カトブレパスの邪眼②
「……嘘だろ? 破邪の勇者は対人戦で最弱の勇者だったはず……。」
それを見ていた他の兵士達は恐怖で青ざめている。
「準備運動にもならなかったな。お前達はどうだ? 俺を試すか?」
戦いたいルカと動揺する兵士達。兵士達は一斉に集まって話している。
「どうする?」
「これって、やばいよな。やられたのは、俺達の隊長だぞ。」
「でも、領主様がいなくなったら、俺達は誰に雇ってもらうんだ? こんな割の良い仕事は他には無いぞ?」
「一斉に襲い掛かれば大丈夫なんじゃないか?」
「いや。相手も三人いる。1人は子供だけど、あいつはやばいぞ。仲間が3人は殺されたし呪いのアイテムが無ければ捕らえる事が出来なかった。」
「だからって、領主様がいなくなったら俺達は路頭に迷うかもしれないんだぞ?」
相談が白熱する兵士達。その内容にルカの戦闘意欲は一気に失せた。雑魚認定である。
「あんたら、悩んでないで領主を待てば良いだろう。コームが倒された後で自分達の事を考えろよ。」
兵士達は相談を止め、元の配置に戻っていた。一応は警備をしているていで、話はまとまったようだ。
しばらくすると、領主のコームがニヤニヤと笑いながら10人の鎧の兵士達をつれてやってくる。
「破邪の勇者様。本当に愚策ですよ。私が来る前に、兵士達を倒すのが定石なのでは? 馬鹿正直に私の到着を待つなんて愚か過ぎるでしょう。」
「貴様が諸悪の根源。コームか?」
「嫌だなー勇者様。私は善政を行うただの領主ですよ。ん? 使えない虫ケラは良いとして、なぜメイブがここにいる? こっちにおいで、我が愛する妻よ。」
「うるさい。私は承諾などしていない。勇者様。いえ、ご主人様の前でその汚らしい口を閉じろ。豚!」
コームは頭を抱えている。破邪の勇者などはコームにとってゴミに過ぎない。ただし、メイブは別だ。
「主人の命に背く? なぜ、奴隷契約の効果が効かない? ん? ッフフフフフフフ。ハハハハハ。勇者がご主人様だと? すると、豚とは私の事か。奴隷契約の効果の第一位は、命を奪う事以外の主人からの命令には絶対服従。副産物として、少しの忠誠心が加わると聞いていたが、まさか、これ程に態度が変わるものなのか。これは早急に取り戻さねばなるまい。さて、勇者様。どのようにして契約を上書きしたのかはわかりませんが、私は愛する妻を取り戻したい。どうすれば、契約を
「絶対に
「主! 私? 良いのか?」
「いや。ニエはここで話題にあがっていないだろう。渡さないから安心してよ。」
「わかった。黙る。私。」
返品されるのかと驚いたニエだったが、それが無いとわかり後ろに下がった。ゴミを見る目でそれを見ていたコームは、策を考えるとルカに提案をする。
「勇者さま。それでは、私と賭けをしませんか?一対一で戦い、私が勝ったら、私にメイブの契約を譲渡して下さい。奴隷商を呼んでおきます。命を奪ったり、街の人に被害を与えたり、それ以外の要求などは一切いたしません。その代わり、私が負けたら、何でも、あなたの言う通りにしましょう。」
「良いだろう。では、何に誓う?」
ルカはこの提案に
「神が良いですか? それとも勇者様にですか?」
「ここに来る前に、セルティー食堂のフローラ セルティーさんにお世話になってな。誓えるというのなら、セルティーさんに誓って嘘はつかないと宣言しろ。俺が負けた場合は、メイブとニエの奴隷契約をお前に譲渡する。」
「わかりました。では、セルティーさんに誓って嘘はつきません。」
ニエは拳を握りしめプルプルと震えている。
「主。さっきの安心。返せ。」
「あ。……悪いニエ。でも、絶対に勝てるから、やっぱり安心しろ。」
ニエはルカの言葉に説得され、また後ろに下がる。
「わかった。安心する。私。」
「では、はじめましょう。兵士達よ。私の魔法が強大である事を忘れましたか?離れていなさい。」
「メイブ、ニエ。お前達も離れていろ。」
メイブ、ニエ、兵士達が戦闘フィールドから一定の距離を取る為に歩き出す。
それを待たずして、コームがルカに向かって炎の範囲魔法を繰り出した。それは大魔法使い級の強烈な魔法だった。異世界コスモスでは、剣と魔法であれば魔法の方に分がある。なぜなら、魔法は遠距離から近距離のどの射程にも応用が利く。そして、それは攻撃範囲にも言える事だ。更には、その威力も弱点に合わせて変える事が出来るという点で多様性がある。
