粉紅の宝玉

 メイブは、精神世界に戻るとウェンディゴに言う。


「深紅の宝玉は純白と比べるととても短い時間だった。それでも、一週間以上はあちらで過ごしているけどね。赤はフォルトナの前世、ファーストキスの思い出かしら。」

「そうか。それでお前は何で怒っているんだ?」

「だって。あの子。ロイスが純粋に愛をぶつけているのに、それを拒否しているの。それだけなら仕方の無い事なんだけど、拒んでいる相手に普通キスなんてする?アネモネは言葉と行動が一致していない。なんと言っても、とてもふしだらだわ。」

「それはフォルトナが怒っていたのか?」

「ロイスは有頂天よ。とても幸せそうだったわ。」

くそビッチ。お前は目的を忘れたのか?いいか。頭の中を整理してやる。お前の目的は第一にフォルトナと心を合わせる事。第二にフォルトナの心が悪に染まる原因を知り、結晶内でそれを取り除く事だ。心が善に戻れば結晶が白に戻る。お前がフォルトナと心を合わせなければフォルトナは確実に魔王になるんだぞ。」

「そうだった。ウェンディゴさん。ありがとう。気を付けるね。」

「目的を忘れるなよ。次は粉紅の宝玉だ。あのオレンジ色の宝玉に触れろ。」

「わかった。絶対にフォルトナを元に戻してみせるわ。」


 メイブは決意を新たにし、記憶世界に吸い込まれていった。




 魔導塾のDクラス教室では、ロイスがクラスメイトのゼノバ アーティクトに声を掛けていた。


「ゼノバ。頼みがあるんだが。」


「我が永遠のライバルが、俺に頼みとはなんだ?」


「まずはこれを。明後日の親衛隊入団の式典は、このチケットがあれば俺の関係者が数名入れるんだ。」


 ゼノバは顔を赤らめ、目に涙を溜めて嬉しそうにしている。


「ロイス。お前は俺を関係者だと思っているのか? ぐっ。不覚。これは決して涙などでは無い。我がライバ――」


「おい。早とちりするな。お前とアーティクト商会の鑑定士をもう一人。会場に連れて来てくれないか? 俺に続いてある者を鑑定して欲しいんだ。お前はその結果を受け止めてくれればそれで良い。」


「ロイス貴様! ……ふん。まあいい。今回だけは我がライバルの頼みをきいてやる。」


「ゼノバ。サンキューな。」


 ロイスの感謝の言葉に、ゼノバはまたも顔を赤らめる。ゼノバはティオール商会の息子であるロイスを常に意識して生きて来た。スリーダン国内の商いは、ティオール商会とアーティクル商会だけで国内総売り上げの8割になる。そして、双璧を成す二つの商会の売り上げは拮抗していた。アーティクル商会の長男として生まれたゼノバは、ティオール商会に天才鑑定士の長男が誕生してから、常に周りから比較されてきた。そこでライバル意識を持つのは当然なのだが、ゼノバの場合はそれが複雑だった。自身のライバルを一目見ようとティオール商会を訪れた時、ロイスの姿を見て、あまりの美しさに憧れてしまったのだ。それからは、憧れとライバルの中間の想いに悩まされる事になる。その態度はライバルを意識したものだが、心には憧れを抱いている。


「かっ……感謝したって、全然嬉しくなんてないんだからな。」







 


 ――スリーダン王親衛騎士団 入団式当日 朝


 


 


 バイス  ティオールは、息子のロイスの言葉にとても驚いたふりをする。


「はー? 何が大賢者を罠に嵌めるだ、いけんじゃろ。しかもこんな直前に言う事か?俺は熱心なメイガス教徒なんだぞ。」


「ギャグが強引過ぎるだろ。笑えない。それでなくてもつまらんのに。それはともかく、商会の鑑定士達も連れて来てくれ。頼むよ。」


「まあ。息子の頼みだから聞いてやるか。もし、それが本当だったら、建国以来のとてつもない危機だしな。」


「本当か? なら一応は感謝する。」


「その代わりと言ってはなんだが。魔導塾で何か問題を起こして、担任の先生に家庭訪問をさせろ。お前のせいで魔導塾に行きづらくなったからな。あのムッチリボディーに会いたくてたまらんのだ。」


