純白の宝玉

 勇者ルカの残した中型船の甲板には、メイブと、まったく知らない犬と猫がいる。三人だけで話がしたいという事は、妙に紳士なスーツを着た猫の提案だった。フォルトナ達が船室に入ると、犬と猫はとても礼儀正しく上品な仕草で、メイブにかしずいていた。



「ようやくお会い出来ました。我らが女王陛下。私は猫の妖精の王、ケットシー。こいつは犬の妖精の王クーシーです。テスモポロスでは、ずっと、女王陛下を救う為に、予言の勇者の事を探しておりました。勇者を正しく導けた事には、我々も大満足しております。こうして、女王陛下にお会いする事が出来たわけですから。」「わん。」


 メイブは突然、目の前でかしずく妖精の王達に焦っている。メイブからしたら、とんだ人違いなのだ。


「いやいやいや。女王って何よ。私はエルフの里で育った。普通のダークエルフなのよ。」


「いえ。それは違います。失礼ですが女王陛下に両親はいらっしゃいますか?おそらくいないはずです。もし、そのようなお方がいらっしゃれば、妖精や亜人などはとっくの昔に一つにまとまっているという事になります。そして、我らが女王はダークエルフなどではございません。女王陛下はダークエルフという希少種ではなく、更なる希少種、闇エルフ、デックアールヴでございます。ダークエルフとは容姿も溢れ出る品格も異なります。」


「たしかに、本当の両親はいないけど。でも、育ててくれた親は、とても、良いエ…。」


「良いエルフだったので、女王陛下を身売りなさったと。私はその礼儀知らずな者達にとても憤慨しております。自らの女王になるお方を、売り払うなんて。女王陛下、今すぐその者達の処刑を私にお命じ下さい。」


「わん。わぉーん。」


「クーシーも私と同様の意見を申しております。」


「ちょ……恐ろしい事を言わないで。……まあ。それは仕方なかったのよ。私が売られなければ、全員が死ぬか、妹達が犠牲になっていた。」


 

 混乱したメイブを更に混乱させる出来事が訪れる。船室にいた執事のアルバートが、扉を開けメイブの名前を叫んでいる。

 


「メイブ。大変だ! 旦那様が死んでしまわれた。」


 

 ルカの中型船 船室では、青白い顔でベットで横になるフォルトナがいた。メイブが目を凝らすとフォルトナは黒いオーラの様な炎が体全体を包んでいる。異様な状況にメイブは動揺し、瞳からは涙が零れる。あまりにも、次々と自分の周りの人間が死んでいく現象。メイブは自分が呪われているのではないかと考えていたのだ。しかし、それを見たケットシーが、メイブの心を救おうと横たわるフォルトナに近づく。ケットシーは、この現象に近い物を何度か見た事がある。

 


「この全身を覆う魔力の流れ。そして、仮死状態。これはゴブリンがホブゴブリンに変態する時の症状と酷似しておりますな。ですが、全身を覆う魔力の色に違いがあります。邪悪なゴブリンが善良なゴブリンに変態する時の魔力は白。この黒いオーラはその真逆かと思われます。」


 メイブは、それでも理解出来ず、説明するケットシーに質問をぶつける。


「それはどういう事なのですか?」


「我らが女王陛下。この仮死状態と魔力の流れは、邪悪な心の無い普通のゴブリンが、善良な心を獲得する時になる変態と酷似しております。まず、ゴブリンは邪悪な心に支配されている通常の状態があります。そこに善良な心が芽生えそれが肥大化した時、善と悪が精神世界で支配権を奪い合う事になるのです。そして、新たに善の感情として統合した時に、ゴブリンは晴れてホブゴブリンに生まれ変わる事が出来ると言われております。ですが、人間とは初めから善良な心を宿すもの。であれば、精神世界で暴走しているのは悪意なのです。そして、この症状になるという事は、今まで、この者の心に悪意がまったくなかったのだと思います。それがとてつもない悪意に支配されているのです。」