コームが放った業火には大きく後退、もしくは横に避けるか防御をするしかない。ただし、それは普通の人の場合だ。広く浅く全ての魔法が使えるルカは、氷の盾を作り出しコームに向かって全力で前進した。本来であれば威力の高いコームの火魔法は、中級の氷魔法では完全に防げない。つまり、今のルカの魔法は上級魔法に匹敵する。そして、これも加護の影響である。ルカは魔法を発動した段階で、魔法が強化されている事に気付き進路を前方に定めたのだ。
ルカは瞬く間にコームの体に近づいていく。そして、コームに剣を振り下ろした。
「チェックメイトだな。」
だが、剣がコームの額に届く直前に、ルカの腰に衝撃が走りその動きが止まる。ルカが腰に手をあてると、そこからヌメリとした生暖かい感触が伝わってくる。
それは、先程、コームの後について来た鎧の兵士。その剣がルカの腰に突き刺さり、出来た傷だった。
ここでルカは鎧の剣士達に囲まれる事となった。
「貴様! 一人で戦うんじゃなかったのか? 嘘をついたのか?」
「いいえ。嘘はついていませんよ。10体の鎧は、私の魔法で動いています。だから、これも私の能力の一部なのですよ。」
「なるほどな。先程、離れていろと言ったのは、俺に気付かれずに、背後を取る為のブラフか。」
「そういう事です。それにしてもとても良い顔だ。やはり、弱者を欺くというのは爽快なものですね。」
ルカはもう一度剣を構える。しかし、鎧の兵士達がその体を押さえつける。
「チェックメイトはあなたの方ですね。」
コームは鎧の兵士たちを気にせずに、そのままルカを中心に業火を放つ。ルカは防御をする事も出来ず全身にその魔法をくらった。ルカにはこれ以上抗う力は残されていない。
ルカはその後、何発もの魔法をくらい、弱った所で鎧の兵士がその拘束を解くと、地面に崩れ落ちる。
「ご主人様!」「主!」
「では、奴隷契約を譲渡する為の魔法陣です。浮かび上がる魔法陣に署名をして下さい。」
ルカは倒れたままで、自分の無力さを笑っていた。
「ふははは。」
そして、奴隷商人がルカの体を起こすと、兵士達がメイブとニエを連れて来て、首元から浮かび上がる魔法陣にサインをさせられた。
「良いでしょう。これで、メイブは私の物になりました。破邪の勇者。あなたはとても目障りです。ここで死になさい。」
…。
「ぎゃはははははは。くははははっ。」
突如、そこに現れた前髪に赤いメッシュの銀髪の少年。年齢は成人。見た目は子供。領主を見ながら腹を抱えて笑っている。
「いやー。度重なる嘘。よくもまー嘘に嘘を重ねたなー。妖精レッドキャップ。」
「なぜ、その名を? あなたは誰ですか?」
「俺か? 俺の名はフォルトナだ。」
その少年は、セルティー食堂の店主フローラ セルティーの息子、フォルトナ セルティー。かれこそがこの物語の真の主人公であり、三ツ星1級冒険者 ロイス ティオールの転生体である。
そして、フォルトナがこれからする事は、およそ主人公とは思えないような悪辣な行為になる。奇しくもルカと嘘が嫌いな点で一致したが、異能の力で判別される通称勇者ではなく神に選ばれた本物の方の勇者の方だ。もし、ルカが主人公であったなら、どんなに綺麗な物語になったであろうか。だが、何度も言うように主人公はルカではない。
他人の悲しみを屁とも思わない邪悪なフォルトナこそが、同じく邪悪な権力を打ち倒す
「そう言えばレッドキャップ。お前は戦闘の前に誰かに誓っていたよな? 嘘をつかないって。誰に誓ったっけ?」
フォルトナは、正体がばれて狼狽えるレッドキャップを前にして、狂気じみた笑みを浮かべている。レッドキャップは、その不気味な笑みに、攻撃ではなく普通に答える事を選択する。自分を言い当てられた事もあり、未知のものに対して、問答の中に少しでも少年の情報が欲しかったのだ。
「セルティー食堂のセルティーさんですが。それが、何か?」
「偶然だねー。俺もセルティーさんなんだよ。セルティー食堂に住む。フォルトナ セルティー。店主の息子ってやつだ。」
「それが、なんだと言うのですか?」
フォルトナは、領主に近づきその耳元で囁いた。