「父上。後ろ。」


 バイスが後ろを振り返ると、そこには妻のビオラが仁王立ちしている。


「誰に会いたいって?」


「いや。ビオラ。これは違うんだ。ロイスの進路について、先生に相談が――」


「問答無用!」


 ビオラがバイスを痛めつける日常。リビングにやってきた10歳のロイスの妹がそれを見て笑っている。


「きゃはは。またやってるぅ。」


「アルマ。お前は見ちゃだめだぞ。部屋に入ってなさい。」


「兄上。私も兄上の式に行きたい。」


「アルマ。危険だから、そのお人形と一緒にお留守番な。」


「もーぅ。兄上は心配性なんだから。」


「帰りにお菓子を買って来てやるから。おりこうにしてるんだぞ。」


「やったー。じゃあ。待ってるね。」







 メイブは心の中で状況を整理する――全ては、スリーダン国の王、サモキン スリーダンが、意識不明になった事が原因で始まった事。邪悪な魔王の計画を暴き、スリーダン国を危機から救う事がロイスとアネモネの計画。――





 式典開始直前。ロイスが王宮についた所で、メイブはその会場である王宮の一室まで、それを確認しに来ていた。メイブは記憶世界でどの場所に誰がいるかなんとなく把握している。



 そして、メイガス教で一番偉い、大賢者 ザラス グリズリーのもとへとたどり着く。そこには、これまでアネモネから聞かされた言葉とは真逆の善良なおじいさんの姿があった。お爺さんは小さな子供を優しく抱きしめてから、部屋を出ようとしている。


「じぃじ。いかないでー。」


「皇太子殿下。すぐに帰って来ますから、おりこうに待っていて下さい。私は、皇太子殿下の未来の盾になる者を任命して来なければなりません。」


 ザラスは皇太子に優しく微笑むと部屋を後にした。それを見ていた皇太子の警備の者がザラスに話しかける。


「ザラス様。すっかりおじいちゃんのようになつかれていますね。」


「仕方なかろう。産後、母上が亡くなったばかりか、今では王も寝たきりなんじゃ。悪辣なウィリアムの謀略のせいで、皇太子という地位にありながら頼る者が私しかおらん。しかし不憫じゃのう。我が王が健在であったなら、ジョゼフ殿下には輝かしい未来が約束されていた。今のような王宮を取り巻く不穏な動きも許さなかったであろう。じゃが。この私が、絶対にジョゼフ殿下を守ってみせる。」


「そうですね。私も、王弟の動きには十分注意して殿下を警護します。安心して式典に行って下さい。」


「頼んだぞ。」



 メイブはザラスの言葉や立ち振る舞いを見て、魔王というものの狡猾さに驚いている。思えば、世界皇帝もこのような善良な者のふりをして、人間社会に溶け込んだのではないかと恐怖を感じていた。








 ――スリーダン王親衛騎士団 入隊式

 

 王宮にある謁見えっけんの間。この日王に代わり、メイガス教大賢者 ザラス グリズリーは、騎士団入隊の儀式をしていた。ザラスはロイス ティオールの首筋に剣を当てる。

 


「ロイス ティオール。そなたにはスリーダン国の王に忠誠を誓い、王の剣、王の盾となる事を許す。そなたを栄えあるスリーダン王親衛騎士団員に任命します。」


「大賢者ザラス。恐悦至極に存じます。」


 ザラスが剣を鞘に納めると、ロイスは大賢者ザラスの前に傅いたまま言葉を放つ。


「大賢者ザラス。お前はスリーダン国に潜入した邪悪な魔王なんだろ?今から俺がその証明をしてやる。」


「な! 貴様。」


「ここにいる貴族の皆さん。私はティオール商会の息子ロイス ティオールです。私には鑑定スキル最上位の天眼解析というスキルがあります。そして大賢者を鑑定をしました。その結果、大賢者の異能は3つあるという事が判明しました。これは、大賢者が魔王であるという動かぬ証拠です。父上、ゼノバザラスに鑑定をしてくれ。」