「それじゃあ。ご主人様はいったいどうなってしまうの?」


「わかりません。ですが、意識を元に戻すには、この者の精神の中に入って助けでもしない限り、一ヶ月……否、一年以上かかるかもしれません。いずれにせよすぐに目覚めるという事はないです。そして、目覚めた時に、心が悪に支配されていれば、おそらく人間から魔族など、邪悪なものに変態するのではないでしょうか?ただ、これは悪いゴブリンが、神の祝福すら受けられるホブゴブリンという種に変態する事を考えた上での、私の予測でしかありませんが。」


 この説明に、執事のオリバーが食いついていた。


「猫さん。ちょっと、待ってください。旦那様の精神の中に入れば助ける事が出来るというのですか? 旦那様を助けるのに時間は掛かりますか?」


「わかりません。これも可能性の話です。」


 今度はケットシーとオリバーの会話にメイブが口を挟んだ。


「オリバーさん。何か方法があるのですか?」


「私の異能【記憶】は、先程、船を操縦する為に、ルカ殿の記憶を覗いた時みたいに、人の記憶を自分や他人に映像として見せたり体験する事などが出来ます。そして、その影響を受けたフローラ様の加護の力で他人の精神世界に誰かを潜入させる事も可能なんです。ただし、これには、私が常時異能を使用し続けなければならないという制約があります。そして、その間は、潜入する者の魔力やMPを消費するのです。だから、よほど魔力が高い者でないと他人の精神世界に長時間潜入する事は難しいです。」


 その話を聞いて、メイブが立ち上がった。メイブには高い魔力とMPがある。ただ、戦闘経験が少なく、魔法も使えない為に、今までそれを活かす事が出来なかったのだ。


「オリバーさん。私は魔法も使えないのに魔力だけはとても高いんです。そういう事なら、私が行きます。」


 それを見たアルバートがメイブに頷いている。今はそれしか方法がない。藁をも掴む思いだった。


「メイブさん。……察しているかもしれませんが、旦那様は異能の力【堅忍不抜】により、産まれた瞬間から、悲しみ、憎しみ、怒り、などの負の感情を持つ事が出来ないのです。正しくは、怒りなど精神的なダメージを受けないものは、少しだけ感じる事も出来るそうです。ですが悲しみがないので怒りの感情も少ないみたいなのです。それなので精神世界では、十分にその事を配慮してあげて下さい。」


「……そんな理由があったのですね。だから、フローラさんが亡くなった時も平然としていたのですね。……でも、ある意味そっちの方がもっと悲しいじゃないですか。大切な人を失った悲しみも感じられないなんて。……なのに、私はご主人様になんて酷い事を。……謝りたい。フォルトナにあってちゃんと謝りたい。」


「先程も言ったように、旦那様には負の感情が無いんです。だから、そんな事を気にしているはずがないのです。それよりも、どうか、旦那様を連れ戻して下さい。」


「精一杯頑張ります。いえ、命に代えても連れ戻してきます。」


 


 数分後、オリバーによるメイブのフォルトナの精神世界への潜入が始まった。




「異能【記憶】特殊能力変換【フルダイブ】」





 これはフォルトナの記憶を辿るメイブの心の旅でもある。 この旅の終わりに、メイブに芽生えた感情は、生まれて初めて感じる純粋な愛の気持ち。同時に初めての叶わぬ恋を思い知る事になる。


 




 フォルトナ精神世界―――







 はじめはただの暗闇だった。すぐに東から光が灯ると、辺りは夕焼けのように真っ赤な空間が広がっている。それと同時に、メイブの目の前に、悪魔のような背の高い男性が突然姿を現した。


「……あなたはいったい誰なの?」


「私はフォルトナがウェンディゴと呼ぶものだ。」


 ウェンディゴ。それはフォルトナが会話の途中でいつも口ずさんでいる言葉。そして、それは見えない何かに向かって発する名前だった。


「あなたが、あの姿の見えない妖精さんなの? まさか、本当に存在していたのね。」


「存在はするさ。だが、それはフォルトナの考える私。私は妖精ではなくフォルトナが強くなる為に必要だった強さを渇望する意志そのものだ。」


「ご主人様の一部。空想する存在って事かな?」


 メイブは足りない脳みそで、少し考えて言葉にしてみる。だが、それはすぐにウェンディゴに否定された。


「おいくそビッチ。フォルトナと一緒にされるとは、まったく不快な話だ。それは違う。私は外部から一つの命を受け存在している。だからフォルトナ自身などではない。」


「ちょっ。フォルトナと悪口が一緒じゃない! ……まったく理解出来ないわ。とりあえず時間が無いから話を進めましょう。ウェンディゴさん。それで、フォルトナはいったいどうなってしまうの?」


