カトブレパスの邪眼①

「勢い勇んできたけれど、相手が人間や妖精だと言うのならやっかいなんだよな。何で俺は後先が考えらねないんだろう?」



 ここは、テスモポロス、領主の邸宅。まっすぐな性格のルカは、その言葉とは裏腹に、細かい事は考えずに、その正面を歩いて来た。だが、流石にここで足を止める。領主の家は、屈強な人間の兵士達で埋め尽くされていた。そして、それらの兵士達は、ハイヒューマンという種族で、世界の英雄達と比べても、肩を並べる事の出来る程の強者。ルカの異能は、アンデットや魔族に対しては最大限の力が発揮される。ただし、相手が人間の場合は……。


 領主邸の兵士の一人が、歩みを止めたルカに注目し、隣の兵士に声を掛ける。


「おい? あいつ見ない顔じゃねーか?」


「たしかに。この街にあんな奴はいねー。門番から何の報告もないぞ。いったい、どうなってんだ?」


 

 兵士達が、明らかにルカを指さし怪しんでいる。ルカは危険を察知しどう対処するのかを考える。――このまま、正面突破するのは得策ではない―― 思いとは裏腹にルカは腰についた剣を握り力を込める。身体強化の魔法を重ね掛けした。



「やばいやばい。あいつらはおそらく世界の英雄に匹敵する強さだぞ。それが20人以上はいる。だが、こうなったら仕方ない。アイスガードでは随分とレベルも稼いだしな。どちらにせよ。領主と戦う事になればあいつらも……。」



 動き始めた兵士達の前に、突然、黒い大きな犬が現れる。 犬は兵士達の前を順番に歩くと、兵士達は、何事もなかったように元の配置に戻って行った。



「何だこの犬。あっちにいけっ。……ん? あれ? 何か忘れているような気がするんだけど。」

「いや、変わった事は何もないぞ。」


 


 犬はルカに視線を送り、ルカはそれを見て路地に隠れる。


「よくわかりませんが。知らない、犬さん。どうもありがとう。さて、どうやって忍び込むか。まずは、みかんがいるか確認したいから、正面突破は避けたいよな。」


 

 路地の奥から誰かが手招きをしている姿が見える。ルカが目を凝らすとそこにはスーツを着た黒猫がいた。


「亜人? いや妖精なのか?」


 黒猫はルカの言葉に返事もせずに、手招きを繰り返す。それが妖精だとしたら、何かの手がかりにつながるかもしれないと思ったルカは、黒猫の後を追っていった。


 

 黒猫を追って路地を歩いて行くと、いくつかの小道や花壇、人家の生垣の抜け穴などを経由すし、地下へつながる扉を発見する。黒猫はその扉を開けるとその中に入って行く。ルカは黒猫の後を追いその扉の中へと進んでいく。階段を降りながら暗闇に黒猫の姿を見失っていた。




 そして前の見えない階段で、勢いよく突き出した右足が何もない空間を蹴り出すと、ルカは盛大に足を踏み外していた。真っ暗闇の中、体を回転させながら真っ逆さまに階段を落ちて行く。




「ぎぃひゃ~~。ぐぉうぅ~。いだだだだぁ~。はぁじゃっ。ぶぇこ~。」



 終着点の地面に撃ち付けられ、痛みに耐えながら、寝転んだままで手を上に振り上げる。



『ライトボール』


 魔法で光の球を出現させたルカは、なんとか起き上がると、そこに続く石壁の廊下を奥へ向かってゆっくりと歩いて行く。流石のルカも大きなダメージを受け、回復魔法を掛けながらの移動になった。


 途中で何回か分かれ道にあたったが、進む道は勘で選択した。奥まで進むと、つきあたりには、鉄で出来た錆びだらけの扉があった。おそるおそるドアノブに触れると、指先でカチリという音が聞こえる。


「この扉は、何かの呪いで閉じていたのか? だとしたら、この奥には何があるんだ?」


 緊張で生唾を飲み込む。勘で進んで来た道だが、その勘は、進んできた抜け道と領主邸のだいたいの位置を把握した上での勘。ルカはその扉の先がちょうど領主邸の地下に繋がっていると感じている。

 

