嘘が嫌いな勇者②

 マリムの研究所を出てしばらく歩くと、そこには、先程までの古代文明を感じさせる見た目からだいぶ遠ざかる。そこにはルカの故郷である独立国家スリーダンとほぼ変わらないような街があった。通りにある石壁を背に小さな女の子が涙を溜めながら母親の裾を引っ張っている。

 


「お母ちゃん。おなかしゅいたよ。」


「ごめんね。ミィちゃん。うちにはお金が無いんだよ。」


 その話が耳に入って来たルカは、歩く方角を変更し母親の前に立って言った。

 

「これどうぞ。金貨2枚と銀貨5枚です。当分はこれで食いつないで下さい。」


 突然の事に戸惑う母親。だが、命に関わる以上、迷った上でそれを受け取っていた。


「……本当に良いのですか?」


「どうぞ。困っている人がいたら素通り出来ない性分なんです。」


「……本当にありがとうございます。ミィちゃん良かったね。これで今月はお腹いっぱい食べられるよ。」


「お兄ちゃん。ぁりまとー。」


 少女はルカの足に抱き着きながら、感謝の言葉を口にした。 ルカは少女の頭を撫でながら優しく声をかける。


「ほら。お礼は良いから、早く食べに行きな。」


  親子はお礼の言葉を言いながら、先程、ルカが歩いてきた方向に歩いて行く。ルカは手を振りながら去っていく親子を見送ると、親子がおなかいっぱいになる事を想像しながら振り返って自分も歩き始める。だが、考え事をしていた事と振り返ったのが、先程、親子が立っていた石壁だった為にルカはそこに盛大に激突した。


「ずぼぁっ。いぃ~ちちちちち。」


 横切る通行人が、ルカの真っ赤になった鼻を見て笑っている。ルカは恥ずかしそうにポケットに手を突っ込み何事もなかったように歩き始めた。


 ルカは、そのポケットから道具袋を取り出し歩きながら確認をする。マリムには手持ちの資金から約半分のお金を支払った。しかし、この集落に入ってから何度か困っている人に小銭を渡しているので、残りの資金が少しずつだが減ってきている。



「ここら辺は、貧困層が多いのかな? マリムさんに全額支払わなくて正解だった。」


 


 

 ルカはしばらく門番に教わった道を歩いていると、街のはずれに食堂のような建物を見つける。それは、この辺りでは一番の豪邸で、建物にはセルティー食堂の看板が取り付けられている。ルカは建物に近づきその扉を開けた。

 


「すいません。セルティー食堂というのは、ここでよろしいのでしょうか?」


 食堂には、とても綺麗な気品ある金髪のお姉さんが、カウンターでお客さんを待ち構えていた。だがルカを見た後で、その見知らぬ顔に少し驚いている。


「あら、お客さん。見ない顔だね。これは珍しい。ここはセルティー食堂であっているよ。」


「では、おすすめの食事をお願いします。お腹がペコペコで。」


 ルカの笑顔に安心したのか、店主も笑顔で席に案内する。そして、水とお皿をテーブルに配膳した。


「はいよ。そんなにお腹が空いているのなら、待っている間に、このザクロでも食べてな。」


「うわー。俺はザクロが大好物なんですよ。プチプチした食感と甘酸っぱい味、ありがとうございます。うんまーい。なんですかこの甘さ。スリーダンで食べるものより絶品です。これは料理の方も期待できるなー。」


 ルカの言葉に、店主も更に機嫌が良くなる。


「スリーダン? ……まさかね。ありがとよ。私もザクロが大好きなんだ。料理の方も期待して待っていておくれ。うちの執事が作った煮込み料理は、どれも絶品なんだ。」


「あー。そのまさかだと思いますよ。私は独立国家スリーダンから来たんです。」


「嘘だろ? どうやってアイスガードの港を突破したんだい? まさか、魔物は消えたの?」


「いえ。倒しながら進んで来ました。」


「その顔……嘘を言ってるわけではないね。私は信じるよ。」


「ありがとうございます。それで、なぜこの辺だけが、街の文明とは違う感じなんですか?」


「ここら辺は、外の世界からやって来た新しい住人が多いのさ。豪華な建物は無いけど、他と比べたら比較的新しい造りだろ?新しいと言っても、アイスガードがああなった15年よりも前の話だけどね。」