「フォルトナは、魔王への変態の準備を始めてしまった。」


「魔王?」


「ああ。フォルトナは、元々から【邪眼】【全眼】【堅忍不抜】などという3つの異能により魔王に進化する為の条件が揃っている。」


「どうすれば、それを止められるの?」


「原因をどうにかしない限り、人間としてのフォルトナは戻らない。」


「だから、それをどうすれば良いの?」


 メイブの問いにウェンディゴが指をさす。その方角を見ると、台座にのった九つの色とりどりの宝玉と真ん中に浮かんだ灰色の結晶があった。


「あれを見ろ。九つの宝玉が、結晶の色を変える原因となったフォルトナの記憶の断片で、中央の結晶がフォルトナの心の核だ。あれが真っ黒に染まった場合、フォルトナは魔王に進化するだろう。」


 メイブはその答えに頷くと、覚悟を決め台座に向かって走り出した。


「フォルトナ。今行くからね。」


 メイブがその灰色の結晶に触れると、目の前の空間がゆがみ、結晶の中から憎悪に満ちたフォルトナの姿が見える。しかし、メイブは、すぐに、台座から弾き飛ばされる。それを見たウェンディゴがやれやれと呆れた顔をしながら話し出した。


「馬鹿かくそビッチ。そんなもの。いきなりは無理だとすぐに理解しろ。ここはフォルトナの精神世界だぞ。その中心部分に関わるには最低でもその鍵が必要なんだよ。つまりフォルトナ自身か、限りなくそれに近い心の状態である必要がある。結晶に入るにはフォルトナの心の状態を把握しなくてはならないんだ。だからこそ私は何も出来ないんだ。それにフォルトナを知らぬ者が、どうやってその邪悪な黒い心を白に変えるつもりなんだ?」


「そんな。」 


「俺がそこに入れないのは、フォルトナに強くなれという一つの命令しか受けていないからだ。むしろこれにより強く変化する可能性すらもある。だからこそ関係のない事は出来ない。だが、くそビッチ。お前ならこの事態を変えられるかもしれない。中心の結晶部分には入れずとも、九つの宝玉の記憶世界からフォルトナの記憶を辿る事が出来る。順番にフォルトナの記憶を辿り、フォルトナを知り、その過程で原因を取り除くヒントを見つけるしかない。結晶の色を白に戻せば人間として元に戻るだろう。」


 ここで、メイブは精神世界と記憶世界の事をなんとなく理解する。そして、ウェンディゴを見つめ頷いた。


「タイムリミットはどのくらいかしら?」


「記憶を辿る旅は、中に入れば、それが、どれだけ長くても時間は経過しない。」


「それなら、問題無いわね。ウェンディゴさんはそこで見守っていて頂戴ちょうだい。」


  「うむ。まずは邪悪な心が芽生える元となるもの。その起点。純白の宝玉からだ。おそらくは愛などであろう。」


「わかった。いってきます。」




 メイブが純白の宝玉に触れると、その意識が宝玉の中に吸い込まれていく。そこにいたのは、中年のおじさんとその息子らしい少年だった。


 






 厳格そうな中年男性、バイス ティオールは、息子のロイスに向かって、真剣な表情をしていた。 しかし、その表情が一瞬でくしゃくしゃになる。


「ロイスよぉ。お前は俺の跡を継ぐんだ。戦闘の事なんかよりも、ちゃんと勉強して、鑑定の能力を商売に活かせるように使わなきゃあかんてい・・・・。」


「父上。毎度毎度。さむいんだよ。どうせ最後のギャグを言いたかっただけだろ。」


「これはこれは、毎度手厳しいやつだ。冗談はともかく。十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人 。という諺もある。神童でも成長したら凡人になる事が多いと言われている。子供の頃、一族の者達にあれだけもてはやされたお前でも、商売の道を目指してきちんと努力せねば、確実に凡人に収まるだろう。という事でお前から騎士マルグリットを取り上げる事にした。お前に戦闘の才は無い。もういいかげん諦めても良い頃合いだろ。」