「お前にだけ教えてやるよ。耳を貸せ。――俺の異能は嘘を見抜く能力なんだ。だから、お前が嘘をついた時には、俺にはお前の顔が青く見える。そして、ここからが重要だ。まず、俺に嘘を見抜かれた場合、相手には何らかの形で、小さな不幸が訪れる。そして、俺に嘘をついた場合、それを俺が見破ると相手には、ペナルティーとして、嘘の質に比例した大きな不幸、そうだな、大抵は直接的なダメージなどが降りかかる。ただし、ペナルティーが発動するのは、俺がそのペナルティ-を与える相手として認めた場合のみだ。さあ、お前は俺に許される為に何かするか?今までこの街にしてきた事を謝罪でもするかよ?時間は無いぞ?」
「はったりだな。そんな凶悪な異能、この世にあるはずが無い。」
「コーム様。奴隷の契約が譲渡されておりません。いったいどういう事でしょう。この契約は無効です。」
「これは、あれだな。小さな不幸って奴だ。先程、ペナルティーを認めておいた。お前がまいたブラフをここにいる全員が聞いている。その分のペナルティーだ。」
フォルトナの話を聞き領主の顔色が変わる。
「在り得ない。これが小さな不幸だと。私にとっては死活問題だぞ。……だというなら、その異能を発動する前に死ねー。」
領主は手をフォルトナに向けるが、魔法は発動すらしない。領主は何度も呪文を口にするが、言葉だけがむなしく響く。
「攻撃しようとしても無駄。ペナルティー審査中の相手は、俺に対してのいかなる攻撃も禁じられる。さあ、どうする土下座でもするか?さて、それで許して貰えると思うかよ?」
領主からは、今までの余裕がなくなっていた。額からはギットリとした脂汗が吹き出し、表情が強張っている。
「い……いや……待て、お前をこの街の領主にしてやろう。どうだ? 大金持ちだぞ?」
「おい。レッドキャップ。偽の姿で命乞いをするのか? 妖精の姿を現せよ。1つ目のペナルティー発動を許可する。お前は1対1ではなかったな。あれは、部下の妖精を使った11対1だ。」
その瞬間、レッドキャップの右腕がはじけ飛んだ。レッドキャップは激痛に顔を歪める。そして、言われるがままに人への変身を解いた。 レッドキャップはその名の通り、赤い三角帽子を被り、肥えたの鬼のような妖精の姿になる。
「ひ―――。いでぇ――。命乞い? という事はこれは命に関わるというのですか? ……す……すいません。許して下さい。これが本来の姿です。」
「悪党らしい汚ねえツラだな。で、領主がなんだって? そんな事で許さねえぞ? 2つ目の嘘、ルカが負けた場合、お前は街の人にも危害を加えるつもりだった。たぶんこれは、セルティー家に対してだろうな。」
フォルトナがペナルティーを許可すると、次にレッドキャップの左足が吹き飛ぶ。 フォルトナは返り血を拭いながら、楽しそうに笑った。
「ぎゃははははっ。たしか、弱者を欺くのは爽快なんだっけ? たしかに。それには納得だわ。ぷっ。」
レッドキャップの戦意はとっくに喪失していた。今は見苦しくも、目の前の悪者に許しを請う事だけを考えている。そこにこの街を統治する領主の威厳など何もなかった。
「いだぁ――――い。すみません。私の全財産をあなた様に差し出して、私は妖精の国に帰ります。」
倒れているルカが、地を這いながらフォルトナ達に近づいてくる。
「フォルトナ。そいつにどうしても聞きたい事があるんだ。少しだけ待ってくれないか?」
「ふん。良いだろう。これはお前の手柄でもあるからな。」
ルカの頼みをフォルトナは
「コーム。いや。妖精レッドキャップ。ビリー ブラインドとは何だ?やつらは何をしている? いったい、どこに行けば会えるんだ? 妖精の国か? それとも、世界のどこかに潜んでいるのか?」
「それを教えたら助けてくれますか?」
「さあな。」
「……ブラウニーは俺と違ってとても良い妖精です。人の家に忍び込んで勝手に家事をしたりするのがその習性です。ですが、そのブラウニー達の中から、いつしか野心を持つ者達が生まれました。それが、ビリー ブラインドです。特徴は、私のように真っ赤な帽子と赤い服を身に纏っています。その目的も、おそらくは私と同じです。妖精や亜人族をまとめる王が産まれた事、その王が王になる前に自分の支配下に置く事です。ビリー ブラインドは、その王となる人間の子供を探して世界中を巡っていました。今、いるとすれば、おそらくはリトルエデンかと。」
「南の大陸……ここと真逆じゃないか。その根拠となるものは?」
「数年前、王の情報が間違えだった事が判明しました。誕生した王は、人間ではなくエルフだったのです。」