「貴様。ウィリアムの手の者か? くそ。こんな形で――」


 焦り出すザラスを鑑定するバイスとゼノバ、そして、二人が連れて来た鑑定士達。


「なんと、本当に3つあるではないか。」「どういう事だ。異能が3つある。本当に魔王なのか。」


  そこに、王弟ウィリアムの家の執事が、学園の制服を着て現れた。謁見えっけんの間の外を守る親衛騎士団の兵士達が、その者に剣を向ける。



「学園の者が今なぜ謁見えっけんの間に? 神聖な式典の最中だぞ。」


「ああ。それは、アネモネから貰った、ロイス君枠の複数チケットで普通に入って来たんだよ。」


「入団する者の関係者二人か。入っていいぞ。」


 後ろにいるアネモネが学生を急かす。


「オリバー急いでよ。」


 オリバーはパニックになった謁見えっけんの間に入ると、ロイスの前に走っていた。


「やあ。ロイス君。はじめまして。私はアネモネと同じ主にお世話になっているオリバーという者です。さっそく貴方の記憶を見せて貰ってもよろしいでしょうか?」


「ああ。頼む。」


 


 


 ――【獄炎】【剣王】【未来視】――


 

 貴族達がざわめいている。コスモス世界で魔王と呼ばれるものは、異能が3つある。それが世界の大人達の常識だったのだ。


 


「観客の皆さま、そして、親衛隊の皆さま。見えますでしょうか?これが、この者が魔王であるという証です。これより、親衛隊の指揮権はそこにおられる王弟ウィリアム殿下に移ります。異論がある方はいらっしゃいますか?」



 謁見えっけんの間の貴族達は、魔王から国の兵を奪う事に歓声を上げて喜んでいる。それは親衛騎士団の団員達も一緒だった。

 


「私はウィリアム セルティー スリーダン。スリーダン王親衛騎士団に最初の指令だ。王宮の外にいる王国騎兵部隊と王国近衛兵団を直ちに迎え入れろ。」


 

 ロイスはザラスの悪事を公に晒す事をアネモネから聞いてはいたが、こうも簡単にザラスの勢力を奪えるとは思っていなかった。 そして、アネモネの主がウィリアムだという事を理解していた。ザラスはそんなロイスを睨む。


「あの醜悪なウィリアムの顔を見ろ。お前は正義を気取っているようだが、ただの醜い権力争いに巻き込まれたピエロだ。私は例え、それが邪悪な力であろうと決して悪ではなかった。ただ、王や皇太子をウィリアムの野望から守る為に、儂の異能でこの邪悪な力を手にしたのだ。だが今、儂の心はお前への憎しみに満ちている。今この時より、私は完全なる邪悪に堕ちたと言えよう。」



 ザラスが剣を取り、ザラスを取り囲んだ王国近衛兵団の数名を一瞬で葬り去る。剣からは地獄の炎が揺らめいている。



「ロイス ティオール。真実を見通す心眼の者よ。その目に見える事だけが真実とは限らんぞ。儂にはお前の未来が視える。いずれ、お前はこの行いを後悔する日が来るであろう。建国の大賢者。我が主メイガスよ。この者の未来に永遠なる苦痛をお与え下さい。」