「それはずるいぞ。マルグリットの剣の指導だけが俺の最後の希望なんだ。いいかげん。俺の事はほっとけよ。」


「そうそう仏だけにな。馬鹿もん。俺は死んでないわ!」


「たった今、お前を殺したのは、お前の親父ギャグだろ。つきあってられるか。もう塾に行く。」


「待て。塾と言えば、担任のバイオレット先生は最近どうだ?あの子やばいよな? ボディラインが凄くエロいだろ? 俺も遊びに行こうか……。」


「息子にはギャグかエロしか言わない最低な奴。やめとけ。後ろに母上がいるぞ。じゃあな。」


 バイスの後ろには、おでこに青筋を立てて殺気立つ妻のビオレが仁王立におうだちしていた。ビオレは怒り狂いながら、その拳を振り上げた。


「バイス。最近やたらと魔導塾に顔を出すと思ったら、そういう事でしたのね? 覚悟はよろしいかしら?」


「いやいや。ビオラ。これは違うんだ。ただ青春時代の学生に対する教育の一環で、女性に対しては、いろいろな見方があると教えていただけ……。」


「問答無用!!」


 

 バイスは、ビオラに殴られ、吹き飛びながら登校するロイスの後ろ姿を見てニヤリと笑っている。


「ロイス。天邪鬼のお前から目標を取り上げた。俺に反発する気持ちが加速し、より一層、強さを渇望する事になるだろう。さて、お前はいったいどんな選択をする?」


「何を、現実逃避してるのかしら! 今日という今日は覚悟しなさい。」


 バイスはビオラの怒涛の攻撃に、笑いながら失神していた。


 




 ***

 


 


 スリーダン国の首都には、人材を育てる育成機関、学校と呼べるものが2つあった。


 一つは異世界コスモスでは王道の魔法学園。歴史的に名を残すような優秀な卒業生をたくさん輩出した、国内随一のマンモス校。貴族達は誰しもがこの学園への入学を一度は夢見るものだ。


 そして、もう一つは魔導塾。全日制と定時制があり、定時制は働きながらでも通える為に、一般の国民でも通いやすく、平民にとても人気のある学校。特に全日制の方は、数々の奇才を輩出していて、天才育成機関などとも言われている。全日制の方は貴族でも通う価値があるとても優れた教育機関だった。


 


 また、これらの学校には、相反する2つの宗教が運営してという意味でも、国内では有名な話である。


 デメテル教。国民の約8割が親交し、貴族達にも根強い人気がある。魔法学園を運営する宗教。


 メイガス教。スリーダン建国の王を信仰し、歴代の王達に最も忠義を尽くしてきたスリーダン国だけの宗教。魔導塾を運営し、優秀な生徒は、王直属の親衛隊にスカウトされる。


 


 ロイス ティオールは貴族でありながら、父親のティオール商会が莫大な支援をしている魔導塾の方に入学していた。


 そして、現在、落ちこぼれのDクラス担任であるバイオレットは、そのクラスに入学してきた新しい生徒を紹介していた。


「それでは、新しい生徒を紹介する。アネモネ君だ。みんな仲良くするように。アネモネ君挨拶をしたまえ。」


「私は魔導塾に戦闘の技術を学ぶ為に来ました。一年以内に、この塾で最強になります。どうかよろしくお願いします。」


 


 このアネモネの挨拶に、クラスの中で最も興味を持ったのはロイス ティオールだった。なぜならロイスの【天眼】により鑑定した結果が、ロイスと同じように、攻撃力が向上するようなタイプでは無いからだ。ロイスは休み時間に入るとすぐに新入生のアネモネの席に向かった。