 何年も閉じられていたであろう重い扉を開けると、ルカは、知らず知らずのうちに言葉を発していた。



「……みかん。……みかん!ここに居るのか?」



 領主邸地下牢。 見知らぬ黒猫に案内され、ルカが辿り着いたのは、領主邸の牢の中だった。

 辺りを見渡すと、そこには少女が二人いた。


「ダークエルフと忍者・・・監禁されていたのか?忍者の方はまだ幼い子供じゃないか。」


 少女の膝枕で眠っていた忍び装束の子供は、目を開けると、小さく吐息をもらす。


「……ぅ。」


 虫の息の子供を見て、ダークエルフの少女が、目に涙を浮かべながらルカに懇願する。


「あなたは、誰ですか? この子が衰弱しています。どうか、この子の事を助けてあげて下さい。」


 


「大丈夫だ。二人とも、助けてやる。ここに捕らえられているのは二人だけなのかな?」


「はい。ずっと、二人だけです。」


「……そうか。なら、ちょっと首を触らせて貰うよ。」


 ルカがダークエルフを拘束する邪悪な首の鎖に触れると、その首輪は一瞬で消滅した。続いて、子供の方にも同じ対応をした。


「呪いが込められた首輪を?…ありがとうございます。」


「ああ。これで大丈夫だな。ただ、首輪は良いのだが、奴隷契約の方はそうはいかない。君達は主の命令に背けないだろう。そしたら、ここを出る事も出来ないんじゃないのか?このミトラの羽ペンで、主を書き換える事は出来るのだが、そうすると、……俺の奴隷になってしまう。困ったなー。」


 ダークエルフの少女は、両手でルカの手を握った。


「それならば、お願いします。私のご主人様になって下さい。一生あなた様をお支えします。」


「な! ……まあ、それは後々考えるとして、今はそんな事をしている暇は無い。仕方ないから、一時的に契約を書き換えるか。君の方はそれで良いかい?」


 子供が小さな声で返事をする。


「……はぃ。」


 


  ルカとダークエルフは子供を抱えながら、いったんセルティー食堂に戻った。


 



 ***




「そんな訳で、一時的に彼女達をここに連れて来ました。ただ、言った以上、領主の討伐の方も責任を持ってこれからやりますので。」


 ルカは一度、領主討伐を宣言してからフローラに送り出されている。事情があったとはいえ問題を解決せずに戻った事が少し申し訳なかった。


「良いんだよ。お嬢さん達を救出しただけでも、勇者として凄い力じゃないか。それにしても、二人とも、だいぶ、衰弱しているね。それに領主様の家から抜け出して来たんだとしたら、その追手もやっかいだよね。バーゲンセールみたいになっちゃうけど、お嬢さん達にも、魂に加護を刻むからね。その後で一度食事にしよう。」


「フローラさん。何から何までありがとうございます。」


「私だってルカ君を頼っているんだから一緒さ。それより、人助けは成功だけど、この街に来た目的の方は達成出来なかったみたいね。でも、それはきっと大丈夫。今みたいに善行を積んで行けば、デーメーテール様もきっと手を差し伸べて下さるよ。罪を犯した、私みたいなものだって、この地でで守ってくれているんだから。」


「フローラさん。」


 フローラとの会話の中で度々出て来る過去の話、ルカはその内容を聞かなかった。というより、フローラの悲しそうな目を見て、とても聞けなかったのだ。



「食事のリクエストは、何かあるかい?」


 フローラはルカ達にお店のメニューを渡す。


「出来れば、その……生魚が良いです。」「ニエ。スイカ。好き。」「おすすめを。」


「はいよ。なら、それと執事特製の煮込み料理も持ってくるよ。」



 加護の付与と食事が終わると、ルカとその奴隷達、セルティー親子で、今後について話し合っていた。



「なんで、お嬢ちゃん達がついて行くんだい? とても危険な事なんだよ? 領主様の噂、というより、私達は実際にその強さを見たんだ。この街一番の戦士が、領主様の強力な魔法だけで、まったくなすすべ無く倒された所をね。それで、ウチの執事達でも手が出せないんだよ。」


「私は何も出来ないけど、ご主人様に命を預ける身。だから、着いていきます。」


「主、命、助けてくれた。私、決めた。一生着いていく。フローラさんの美味しいごはん食べて、元気なった。だから、私、この街、守る。私、戦う。」


  フローラの必死の説得に応じようとしない奴隷達。


「うーん。嬉しいけどね。ニエは子供だし、メイブは戦えないんじゃ、足手まといになるかな。」


 ルカの奴隷として新たな人生を始めた二人。ダークエルフの少女メイブと忍者の子供ニエ。彼女達は、自分達を救ってくれた新たな主人に、すでに生涯しょうがいの忠誠を誓っていた。だからこそ、危険な場所だとしてもついて行きたかった。