「そういう事だったのですね。ところで、今晩宿泊する場所を探しているのですが、この辺りで泊まれる場所なんかはありますか?」


「この街にそんなものはないよ。あ、でも、うちで良かったら泊っていくかい?」


 門番の情報は正しかった。にこやかに受け入れてくれた店主を見てルカはほっと一安心する。


「本当ですかー。ありがとうございます。実は宿泊出来るかもしれないと、噂をお聞きしてここに伺ったんです。よろしければ、何日か滞在したいのですが。料金は先払いしますのでどうでしょうか?」


「それなら食事代だけで良いよ。その代わり、暇な時にでもうちの息子の相手をしてやってくれないかい? もう成人したんだけど、友達が一人もいなくてね。」


 店主のお願いにルカは即答する。友達。この街の情報を集めるのに、この街のコネが出来るのはルカとしてもとてもありがたい。


「もちろんです。15歳なら私と同じ歳ですし、是非、友達になりたいな。」


「フォルトナ―。お客さんが遊んでくれるってさ。出て来なさい。」


「だが断る。いやだっ。」


 その子はルカが期待していたものとはまったく違っていた。その第一声を聞いて、そういえば、門番が変わった子供がいると話していた事を思い出す事になる。


「もー。本当に困った子だよ。今、連れて来るから、お客さんちょっと待っていてね。」


 今までは笑顔の素敵な優しい店主だったが、その印象はここで大きく変わる事になる。


「お待たせ―。あ。お客さん名前を聞いていなかったね。こいつは馬鹿息子のフォルトナ セルティー。私はフローラだよ。よろしくね。」


 フローラが連れて来たフォルトナの顔面は、青く腫れあがり鼻血が滴り落ちていた。 ルカは席から立ち上がると、二人に対して姿勢を正して挨拶をする。


「ルカ マリアーノです。」


「……ブツブツブツ……ブツブツブツ。」


 一方、フォルトナは、ダラシノない姿勢でルカをにらみながら、口の中でゴニョゴニョと言葉にならない何かを発している。


「ごめんねー。この子ちょっと、変わってるんだ。」


「いえ。フローラさん。フォルトナ。改めてよろしくお願いします。」


「……ゥルサイ……関係……ナイ……だろ……お前は黙ってろ。」


「え?」


 フォルトナから、わずかに聞き取れた言葉がルカの優しい心を抉っていた。そもそも、最初から睨んでいるのだが、改めて言葉にされるとルカの心も穏やかではない。


「いや。違うんだ。この子は見えない妖精さんと、いつも喧嘩をしているんだ。だからルカ君に言ったわけじゃないんだよ。」


 ルカは、この街の妖精の噂をここに来る前から知っている。むしろ、それが目的でやって来たようなものだ。だが、たった今得た情報はこれまで聞いた話と少し違ってきている。


「そういう事なんですか。ですが、この街にはもう妖精はいないって聞きましたが?」


「いないわけじゃない。いたとしても、レッドキャップが怖くて隠れているんだ。こいつみたいにみんなに見えないやつは隠れる必要もないがな。」


 フォルトナが話し出す。それはルカにとっては貴重な情報であり、フローラにとっては奇跡のような出来事だった。


「あれ。フォルトナがお友達と喋った?」


「母ちゃん。こいつは友達じゃない。勇者が来たから説明をしてやっただけだ。俺はもう行く。」


 フォルトナは、母親の喜びに反応し、すぐにその場を離れようとする。だが、ルカは先程の情報の詳細を聞いておきたかった。その為に遠路はるばるやって来たのだ。


「待てよ。フォルトナ。話を聞かせてくれ。」


「……ダカラ……ゥルサイ……余計なお世話だ。」


「え?」


「いや。ルカ君。基本、フォルトナが文句を言っている時は、妖精さんに対してだから、気にしないで良いんだよ。」


 慣れ親しんだ妖精と話している時は汚い言葉。他と話す時は先程みたいに普通の言葉。ルカはなんとなくフォルトナの事を理解する。


「……ワカッタヨ……ツタエレバイインダロ……この街の領主レッドキャップ。民に重税を課す悪の権化。そいつの本当の姿は凶悪で危険な妖精だ。お前がこの街に来たと言う事は、既に門番を通して領主にも伝わっているはず。そんな奴が、ここにいたら迷惑だ。今すぐ立ち去れ――」


