけだった。一年前にロイスとの戦いに敗北し、その時に敵ながらアドバイスを貰いイアンの人生は変わる事になった。


「レベルを上げろ。お前の異能はレベルが低いとまったく使いものにならない。しかし、レベルを上げる程に強力なものへと進化をするぞ。」


 異能【肩細胞】は、肩からあらゆる細胞を生みだす。

 イアンはレベルを上げる事で、戦闘時は肩から強力な腕を生やし、現在は四刀流剣士として、一年前とは比べられない程に強くなっている。

 レオは、独り言をイアンに聞かれ、これ以上ない程に動揺している。未だ実らぬ恋心を他人に知られるなど剣士として、恥ずかしいと感じているのだ。


「わかった。……わかったよ。正々堂々と勝負する。決して葬りはしないから、この事は誰にも言わないでくれ。」


「それならばよかろう。正々堂々と戦うなら許してやる。それはそれでロイス君の養分になるかもしれないからな。……そうか!? 俺もロイス君と戦ってロイス君の糧にしてもらおうか。それだったら俺達だけでは少々足らないかも。俺とレオ以外で強い奴といったら、Sクラスの近接殺しか。おい。レオ。クレオンを俺に紹介しろ。あいつにもロイス君の養分になって貰う。」

 

 イアンは、ロイスに何かお礼がしたいと常々思っていた。そして、この瞬間、今度はロイスが高みに上る為に、自分達が立ちはだかる事を考えたのだ。そして、レオとイアンに加えて、そのターゲットに選ばれた男。


 クレオン フリストフ


 子爵家の次男で、父親が親衛隊にいる為、魔導塾でトップを狙っている。肩まで伸ばした長い金髪に色白で、キザな見た目の本当にナンパな男。

 異能【斬撃波】の槍使い。攻撃には飛ぶ斬撃が加わるので、中距離タイプの槍使いでありながら、攻撃範囲が遠距離にまで及ぶ。そして、近接タイプにとってこれが厄介なのは、異能発動直後の最も効果が高い場所でそれを受けると、数メートルはノックバックされるという点だ。


 これにより、クレオンには近接殺しの異名が付いている。


「うん。別に協力してやっても良いよー。試験での対戦をロイスって奴に指定すれば良いんだな。俺もトップを目指している。Dクラスというのが少々心配ではあるが、レオが目を付ける程の強者であれば、きっと楽しませてくれるだろう。」



 こうしてロイスは、裏で試験の相手が、芋ずる式に決定している事になった。

 しかし、その実、ロイスは、レオとイアンが対峙した時に、イアンが大声を出した事で、索敵で2人の言い争いに注意を向けていた。それからの大体の流れは理解もしている。だが、イアンの策をロイスが止める事はなかった。

 なぜならロイスは自分の力を試すのに、最適の相手だと考えたからだ。

 この3人にオリビアも含めると、イアン、クレオン、レオは魔導塾内で最強の存在、四聖と呼ばれていた。

 ロイスは自分の力を試す為、これ以上無いうってつけの相手だと喜んでいた。


「くっそ。おもしろくなってるじゃねえか。」


 魔導塾Dクラスの教室。ロイスとアネモネは机を合わせてのダンジョン深層に向けた会議を行っていた。会議の途中、ロイスは唐突にこれを呟いた後でニヤリと笑い、それを見たアネモネは、渋い顔をしている。


「は? ロイス。いったい何が面白いのよ。ちゃんと真面目に考えなさいよね。」


「ああ。わるい。それで何だっけ? たしか、深層のミノタウルスだよな。」


「そうね。ここに来て、弱点無し。バリバリのステータスおばけのボスになるわ。異能による肉体の強化が皆無である私達二人にとって、これが最初の壁になるのかもしれない。そして、これがおそらく試験までの最後の仕上げよ。」


 ロイスとアネモネは、それから授業が始まるまでの10分間ミノタウルス攻略の話をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る