宿敵との再会①
戦いが終了し、セルティー食堂では、ルカを筆頭に今後の話し合いが行われていた。
「みなさん。俺は、これから、リトルエデンに向かおうと思います。それで、メイブとニエの奴隷契約を俺からフォルトナに移そうと思うんですけど、どうでしょうか?フォルトナだったら、きっと、メイブ達を自由に生きさせてくれると思う。それは俺が保証するよ。決して悪いようにはしないだろう。フォルトナ、メイブ、ニエ、君達の意見はどうだい?」
フォルトナ、メイブ、ニエは、それぞれが嫌そうな顔で奇声をあげる。
「はあ? 話にならないな。だからお前は馬鹿なんだよ。どう考えたら俺がそんな奴に見えるんだ?断固拒否する。こんな
「ちょっと、あんた、また、私の事を糞ビッチって言ったわね。あんただって、同い年のくせにチンチクリンじゃない! ご主人様、私だって絶対に嫌です。どこまでも、ご主人様について行きます。」
「私も嫌。主、もう決めた、それ、ルカ。」
ルカは、腕を組みながら、頭を傾げている。
「うーん。でも、俺の旅に女性だけを連れて行くのは危険だしなー。フローラさん。どうでしょうか? 二人を養っては頂けないですか?」
フローラは、息子が友達達の輪の中にいる事に思わず吹き出してしまう。フローラが心の底から笑ったのは久しぶりである。そして、それが落ち着いた所でルカに返事をする。
「私は、それでもかまわないけど、二人はルカ君について行きたいみたいじゃない。本人達の意志を尊重した方が良いんじゃないかしら?足手まといにならない事はもうわかっているでしょ?」
「怖いんですよ。また、特定の人と親密な関係になるのが。私は、子供の頃、妖精にさらわれた幼馴染を探す為に強くなりました。孤児で肉親のいない俺にとって、彼女はたった一人の妹みたいな存在でした。それからは、ずっと一人で捜索し、壮絶な修練を積み重ねてきました。誰かとパーティーを組んで戦ったのは今回が初めての事です。」
このパーティーというのは、メイブやニエではなくフォルトナの事を指している。レッドキャップ討伐は、実際にはフォルトナが倒したが、その下準備をしたのは間違いなくルカだった。だからこそ、当事者である本人達は二人で討伐したと認識している。しかし、これをフローラは知らない。フォルトナは今回の事を秘密にするように三人に釘をさしている。
――フォルトナ。旅立つ時が来たな。旅の仲間が勇者なんて最高じゃねーか。今まで強くなる為にたくさん積み上げて来た。お前には勇者の仲間になる価値がある。この機会を絶対に逃すんじゃねえ。そんな事をしやがったら、永遠にお前に罵詈雑言を続けるぞ。さあ、勇者に仲間にしてくれって言え。ついでにそれで奴隷達の問題も解決だ。――
「……ウルサイ……ワカッタヨ……イエバイインダロ。おい。馬鹿真面目。お前は勇者じゃないのか? ちっとも勇気が無いじゃないか? 何の為に自分を鍛えて来たんだ? それに、その幼馴染を見つけたら、その後で、こいつらみたく突き放すのか? 失いたくないならお前が守れば良いだろう。勇者って言うのは、仲間が必要なはずだ。」
ルカは、フォルトナの意見を飲み込もうとする。しかし、過去の嫌な思い出がそれを邪魔していた。最初に自分の異能を鑑定して貰った時、それが周りに伝わると、人間達からカモにされていた。恐喝、腹いせ、リンチ。破邪の勇者の為、ソロでのレベル上げが簡単だった事もあり、それらは次第に和らいでいくが、一時は暴力や搾取の毎日に悩まされ続けてきた。それが周りに向けられたらと、過去のトラウマがなかなか消えない。
「……フォルトナ。しかし、今回の事で、気付いたかもしれないが、俺は破邪の勇者。その代名詞である異能【破邪】は、邪や呪を払う力なんだ。アンデットや魔族、呪いのアイテムなどには絶大な効果があるが、妖精、精霊、亜人。そして、対人戦などは、勇者達の中でも最弱と言われる。だから、破邪の勇者だとバレた場合、人間からの扱いは酷いもんだぞ。彼等からしたら破邪の勇者は異能を持たないと同じだという事だ。」
――この