「ありがとうコーム。とても有益な情報だった。フォルトナ。俺からも、寛大な処置をお願いしたい。この通りだ。こいつはもう悪さをしないと約束もしてくれた。もう十分懲りただろう。」
「ありがとうございます。勇者様。本当に、本当にありがとうございます。」
ルカがフォルトナに頭を下げた。
「――そうか。だが、答えはNOだ。」
「……そんな。あなた様は、嘘をついていないとわかるのでしょう? お願いします。許して下さい。もう二度と悪さはしません。」
「おい。フォルトナ。改心しているじゃないか?無駄に殺す事ないだろう。」
「勘違いしているようだが、俺は最初から一度も許すとは言っていない。許してもらう為に何かするのかを訊いただけだ。……お前が、アイスガードに送って死んだ者の中にはな。昔、俺の家に遊びに来ていたやつも何人かいる。お前には、今回の嘘以外でも、裁かれなければならない事が山ほどあるんだ。」
「お願いします。もうしませんからー。」
「3つ目の嘘、負けたルカは殺すつもりだった。どうだ、命に関わる嘘の代償はいったいどんなペナルティーになるか楽しみだろ?」
死を宣告されレッドキャップの瞳は憎しみで歪んでいる。
「貴様っ――!! 絶対に許さん!! 恨んでやる。呪ってやる。……フォルトナ セルティー。呪い殺し……そうだ、フォルトナが無理なら、せめて、勇者を殺し――」
妖精レッドキャップが、ルカを殺そうとルカに手を掲げた所で、その全身が爆発し、はじけ飛んだ。フォルトナの全身が、レッドキャップの赤い血に染まっている。その狂気の笑み。何が起こったのか理解出来ない兵士達でも、全ては、フォルトナがやった事だという事は理解出来た。兵士達はあまりの恐怖で我先にと逃亡していく。
「ルカ。お前は真面目で正直者だ。勇者としてこれ以上無い程の優しさも持ち合わせている。だからこそ、お前はその甘さで見えていない事が多すぎる。あれが悪党の本性だぞ。」
「……フォルトナ。お前、本当に凄いやつだな。」
「ふん。凄いのは、お前の馬鹿正直な所だ。馬鹿だとは思うが嫌いじゃない。それにその正直さが俺の異能を使う為の良い餌になった。陰湿な悪に、馬鹿正直な強者をぶつけたら、絶対に嘘をつくだろ。それにしても、よく俺の意見を信じたな。」
「はははは。だって、俺、馬鹿正直なんだろ? 友達の意見くらい信じるに決まってる。」
「まあ。良い。母ちゃんにはこの事を言うなよ。あいつは心配性だからな。」
「それにしても、これ、俺が負ける必要あったか? 話から察するに、嘘をついた時点で見破れるんだろ?」
「バトルジャンキーから、バトルを取り上げるのは、流石に気がひける。」
「でも、奴隷契約は? メイブが奴隷契約をコームと結んでいた場合、コームが死んでいたらどうなったんだ?」
「そんなものは、お前お持っている羽ペンで再契約すれば良いだけだろ。」
「なぜ? そんな事がわかる? フォルトナの異能は、嘘にペナルティーを与えるだけじゃないのか? フローラさんの加護の力なのか?」
「黙秘する。」
「何だよそれ。気になる。それと帰ったら俺と模擬戦をしないか?」
「いやだ。俺のレベルは1だ。この島のほとんどが、女神デーメーテールの干渉を受ける土地。モンスターを討伐するなら、アイスガードの港町まで行かなければならない。だけど、あそこは、モンスターの密度が高すぎて一人での攻略は無理だ。訓練された兵士が数十人で行く必要があり、それでも何人かは死人が出るようなイベント。当然、母ちゃんに禁止されている。だから鍛錬は武器の扱いや魔法の訓練しかしていない。逆にいうと、俺にあと必要なのは、実戦とレベルを上げる事だけだがな。レベルを上げた時は模擬戦をやってやっても良いぞ。」
ルカとフォルトナの会話を、メイブとニエが不思議そうに見つめている。この結果が必然で、ルカが戦闘前から余裕があったのもフォルトナが原因だとなんとなく理解は出来ている。だが、フォルトナの能力も、ルカだけが知るその信じたという何かを二人は知らない。
レッドキャップ討伐戦前。セルティー食堂では、ルカとフォルトナの二人だけで、こんなやり取りが行われていた。
「ルカ。領主が駆け引きを持ち掛けてきたら、絶対にセルティーの名に誓わせろ。それで、全てが丸く収まる。」
「了解した。じゃあ、いってくる。」
「は? 言う事はそれだけなのか? このお人よしめ。」
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