「……でも、どちらにせよ。ご主人様が駄目だったら、私達は追われる身なんですよ。たぶん、あの豚にまた捕まって、それで終わりなんです。」


「私、戦える。修行してきた。……五年。呪いの首輪もうない。大丈夫。豚、倒す。」


「ニエ。お前は子供だろ? 危ない事はして欲しくない。」


「大丈夫。ニエ。暗殺得意。足手まといならない。絶対。」


「うーん。」


「師、修行。厳しっかった。」


 そういって、ニエは、ジャンプしてルカの背中に飛び乗ると、短剣をルカの首筋にあてた。その動きだけでルカはニエを認めていた。弱った体で一瞬でルカの背後を取った事は称賛に値する。ただ、ニエは弱っていたのではなく、あまりの空腹で動けなかっただけだが、その事はニエ本人も気づいていない。


「うーん。わかったよ。なら、ニエは、戦力として連れて行こう。厳しい事を言うようだけど、戦闘に参加出来ないなら、人質にされるリスクもある。メイブはお留守番だ。」


「そんなー。お願いします。ニエちゃんも行くなら、私も連れていって下さい。ご主人様の役に立ちたいんです。」


「私からも一つ良いかな?私が与えた加護は、異能に引っ張られるふしがある。メイブちゃんの異能はなんだい?それ次第では戦力にならないとは、言い切れないよ。まあ、一度、試す事は必要だろうがね。」


 その言葉に、メイブは肩を落とす。


「……ごめんなさい。私……異能が……ないんです。」


 ルカとフローラはびっくりして、立ち上がる。


「な! そんな事ってあるのかい? 異能は神が与えてくれたたった一つの恩恵だよ。戦闘に使える異能と使えない異能。または、それが及ぼす影響力は千差万別だけど、まったくの無しなんてのは聞いた事がないよ。それは逆に…………或いは……。まあ、いいわ。実際に試してみましょう?メイブちゃんが戦闘で何が出来るのか? ルカ君。君が模擬戦をすれば良いんじゃない?」


「わかりました。メイブにそこの剣を貸してやってくれませんか? その結果で判断します。」




 セルティー邸 裏庭


 ルカは、準備運動を兼ねて剣を振りまわすと自分の体裁きに驚いている。明らかに今までと違うのだ。体が軽いだけではない。繰り出す技のイメージには、どの程度のダメージが相手に入るのかまで詳細に感じられる。


「もしかすると、これが、フローラさんの能力。加護の力なのか。」


 一方でメイブは、この試験にどう対応するのかを必死に考えている。だが、考えても考えても、良いアイデアは浮かばない。でも、まだ考える。どうしても、主人の役に立ちたい。 それを見ているフォルトナがなぜか癇癪かんしゃくを起こしている。


「……ウルサイ……ダマレ……クソ……ワカッタ……イエバ……イインダロ……おい。くそビッチ。お前は何も考えずにただ剣を振るえば良い。感じるままに動いてみろ。」


「っ。何!突然話したと思ったら。少年、くちわるっ。何なのよ。私は15歳なのよ。お姉さんでしょ。」


「……ウェンディゴと言い合ってた直後だから、間違えて本音が出てしまった。……俺も15歳な。失礼な奴め。とにかく、何も考えずに剣を振るえ。余計な事を考えていたら、加護が相殺されるぞ。」


「ちょっと、本音って言うな! ……まあ、良いわ。文句はこれが終わってからにしましょう。ちょっと吹っ切れた。何の力もない私だけど、本気でぶつからないと、試験をしてくれるご主人様に失礼よね。」


  剣を構えるメイブ。それを見たルカが合図をする。


「メイブ。それじゃあ行くぞ!」


 ルカの体は一直線にメイブの方向に距離を詰める。ルカのイメージした以上の体感速度に、若干自分でも驚いている。そして、間合いに入ると、メイブの胴体に向けて剣を斜めに振り下ろした。そして、ルカは当たる直前で剣を止める予定だった。だが、その動きについて来たメイブは、ルカの剣を自分の剣で弾いて応戦する事になった。


 ルカの脳裏のうりに、―― 有り得ない―― という言葉が浮かぶ。ルカは異能無しでも決して弱いわけではない。むしろ、同年代であれば誰にも負けない程修練を重ね、剣の技術に研鑽も積んできた。

 そして、何よりフローラから貰った加護の影響で、剣の技術だけでなく、肉体の強度や素早さも向上している事が感じられる。今までの勇者ルカはどちらかといえば剣と魔法の万能タイプ。浅く広く多彩であるがゆえの強さ。しかし、今は加護の影響で英雄にも勝る剣の腕前を持っていると感じている。万能型のままで剣術に突出し、攻撃の質もバリエーションも数段進化している。