「……クソ……イウヨ……。だったら俺がお前達についていってやる。お前が魔物討伐に真価を発揮するなら、俺はお前が苦手とする者達との心理戦にこそ真価を発揮する。考えてみろ。俺とお前、二人で最強なんじゃねえか? それに俺も世界に出たい。強くなれとウェンディゴが煩くてたまらんからな。俺が強くなる為に今一番必要な事。それはレベルを上げる事だ。だが、アイスガードの港は、お前無しでは渡る事が出来ない。」
――二人で最強。笑える。ルカの馬鹿正直を騙そうとする悪を、お前が横から出て来て仕留めるのか。お前の釣り針に仕掛ける最高の餌が手に入ったな。――
「ウルセエ……オマエガイイダシタンダロウガ……。」
「本当か? フォルトナ!! お前が俺の仲間に!」
「ふん。ただの同行者とも言う。」
「フローラさん。許可を頂けますか? 俺はフォルトナが好きなんだ。一緒に旅がしたい!」
「まあ。成人しているしね。それは自由だよ。フォルトナが世界に出たいという事は、昔から知っていたし。ルカ君。馬鹿息子を頼んだよ。変わった奴だけど、本当に母親想いで優しい子なんだ。」
「フォルトナ。メイブ。ニエ。みんなで一緒に行こう! 目的地はリトルエデン。悪い妖精から救出したい俺の幼馴染の名は、みかんだ。」
フォルトナは大喜びで、フォルトナ、メイブ、ニエの手を交互に握りしめる。
「ふん。」
「チンチクリンを私の優先順位より高くされている事は納得できませんが、でも、ご主人様、ありがとうございます。一生お供させて頂きます。」
「主。好き。一緒。嬉しい。」
フローラがそっぽを向くフォルトナの頭を叩く。
「勇者様に失礼だよ。まったく。……手の掛かるムス……ぅ……うわ~~~~ん。フォルトナ。元気でいるんだよ。勇者様に迷惑をかけちゃいけないよ。……ぅう……メイブちゃんやニエちゃんとも仲良くしてね。……フォルトナ……愛してるよ。うわ~~ん……私のかわいいたった一人の息子…………お天道様に恥ずかしくないように生きていきなさい。」
「母ちゃん。見られてるぞ。恥ずかしい。……母ちゃんも元気でな。アルビーに無茶をさせるなよ。」
***
次の日の朝。ルカ達は身支度を整えフローラ達に別れの挨拶を済ませると、コスモポロスの街を後にした。同行するフォルトナの心は別れの悲しみよりも、冒険への期待でいっぱいになる。元より、異能【堅忍不抜】の効果で負の感情による精神的ダメージは無効化されている。
「って、母ちゃん。何でついてくるんだよ。お別れの挨拶はもう済ませただろ。だいたい、母ちゃんは過保――」
スーツを来た紳士が、その言葉を遮る。
「旦那様。大奥様になんて事を言うのですか。大奥様はそれはもう大切に旦那様を育てて参りました。せめてアイスガードの港町までは、ご一緒したいと思うのは当然の事でございます。」
「アルビー。お前が来ると一気に面倒くささが倍増するんだよ。いちいち母ちゃんの肩を持つな。家に帰れ。」
「何を仰いますか? 私は、旦那様と旅をご一緒する所存です。執事もいない過酷な環境で、温室育ちの旦那様が生きて行けるとお思いですか?」
「は? それだとだいぶ話が変わってくるぞ? 母ちゃん?」
「もちろん、アルバートは私の命令で動いているわよ。私にはオリバーがいるから大丈夫。」
フローラの言葉に続いて、アルバートと顔の似た別の紳士が会釈をしながら口を挟んだ。
「旦那様、ご安心下さい。」
「でも、オリバーは非戦闘員だよな。何かあったらどうす……」
ルカ達は会話には入らない。少し離れた所でその会話を聞いていた。最後の別れに水を差さないよう配慮していたのだ。セルティー家の面々が談笑しながら歩いていると、突然、目の前に人が現れる。 それは、この世界では珍しい【
豪華な金の刺しゅう入りの白い衣装を身に纏う男は、両手を広げて、フローラを盛大に歓迎する。
「フローラ。久しいな。やはりこの地に隠れていたか。女神の力が弱まる場所まで出て来てくれて本当に良かった。そのおかげでやっと探知出来た。」
「な……何者?」
「おっと。記憶が無いんだったな。しかし長い時間だった。これでやっと私のものに出来る。」
話が一方通行で、フローラには、まったく意味がわからない。アルバートがフローラの前に出る。
「貴族? あなたは何者なんですか? 大奥様、お逃げください。私が足止めします。」
