第8話 初仕事
週末。水樹さんと真白さんと合流しある場所に来ていた。ここは……橋の上だった。
僕が住んでいるところから新幹線に乗り、タクシーを駆使してここまで来た。かなりの山奥だ。
「ここなんですか?」
「そうだよ。この橋が道ずれ橋と呼ばれているらしい」
僕らが来ていたのは橋の上だった。大きな川の上にある一般的な橋で変わったところはない。しかし、ここの橋にはある噂があるらしいのだ。
「さっ行こうかね」
「この橋を通るんですか?」
僕たちは依頼をしてきた人に話を聞きに行かないと行けない。なのにその場所に行くには今回の依頼の橋を渡る必要があるのだ。
「他の道とかはないんですか?」
「あるらしいが、地図で調べたらこんな感じだったぞ?」
真白さんがスマホの画面をこちらに見せてくる。それはお世辞にも橋とは言えないほど危険そうだった。
木の板がツギハギに置かれただけのようなものだ。いつ、崩れてもおかしくはないだろう。物理的な恐怖だったので丈夫そうなこの橋を渡ることになった。
「なんか出たら言ってね」
「出ないでください、出ないでください」
何も出てこないことを祈りながら通るしかない。スタスタと水樹さんと真白さんは歩いていく。通常の感情を持っているのは僕だけなのだと思う。
恐怖と戦いながら橋を進んだが特に何もなかった。姿を見ることも、声を聞くこともなかった。
「何もなかったね……」
「何で、ちょと悲しそう何ですか?」
そんな会話んしながら道なりに進む。その間も何となく警戒をしていたが何もでなかった。少しだけ安心しながら進み、やがてそこにたどり着いた。
「住所だとここですね」
真白さんがスマホを見ながらそう言った。住所を確認したところ間違いないらしい。
僕たちがたどり着いたのは宿だった。
和風な作りで、とても立派な建物だ。水樹さんは迷わず足を進めている。置いていかれないように僕も追いかける。
中に入れるとぼんやりとした明かりが付いており、雰囲気のいい宿だった。和風な建物かと思えば、洋風なところもありレトロな印象がある。こんな所に一人で来ることは無いので圧倒される。
「立派な所だね」
「初めてですよ。こんな所に来たの」
そこらのホテルなんかと比べ物にならなかった。
少しの間、眺めていた。しかし、今は依頼で来ていた事を思いだし水樹さんと真白さんの方を見る。
二人はすでにフロントの方に向かっていた。独特な空気に慣れないながらも二人方に足を向けて進む。
「すいません、誰かいらっしゃいませんか?」
水樹さんの美声が響く。少し間を開けて奥から女性の声が聞こえてきた。少しずつこちらに向かってくる足音が消えてやがて僕らの目の前に来た。
「すいません、大変お待たせしました」
やってきたのは黒髪を後ろで一つにまとめて着物を着ている女性だった。見るからに人が良さそうだ。
「大丈夫ですよ。ご連絡いただいた仲裁屋の水樹です」
そう言いながら名刺を差し出した。僕らは一歩後ろで見守る。名刺を受け取った彼女は一瞬目を丸くして僕らを違う部屋に案内した。
少し廊下を進みある部屋の前で足を止めて中に入るように促される。水樹さん、真白さん、僕の順番で入り中を見渡す。
きれいに手入れされた部屋だと僕にも分かる。綺麗な色で艶のあるテーブルで座椅子が四つ置かれていた。畳のいい匂いがする。
「話が長くなりますのでお茶を淹れてきます。この部屋で少しお待ちください」
そう言って僕らはこの部屋に残された。各々、座椅子に座る。そして、思わずこの宿の感想を口にした。
「すごく綺麗ですね。山奥にこんな立派な所があるなんて思いませんでした」
本当に綺麗な建物でこんな山奥には似合わなかった。掃除が行き届いているとかの話ではなく、とにかく綺麗だった。この世の建物とは思えないほどだ。
「確かに、山奥にしては立派だね」
「でも、こんな場所でも幽霊は出るんだな」
真白さんが意地悪な顔をしながらそんなことを言う。まあ、確かに事実なのだが。
そんな会話をしながら待った。そしてしばらくするとお茶をお盆に乗せて帰ってきた。
「お待たせしました」
そう言ってお茶を出してくれた。そして、先ほど話が長くなると言っていたので少しだけちゃんと座り直した。
「まあ、気楽に聞いてくださいね。そういえば名前を言っていませんでした。猫田 文《ねこた あや》と言います」
猫田さんは今一度微笑む。その顔は笑顔とは、こんなにも美しいものなのかと思うほどだった。見とれている間にも話は進んでいた。
「今回の依頼内容と今までの事件についてお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです」
そう言って猫田さんが今回、仲裁屋に依頼することとなった経緯を話してくれた。
あれは、一ヶ月ぐらい前から始まりました。この近くに住む女子高生グループが下校していたところ「それ」が現れたみたいです。
「今日の数学、マジでダルかったね」
「課題、いっぱい出されたし」
いつもと変わらず、雑談をしながら橋の上を四、五人が歩いていたそうです。
そのなかで一人がなんとなく川を見たときに人がいたそうです。
ここの川は流れも速いし、岩も沢山あるのでこの辺に住んでいる人は入ることはないです。だから、不思議に思っていたそうなんですよ。
「ねえ、女の人が川の中にいるよね」
「本当だ。でも、あそこの辺りって深いし危ないよね」
「その辺、深くて危ないですよ~だから、入らない方が~」
危ないと思って橋の上から声を掛けたそうです。そして、その女はこちらを向いて満面の笑みを浮かべたそうです。
誰かに見せる笑顔とかじゃなくて、狂気に満ち溢れているようなそんな笑顔だったんです。
その女子高生たちは怖くなって逃げようとしたみたいです。でも、気がついたときには声を掛けた女子高生の足に女がしがみついていたらしいです。
何とか逃げきったようですが、その後も似たようなことが起こっています。
猫田さんが話を終える。話し上手なのか、なかなか怖かった。
全身ずぶ濡れの女が足にしがみついてきたら怖すぎる。ただ、何が目的なのだろうと思ってしまう。水樹さんも同じことを思っているのか不思議そうな顔をしていた。
「なんと言うか、それだけでは人間である可能性が拭いきれない気がしますね。そもそも、目的が不明すぎる」
「その通りなのですが、目撃した者の中には話しかけてきたと言っていた人もいるみたいです。すでに噂に尾ひれが付いていて私にはなんとも……」
猫田さんが少し申し訳なさそうな顔をしている。確かに、このタイプの話は噂になりやすいだろう。
それに、最初の目撃段が女子高生であるのも噂になりやすい。話を大げさに話しているかもしれないし、なんとも言えない。
「ちなみに、話しかけられたと証言している人はなんて言っているんですか?」
次は真白さんがは疑問を投げ掛ける。確かに、それは手がかりになるかもしれないと僕もしっかりと話を聞く。
「確か……お前がやったのか?だったと思いますよ」
「なるほど……」
真白さんが少し難しい顔をする。『やった』とは何を指しているのだろうか。
まだ、分からないことが多い。しかし、猫田さんが知っているのはここまでのようだった。
そして、今回の依頼の内容が再び告げられた。
「仲裁屋の皆様。ここは静かだけど暖かい村です。だから、守りたいのです。怖いもの見たさで来る方々もいて、この村の平穏が乱されています。だからどうか、この村と彼女を救ってください」
猫田さんは深々と頭を下げる。この人は本当に村のことが好きなんだなと思う。そして水樹さんが優しい笑顔で言った。
「この依頼、仲裁しましょう」
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