 ルカは考えながら、メイブに2度3度と攻撃を重ねる。しかし、その度に完璧な防御を取るメイブ。次は速度を少し速め、連続の攻撃を叩き込む。だが、メイブは近接攻撃を得意とする戦士の種族ダークエルフなだけあって、その攻撃をなんなく防ぐ。


 ――メイブは、異能もなければ、戦闘に何の力も持たないと言っていた。ダークエルフという戦闘に優位な種族であっても、しょせんは非戦闘員でしかない。――


 であれば


 ――フローラの加護が、異能に引っ張られるとするならば


 


 考えられる可能性は


 


 何らかの要因で、現在発動していないメイブの異能。それは勇者であるルカの異能を超える何かであるという事。


 それに、メイブの加護が引っ張られている。――


 


 そう考えるのが妥当なのだ。



「いや。良いよ。凄く良い。メイブ。本気でやってみよう。お互い、新しく手に入れた力だ。きっと、君も高揚しているんだろ? 楽しいんだろう? やろう。うん。やろう。存分に確かめ合おう。」


 ルカは口元が緩んでいる。それは、これまでの優しいルカとかまったく違う。全身を漂う狂気。



「……ご主人様に剣を向けて、喜ぶ奴隷がどこにおりますか? ですが、私は、ご主人様の試験に対し失礼のないよう全力を出しているだけなのです。」



 ここでルカは一気に冷静になった。涙目で主人を想う美しくも優しいメイブに対し、本気で戦おうとしていた自分に猛反省する。


 

 その一方で、かなり勿体ないなと思っている自分もいる。

 


 勇者ルカ。彼の二つ名はバーサーカーである。優しい性格の裏に隠れているもう一つの顔。極度の戦闘狂であり、一度、戦闘になるとその笑顔で勝ちを求める狂気に、周りからは、人格すらも変わってしまったように見える。


 ルカが幼い頃、大切な幼馴染が死んだ時、その醜い姿に妖精の取り替え子の噂を連想させる。


 それ以来、幼馴染を取り返す為に、妖精の国や妖精の噂を必死で探していた。そして、妖精との繋がりが他と比べて圧倒的に多い古の都市。やっとの思いでこのテスモポロスに辿り着いた。


 同時に積み重ねて来た剣や魔法の修練の数々。ダンジョンでの死と隣り合わせの戦闘のスリル。ここ数年勢力を伸ばしている邪悪な魔族との激しい戦い。


  彼の元来の性格は嘘のつけない馬鹿正直。馬鹿真面目。熱血漢のお人よしである。


  そして、そこにプラスして、積み重ねた修練の分、彼の性格は極度のバトルジャンキーに変わっていたのだ。


  ただし、これは、無謀な程戦力差のある戦いには反応しない。先程、領主邸に行った時には、守りを固める兵士達が、世界の英雄達に引けを取らない程の戦力だと判断をした。能力が拮抗した相手が数十人、そこに最強という噂の領主や邸内の兵士達も加わるだろう。どう考えても、そこには勝ち筋が見つからなかった。死と隣り合わせのスリルを味わいながら勝利を掴もうとするのと、確実に死ぬ戦いではまったく異なるという事だ。



「すまない。模擬戦だったのに、メイブの強さをつい楽しんでしまった。」


 ルカの言葉に、メイブは笑みを浮かべていた。


「と、いうことは。もしかして。」


「ああ。文句のつけようもない。合格だよ。」


 ルカの手を握りしめ喜ぶメイブ。


「ご主人様。ありがとうございます。」


 メイブに後ろから近寄り、フォルトナが声を掛けた。

 

「ふん。良かったな糞ビッチ。」


「少年。ちょっとイラつくけど、まあ、ありがとう。あなたのアドバイスのおかげだわ。」


「ふん。俺は言うつもりはなかったんだ。礼ならウェンディゴに言え。否、それも癪だからやめろ。こいつは悪辣でタチが悪い。」


「ふふふ。照れているのかしら?面白い子ね。名前、聞いても良い?」


「ふざけんな。くそビッチ。誰が言うか。ふん。」


「何よ! 面白い子は訂正する。腹立つガキだわっ。ふんっ。」


 それを見ていたフローラが、メイブに駆け寄って来て、ルカからその手を奪う。


「信じられない。フォルトナが女の子と仲良くお話するなんて。メイブちゃん。うちのお嫁に来ない?」


「御恩のあるお方に大変失礼ではございますが、丁重にお断りさせていただきます。彼はフォルトナ君って言うんですね。とても、不思議な子です。」


「そうよ。フォルトナよ。残念だけど仕方ないわね。失礼な子だし。」


「ですが、友達なら構いませんよ。多少失礼な子ですが、だからこそ、私もフォルトナ君とは本音で話せるのかもしれません。」


 