フローラと自分の会話を邪魔された事で、男の顔は激しく苛立っている。
「足止め? 出来るとでも思っているのか? 皆の者、図が高いぞ。朕は世界皇帝。この世界を統べる者だ。」
その言葉だけで、そこにいるメイブ、ニエ、アルバート、が膝をついていた。それは、底知れない魔法量を肉体の器から解放しただけ、ただし、男が戦闘態勢に入った事を意味する。それによって生じる空間の圧迫は、男の領域内にいる者の精神に
「ほう。フローラ以外で、立っていられる人間が2人もいるか。まあ、一人は苦しそうだが立っていられるだけ、他の者よりもましだ。……興味深い。」
世界皇帝という男を前にした時から、フォルトナの頭が割れそうに痛んでいる。フォルトナは、会った事もないこの男の事を知っている。記憶を辿っても絶対に会った事は無い。だが、心の奥底で自分の中の何かがこの男を憎いと叫んでいる。感情が無いはずのフォルトナは生まれて初めての負の感情に動揺している。憎しみの気持ちは、前世の記憶と共に徐々に心に蘇っていく。だが、それ以上の頭痛が、憎しみで前に進もうとするフォルトナの足を止めていた。
一方でルカは混乱していた。世界帝国非加盟国の独立国家スリーダンで育ったルカは、世界皇帝などはこれまで見たことが無い。だが、目の前で世界皇帝を名乗る男に、破邪の力が急激に反応していた。この者が魔物であるとその周囲を浄化していく。
「……やはり、セガールさんの【
自称世界皇帝。その存在感は絶大であり、全員が本当にそうなんだろうと確信する。そして、ルカの言葉で、世界が危機に直面しているであろう事も感じている。だが、フローラだけは冷静に、これにどう対処すれば良いのかを分析していた。
「ルカ君。あなた達が全員で逃げなさい。アルバート。オリバー。これは命令です。あなた達も一緒に逃げて。見なさい。あの目。あいつの狙いは私だけなの。あなた達だけなら、逃げれば助かるわ。」
「フローラさん本気ですか……あいつは領主どころではなく本物の化け物です。ここは勇者である俺が残り――」「大奥様いけません。大奥様がお逃げになってく――」
フローラは、精一杯の力で、泣き叫んだ。
「うるさいっ! いいから、早く! ここから、立ち去れ!! 勇者なら、執事なら状況を弁えろ!! 全滅するつもりか? 捕まるのは私一人でいい。それでみんなが助かる。頼むからフォルトナと共に、助かる道を選んで
それは母の願いだった。
全てをフォルトナの為に考えていた。
それを、重く受け止めた全員が、振り返り、街に向けて必死に走り出す。
ただ、一人。頭を抱え苦しんでいる、フォルトナを除いて。
「どうだ。私を見ても、まだ思い出さぬのか? お前の異能なら、それも不可能ではないはず。むしろ自分が何をしたのか分かっているんじゃないのか?」
世界皇帝の言葉で、自分の持つ異能で記憶を辿る。フローラが使うもう一つの異能。命がけの本気だからこそ、やっと、それを使用する事に成功する。
「たしかに少しは気付いていた。……だけど、なるほどね。あなたが消した記憶も全て思い出した。そういう事だったのね。……ごめん。アネモネ。それでも、フォルトナと過ごした最後だけは、私にとって最高に楽しい人生だった。」
「そうだ。全てのはじまりは、フローラ。お前なのだ。」
観念するフローラ。
世界皇帝ロベリア ルシルフェルは、フローラの衣服をはぎ取り、それを頭から喰らっていた。
「逃げなさい……フォル――」
フォルトナだけが、その光景を見つめていた。ロベリアと再会してから、急激にあらゆる前世の記憶が蘇りはじめている。そして、フローラの死と共に最後の記憶の修復作業が終わっていく。
憎しみ、怒り、恨み、悲しみ。全ての負の感情がフォルトナを包む。ただし、今のフォルトナは異能【堅忍不抜】の効果で負の感情を作り出せない。だから、これは前世に抱いたロベリアへの感情。それが、心に溢れ出した。
フォルトナは、無邪気な子供の容姿に狂気の笑みを浮かべる。憎むべき復讐の対象が、今自分の目の前にいる。
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