 ザラスの蛮行を確認し、貴族達の集団の中から二人の冒険者が出て来る。 


「間違いない。俺の異能が、こいつを魔の者だと言っている。」



 ザラスは、次々と集まって来る兵士達の包囲網を異能を使い蹴散らしていく。 しかし、手にした剣の炎が次第に弱まっている。


「地獄の炎が弱まるだと。そして、この未来が視えなかったという事は。そこのお前【破邪】の勇者だな。」


「そうだ。俺は破邪の勇者。マカ デミアナッツ。」 


「俺の事も忘れちゃあ。困るぜ。【聖光】の勇者ジゼル バインドだ。」


「【破邪】と【聖光】。時機が早すぎる。奪ったばかりの異能で、勇者に挑む事になるとは。」


 聖光の勇者は、ザラスとの距離を急速に縮めると、ザラスに向かって拳による連撃を繰り出す。


「ホーリーイレイス。削削削削る……。」


「――ジゼル。邪悪の反応が消失した。」


「ぐあ。」


 ザラスが倒れると、勇者ジゼルはロイスを向き話しかける。


「どうだ?そこの鑑定士。こいつの異能は?」


「……【門】? どういう事だ? こいつは魔王じゃなかったのか?」


「魔王の力を奪っただけの人間って事だな。だが【破邪】の影響を受けていた以上、こいつが邪悪な者であった事にかわりない。じゃあ。俺達は人間には興味ないんであとはご自由に。」


 勇者達が謁見の間を後にする。ロイスは現状が呑み込めていない。説明を求めてオリバーの後ろにいるアネモネに近寄った。


「アネモネ、これはどういう事なんだ?」


「ロイス……もうあなたに用は無いわ。二度と会わないようにしましょう。さようなら。」


 アネモネは冷たい目と言葉でロイスを一蹴した。ロイスに悲しみの感情が溢れる。これでは今まで一緒に過ごして来た必死の一年間が、全て無意味であったかのように感じられる。


「なんだよ。そんな簡単に。待ってくれアネモネ。魔王だって言ったじゃないか? 俺を騙していたのか? いや。それでも良い。利用されたって構わない。だけど、さようならって何だよ。俺はアネモネが――」


「きもい。うざい。しつこい。二度と私に関わろうとしないで。」


 


 その場に膝をついて放心状態のロイス。その後ろで、ザラスが本来の異能【門】を使い空間に転移ゲートを出現させていた。去り際のザラスの言葉と憎しみはロイスには届かない。ロイスの頭の中には、アネモネの冷たい言葉が繰り返し流れていたのだ。


「ロイス ティオール。儂を陥れた貴様達だけは絶対に許さないからな。」




 放心状態のロイスの目に、バイスに近づき笑顔で談笑するウィリアムの姿が目に入った。


「バイス。万が一の為に鑑定の最上位を巻き込む計画。婿殿の活躍はとても素晴らしいものだった。これで、ティオール商会はますます発展するな。」


「ウィリアム殿下。お褒めに預かり光栄です。」



 放心状態のロイスは、一転し父親に対する怒りが込み上げている。


 ――狸親父。まさか貴様もグルだったのかよ。――




 ロイスの今回の一件は、魔王の悪事を暴いたのではなかった。

 病床の国王のと幼い皇太子。全ては野望に燃える王弟ウィリアムの謀略。

 彼は既にスリーダン王国騎兵部隊とスリーダン王国近衛兵団を掌握していた。

 最後に王の絶対的な忠臣であるメイガス教のザラス グリズリーから、この国最強の王の騎士団、スリーダン王親衛騎士団を手に入れる為の計画。


 ロイスはその手助けをしていたのだ。



 ロイスもそして、それを見ていたメイブも全ての事をここでやっと理解していた。ここでメイブの体が透けていく。メイブは粉紅の宝玉の記憶世界から、元の精神世界に戻っていた。


 ウェンディゴは、取り乱すメイブを見て、慌てて質問をする。


「いったい何を見た。何で泣いているんだ?」


「悲しい記憶。ロイスはずっと愛する人に騙されていた。そして、アネモネの気持ちがやっとわかった。アネモネは間違いなくロイスを愛していた。けどね。ロイスは主人の娘、その婚約者だったのよ。だからこそ、アネモネはいつも愛するロイスを拒み、悲しそうにロイスを見つめていたの。しかも……」


「しかも、なんだ?」


「いったい何が起こっているというの。記憶の中に、私をこの世界に飛ばした執事のオリバーさんが出て来たの。オリバーさんがアネモネと同じ主を持つという事、主の王弟ウィリアムのミドルネーム。これらを照らし合わせるとロイスの婚約者は間違いなくフローラさんだわ。」

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