「なあ。お前の異能。とても希少だけど、まったく戦闘向きではないよな?なぜ、わざわざこの塾で戦闘を学ぶんだ?」


「それは言えないけど、私には使命がある。それに自分の異能だけで、戦闘に向いていないとは判断しない。好きこそ物の上手なれという言葉があるでしょ。私は戦うのが好き。だからこそ強くなれるの。」


 


 このアネモネの一言で、ロイスは脳天に電撃を喰らったような衝撃を覚える。ロイスは、幼い頃に、バイスから自分に与えられた騎士マルグリットに憧れていた。だが、自分の異能が戦闘向きでは無い為に、マルグリットのような男を目指す事を早々に諦めていた。そして、諦めた上で努力する事と絶対に強くなるという意志を持って学ぶのとでは、その実りは大きく違う。ロイス自身もアネモネの話を聞いた段階で、やっと、自分の思考から、そうであったであろう事を結び付けていた。自分は騎士から学ぶ稽古に、どれだけ真剣に取り組んでいなかったかを思い知る。目的がなければ、それはただの遊びの延長に過ぎない。 ロイスにとって稽古はただただ楽しいものだった。


 対してアネモネは【蘇生】という、自分の天眼よりも、より戦闘に不向きであろう事が窺える。それなのに異能に頼らず努力だけで戦闘で最強になる事を目指している。この事にロイスの胸は高鳴っていた。


「……お前凄いな。」


「なによ。あんたこそ、凄いじゃない。なぜ私の異能の事をわかったの?」


「俺の異能は、戦闘向きじゃないが、人や物を詳細に鑑定する事が出来るからな。それも普通の鑑定よりも遙かに優れている。」


「あんた馬鹿でしょ? それ程戦闘向きな異能がどこにあるというの?」


「え? でも、父ちゃんが小さい頃から……何度も……お前の異能は商売向きで、戦闘には向いていないって……。」


 アネモネは頭を抱えていた。


「……それは摺り込みってやつね。もしかして、あんたの親は商売人なんじゃない? その固定観念は捨てて、よく考えてみなよ。相手の弱点や攻略法が分かっているのと、何も知らない敵と戦うのどちらの方が有利だと思う? 圧倒的に前者の方が有利よね?」


「それはまあ。」


「本当に馬鹿ね。だったら、それが戦闘でも優れている証拠じゃない。」


 ロイスにとっては、まったくの盲点だった。人や物を鑑定する事は癖になっていたが、それを商売に活かす為の方法を散々バイスに言われて育った。そして、戦闘向きの異能はどんなものか。他の人がどれだけ羨ましいと思ったかなど、バイスはギャグを交えながら、戦闘に於ける自分の【鑑定眼】の異能を卑下していた。だからこそ、まったく意図されたように、戦闘での使い道などは自分の視野から外されていた。


「……まったくだ。あの狸じじい。小さい頃から、毎日のように、鑑定などの異能がどれだけ商売向きなのかを摺り込まれてきた。そして、戦闘向きな異能が、物理攻撃や魔法攻撃、身体強化などにどれだけ優れているのかも。いや。……フラットに考えればそうだよな。攻撃の威力はレベルを上げたり、魔法を学べば、一定以上の力を得る事が出来る。だが鑑定系は、異能でしか得られないものだ。それも俺の鑑定はおそらく・・・・最上位である【天眼】だ。であれば、戦闘に於いてかなりのアドバンテージになる。アネモネ。ありがとう。お前と出逢った事は、俺の人生で一番の最高の気付きとなった。俺の人生はここからはじまったと言っても過言ではない。」


「……まったく。あんた何歳なの? 気付くのが遅すぎるでしょ。」


「13才。なあ。アネモネ。お礼に俺がお前の最強への道を手伝ってやるよ。否、俺と一緒に最強になろう。俺は今朝、指導して貰っていた騎士を父親に取り上げられた。ここから俺が最強を目指すには、もう実戦を積むしかない。」


「同い年じゃない。いいわ。どちらが最強になれるか競争ね。」


「よし、じゃあ。これから放課後は、一緒にダンジョンに潜るぞ。」


「わかった。楽しみね。」


 