「領主が妖精?それも危険な?」


 ルカはフォルトナの言葉に信憑性があると思えた。なぜなら、この食堂に来てから一度も自分が勇者であるとは伝えていないからだ。少なくともフォルトナは、真実の情報を知る為の何かがある。


「こらフォルトナ。ルカ君。気を落とさないでおくれよ。この街の新任の領主様は、変わっていてね。民に重税を課したり、どこからか奴隷を連れてきたりさ。執事のアルバートやオリバーが外に仕事に出ているのも、私が内職をしているのも全部領主様が着任してからだ。この街はもう楽園なんかじゃない。どこの家もみんな悲鳴を上げているのさ。お金を払えなければ、アイスガードでの魔物討伐に参加させられる。そんな所に行ったら絶対に死は免れない。だけど、誰も反対出来ない。なぜなら新しい領主様はその絶対的な力で権力を手にいれた。化け物と言われるくらい強いのよ。」


「いや、それなら、やはり宿代をお支払しますよ。そう言えば、マリムさんも税の取り立てに苦しんでいたっけ。」


「大丈夫だよ。あんたが気を遣う事じゃない。」


 ルカはここでの情報を元に、この街で起こったいろいろな事を思い返していた。殆どが、貧困による問題。その理由が領主にある事をここで咀嚼する。


「まてよ。妖精……奴隷……もしや……そいつが、妖精の取り替え子の犯人だとしたら?……フローラさん、それでしたら、この街の領主、私が討伐します。」


 ルカの導き出した答えは領主の討伐だった。それが人間であっても、とても、ルカが素通り出来る問題ではない。しかも、相手は妖精でその力を使い権力を手にした。この街の大人が世界の平均より遙かに強い事はわかっている。人間より上位の存在。しかし、それを上回る程の力をもった化け物を勇者としては見過ごす事は出来ないのだ。


「本当かい? ルカ君、アイスガードを通って来たと言うし、君はいったい何者なんだ?」


「曲がった事や嘘が嫌いな、ただの勇者です。」


 ルカの瞳に込められたその強い意志にフローラは納得した。


「そうかい。それなら、せめて、私の異能を受け取って頂戴。どんなものになるかはわからないが、きっとルカ君にピッタリの加護が与えられるはずだよ。」


 フローラは、ルカの腕を両手で掴むと祈るように目を閉じている。フローラの両手から僅かな光がルカの腕に流れて行く。それが済むとフローラは再び目を開いた。ルカは呆然ぼうぜんとしている。



「……加護? そんな異能は聞いた事がありません。フローラさん。あなたこそ、いったい何者ですか?」


「私は、ただの逃亡者だよ。」


 フローラはにっこりと笑った。笑顔の奥に微かな悲しみを感じる。



「フローラさん。ありがとうございます。力を尽くして邪悪を打ち倒します。」




 ルカはお人よしである。困っている人がいたら見捨てておけない。今回も貧乏くじを引いたのは、領主がルカの目的、妖精だからというだけではない。例え、それが人間であろうと迷わず手を差し伸べたはずだ。


 しかし、だからこそ、今回のような場面に幾度となく遭遇そうぐうし、その度に、過酷な困難を強いられてきた。




 なぜなら、ルカの異能は……





 対人戦闘において、まったく有利にはならないのだ。








「何コレっ。うんま----い。フローラさん。これはいったい何の料理ですか。」




「馬鹿息子が大好きな。執事風特製肉じゃがだよ。他にもあるからね。」



 ルカは、食べながら一瞬フローラの方を見てしまい、右手で持つフォークを左手に勢いよく突き刺していた。



「ぶぁっい。いーたたたたっ。いたーーい。」



 勇者ルカは、体質的に邪を引き付けそして払う。だが、邪の持つ不運の性質を払う事は出来ない。それはあくまでも運であって、例え負に振り切れていても、どちらかといえば神聖なものの部類に入ってしまうのだ。


 勇者ルカは、異常なほど不運に恵まれた男だった。



 そして、それを見て吹き出すフローラとフォルトナ。この時見せたフォルトナの笑顔に、フローラは久しぶりの幸せを嚙みしめていた。ルカ マリアーノ。彼は本当にこの苦しい日常を変える救世主なのかもしれない。その期待は、先程領主を討伐すると言った時以上に高まっていた。



 なぜなら、フローラにとって、息子が友達を見て笑う事が、長年夢見て行動して、それでも達成出来なかった母の願いだったからだ。

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