 フローラはルカに続き、息子に出来た新しい友達を心から喜んでいた。だが笑顔のフローラにルカは心配事を口に出した。

 

「……フローラさんの異能。【加護】についてなんですが、私達は授けて頂いた身でなんですが、これは誰にも言わない方が良いと思います。【加護】世界の均衡を崩しかねない程、とても強力で本当に偉大な力です。これを悪い奴に知られでもしたら、フローラさんやご家族の身が危険になります。これは世界中の権力者が是が非でも欲しい能力です。」


「大丈夫よ。これは、あなた達や家族と執事にしか知られていないわ。勇者ルカ君。私はあなたの瞳の奥に、本物の勇者の魂を見た。優しさや人柄、そして、勇気。あなたにだったら、本当にこの地を変えられるかも知れない。私達の、いえ、みんなの未来を託したのよ。」


「……ウルサイ……ダマレ……ソンナノハオ……レモシッテイル……イワナイ……ソレヲハナスノハキケン……。」


 



 ルカ達は、フローラに挨拶を済ませると、領主邸へ向かっていた。ルカには先程までの領主に対する戦闘での心配はない。あるのは、明らかに向上した自分の力と初のパーティーでの戦闘を試したいという、ワクワクだけ。


  ルカは加護の影響で、名実ともに勇者以上の存在になった。今なら歴戦の英雄達よりも強い自信がある。だからこその高揚感。まだ見ぬ敵への期待。


  そして、ルカと二人の奴隷は領主邸へと、辿り着いた。


「我が名は、ルカ マリアーノ。独立国家スリーダンより参った破邪の勇者なり。テスモポロス領主コーム グランタリーよ。魔の者は直ちに姿を現すのだ。そして、私は勇者である。無駄な殺生はしたくない。兵士達は退くがいい。破邪の勇者の名に於いて、邪悪な領主を殲滅する。」


 勇者の口上に、領主邸の警護をしている兵士、そのリーダーが声を荒げている。


「勇者だか何だか知らねえが。そいつは、聞き捨てならねぇな。コーム様は、俺達の絶対正義なんだよ。その正義に仇なす者は、誰であろうと許さねえ。なあ?お前等?」


「へい。」


「だが、こいつが勇者だと名乗る以上、サグ! コーム様をお呼びしろ。万が一があってはならねぇ。全勢力で叩き潰すべきだ。」


「へい。」


「どれ。まずは、俺がお前達の力を試してやる。しかし、笑えるねえ。テスモポロスの言い伝えを教えてやろうか? 破邪の勇者は勇者であっても、恐るるに足らず。魔族ならいざ知らず。テスモポロスには邪と呼ばれる力を有する者は絶対に入れない。それが神の力による、母なる大地のルールだからだ。魔物の跋扈するアイスガードの港を抜けて来た事だけは称賛する。だが、それも破邪の勇者の異能だろう。テスモポロスには、邪がいないのに、どうやって邪を浄化するつもりなんだ?破邪さんよぉ。」


  兵士のリーダーは、ルカの顔を見て薄ら笑いを浮かべている。だが、ルカは人間に馬鹿にされるのも笑われる事も慣れている。それだけ、対人間にはなんの効果もない異能なのだ。しかし、その反応が嫌いではない。なぜなら、その先にあるのは…。


「異能を使わずとも勝てる。だが、信じられないと言うのなら、まずは俺を試してみろよ。退けとは言ったがそれが俺の願いではない。あれはただの慈悲だ。本当は戦いたくてボルテージが上がりきっているんだぜ。」


「――死ね勇者! 手柄は俺の物だ。」


 兵士のリーダーがルカに向けて剣を振り下ろした。だが、ルカはその軌道を予測し紙一重でそれをかわす。そのまま半回転すると剣を兵士の鎧の胴体に叩き込んだ。吹き飛ばされる兵士は、意識を失いそうになりながら、その言葉を残した。

 

「……嘘だろ? 破邪の勇者は対人戦で最弱の勇者だったはず……。」


  それを見ていた他の兵士達は恐怖で青ざめている。

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