 それからの二人は地獄の修練の日々だった。だが、ロイスとアネモネは、その修練の中で着実に心の距離を縮めていった。ロイスは、マルグリットから教わった剣技をモンスターを狩る戦闘で活かし、アネモネはその剣を魔法でサポートした。一ヶ月もするとモンスターの弱点が分かるロイスは、迅速なレベルと剣の上達と共に、魔法でのサポートをまったく必要としなくなった。それよりも、死ぬ気でより強いモンスターに突撃し、アネモネがロイスを回復する方が効率的だと考えはじめていた。


 だがそれは、戦闘で最強になるというアネモネの目的からはかけ離れた修練の方法。だが自分がレベルを上げる為により強力な回復をするという行為が、最強を目指しレベルを上げるという意味では最短の道だった。そして、アネモネは自分の役割に納得した時、ロイスに自分の目的を打ち明ける事になる。


「ねえ。ロイス。私は魔導塾に来た時、自分が最強になると言ったでしょ?でも、私が最強になった時、あなたの方がもっと最強になるわよね?」


「悪いな。その通りだ。」


「だから、あなたには、正直に相談しようと思ったの。私が強くなりたいその理由をね。」


「っ? アネモネ。俺にそれを教えてくれるのか?」


「ええ。その代わりにあなたも一緒に、考えてくれないかな? どうすれば良いのか。」


「もちろんだよ。アネモネは俺に、強くなる為のきっかけをくれたんだ。その恩は計り知れない。俺は大人になったら世界に出て冒険者の中で1番の英雄になる。」


「ふふふ。わかったわ。あなたならきっと出来る。じゃあ。私の使命を言うね。」


「うん。」


「私達の住むスリーダン国は、昔からデメテル教とメイガス教という2つの宗教が、影で支配しているの。そして、より信仰する人の数が多いデメテル教の方が強いと思うでしょ?」


「普通に考えればそうだよな。うちの親父は貴族だけど商売人だから、より理のあるメイガス教の熱心な信者だけどな。」


「なぜ、理があるの?」


「メイガス教は、歴代の王が推奨している宗教だからな。商売をする上で王と近しくなる事はとてつもないアドバンテージだ。」


「そうなんだよ。そして、それが問題なの。先程の質問の答えね。実際にはデメテル教よりも、国王と親密な関係のメイガス教の方が国への影響力が高い。宗教の強さでいったら、信者の少ないメイガス教の方が数段上に位置するの。だからこそ、あなたの父親みたいに商売に関わる人はメイガス教を応援しているのよ。……そして、王が最も信頼する者はこの国の誰だと思う?」


「わからない。誰なんだ? 国の宰相さいしょうとかか?」


「メイガス教の大賢者。ザラス グリズリー 。彼の本当の姿は地獄から来た邪悪な存在。つまり魔王なのよ。そして、今、王は病気になって寝たきりよ。それすらも、魔王の陰謀いんぼうなのかもしれない。」


「アネモネ。……ちょっと、待ってくれ。その根拠は?」


「ある人がザラスを鑑定したらしいの。その結果、邪悪な異能を3つ所持していたわ。」


「……なぜ。異能が3つあると魔王なんだ?」


「それは歴史上、魔王と呼ばれる存在は、全て異能を3つ所持する化け物みたいな存在だとされているからよ。それを、その時代の勇者と呼ばれる特殊な異能を持つ存在が、何人も集まって命がけで討伐するの。」


「理解したぞ。今代の魔王は国を手に入れ、人間の軍事力を手に入れようとしているんだな。勇者のアドバンテージは、だいたいが魔王や魔物を倒す為に特化しているんじゃないか? もし、そうなら、強大な数の人間の異能は勇者の手に余る。」


「正解よ。ロイスが優秀で良かった。説明を省けるわ。私の使命は、魔導塾で最強の地位を手に入れ、病床の王に代わり、現在は、ザラス グリズリーが指揮する王の親衛隊にスカウトされる事なの。そして、その入隊のセレモニーで魔王の陰謀いんぼうを暴く事。」


「どうやって暴くんだ?」


「それはまだ分からないわ。ロイス。一緒に考えてくれる?」


「そうか。アネモネ。俺を信頼してくれて、正直に話してくれて本当にありがとう。もちろん一緒に考えるよ。否、むしろ俺にその使命とやらを任せてくれないか? 俺が最強になって、邪悪なザラスの陰謀いんぼうを阻止すれば良いんだろ? それに、もしそれが事実なら国の一大事だ。」


 アネモネはロイスの胸に飛び込んだ。


「ロイスありがとう。」


「アネモネ。使命を果たしたら、……その……俺と結婚を前提に付き合って下さい。」


 アネモネはそのよこしまな考えを聞いてロイスを睨みつけ、突き飛ばした。


「ちょっと、ロイス。人の弱みに付け込んだ駆け引きを告白に使うなんて、まったく男らしくない。もういい。私が間違ってた。」


「ごめん。……まって、冗談だよ。というか、俺のモチベーションを上げようと思っただけで、駆け引きのつもりなんかじゃない。でもそう思わせてしまった事は反省してる。とにかく、俺がアネモネの代わりに使命を果たすという考えは変わらないよ。」


「そう。……うん。ありがとう。」


 


 


 それから、メイブは記憶世界の中で、ロイスとアネモネが修行をする一年間を見守っていた。修行の間、ロイスは一方的に何度もその愛情を伝えるが、アネモネはそれを何度も断っていた。長い時の中でメイブはそこに違和感を感じていた。なぜならアネモネは拒んではいるものの、その本音はロイスを愛している事が感じ取れたからである。同性のメイブだからこそ、アネモネの一挙手一投足に愛する者への対応を感じていたのだ。


 


 そして、修行の中で、ロイスがアネモネを愛する気持ちが最高潮に達した時、メイブは突然、純白の宝玉の記憶世界から解放される事となった。


 


 


 元の精神世界に戻ると、ウェンディゴがメイブに近づいて、険しい顔で尋ねる。メイブは一年ぶりに見る悪魔のような姿の巨漢の男に、最初と同じ警戒けいかいした表情を浮かべる。が、すぐにそれがウェンディゴであると思い出していた。ウェンディゴはメイブの態度など気にせずに話しかける。


「フォルトナの記憶世界はどうだった? 純白の宝玉は悪意が現れた感情の起点にある記憶。最初に言ったように、おそらくは愛情などだ。そして、それはとても重要な記憶になる。それ以降の色はまったく推測が出来ないのだからな。」


「一年間というとても長い記憶だった。でも、残念だけどそこにフォルトナはいなかったわ。愛情か。それなら、純白の宝玉はロイスという少年とアネモネという少女の愛のはじまりだったわね。とてつもない修練を乗り越え、二人とも一年間で考えられない程に強くなった。ずっと死地で、お互いに信頼しあって行動する関係は、それが愛になってもなんら不思議ではない。」


「となると、どちらかがフォルトナである可能性を考えろ。そうでなければ、辻褄が合わないからな。」


「え? どういう意味? 二人ともまったくの別人なのよ?」


「俺はフォルトナが産まれた時から一緒に居る。しかし、フォルトナという人格しか知らない。俺が知らないとなると、それ以前の話という事になるだろう。」


「つまり、前世とかの記憶って事?」


「そうとしか、考えられない。」


 メイブはこの謎に頭を抱えている。頭の悪いメイブにはまったく理解が追いついていない。


「頭がくらくらする。でも、そうよね。ここはフォルトナの精神世界だもの。であればフォルトナの記憶以外には考えられない。だとすると、ロイスだわ。記憶の中で最初に一緒だったのは、ロイス ティオールなの。私はずっとロイスの記憶と一緒にいたわ。」


「ならばロイス ティオールで決定だな。」


「でも、アネモネという少女は、なぜかロイスへの愛を隠しているのよね。あれは何なのだろう。」


「とりあえず、深赤の宝玉へ進め。記憶世界で次の記憶を見ながら考えるがいい。精神世界では時が進んでしまうのだぞ。」


「わかったわ。ウェンディゴありがとう。」



  アネモネは、ウェンディゴの方から、台座を振り返り宝玉を見渡した。見つめる先には真っ赤に燃えるような深紅の宝玉があった。

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