第6話 ある日の大学で
あれから何日かしたある日、僕は大学に来ていた。特に変わったところはなくヘッドフォンをつけながら大学内を歩いていた。
蝉の声がヘッドフォン越しに聞こえる。音量を上げようとして声をかけられた。
「雷人、おはよう」
声をかけてきたのは文月だった。そういえば、あの寺の事件のあとから文月とは会っていなかったのだ。
「おはよう」
ヘッドフォンをはずしながら話す。一気に蝉の声が聞こえてきて夏が来るんだなと憂鬱に思う。
気持ちの問題なのだろうが、蝉の声が気温を高くしているようにすら思えてくる。そんなことはどうでもいいと言わんばかりに文月が話し始めた。
「この前いっていた山岸先輩の噂聞いたか?」
「噂?」
依頼があって水樹さんと家には行ったが噂なんて聞いていなかった。なので詳しい話を文月に聞く。
あれから山岸先輩はどうなっていったのだろうか。噂になるほどのことを屋良かしているのだろうか。
「いじめていた人たちに頭を下げて回っているんだとよ」
「そうなのか?」
正直、少し驚いた。あの依頼があった日は心理的に僕に謝罪をしたのは理解ができる。しかし、全員に謝りだすとは思っていなかったのだ。その後も文月が興奮気味に話を続けた。
山岸先輩が謝罪をして許す人もいれば逆に殴られることもあったようだ。それでも諦めず、回っているのだとか。急な変わりようにより心配する人も出てくるほどだと。
そんな話を聞いて、あの謝罪はきっと本気だったのだろうと思う。いくら謝罪があろうとも完全に許すことはないが、山岸先輩に会ったらコーヒーでも奢ろうかなと考えていた時だった。文月がニヤニヤしていた。
「なんで変な顔をしてるんだ?」
「……別に~?」
急にどうしてのだろうと考えていたそのときだった。
「よお」
後ろから僕の両肩にドンと手が置かれた。この大学では、ほとんど文月としか話さない。まあ強いて言うならば山岸先輩ぐらいだ。
なのに、今僕の後ろにいるのはどちらでもない。しかしそれは聞き覚えがある声をしていた。驚きながらもゆっくりと振り返る。そこに立っていたのは……
「おはよう、文月、音方」
「え?なんで」
「おはようございます、真白先輩」
僕の後ろにたっていたのは真白さんだった。どうして大学にいるのだろうという疑問に被せるようにして文月の言葉が引っ掛かった。真白先輩と文月が呼んだのだ。
「え?先輩?……」
状況が理解できず二人を見つめる。真白さんはニヤリとしているし、文月は不思議そうな顔をしていた。
「雷人、知らなかったっけ?俺のサークルの先輩なんだよ」
「文月のサークルって確か……テニス?」
「そう。真白先輩ってすごい強いんだぞ」
真白さんってここの大学に通っている人だったんだ。しかもサークルがテニスとは意外だった。
もしかして、この前のカフェで言っていたのはこの事だったのだろうか。
水樹さんが気付いていないとか言っていた気がする。
「文月、悪いんだけど音方を借りていくぞ」
「ああ、了解です。どうぞ、貸し出します」
そう言いながら僕の背中を押す。仮にも人を貸し出さないでほしいと思いながら真白さんについていく。
後ろでは文月が手を振っていた。何か、文句の一つでも言ってやりたいが生憎、思い付かなかった。
しばらく、真白さんについて歩いていると人気のないところで足を止めた。そして、近くのベンチに座る。
「あの、なんでここ大学に通っているって言ってくれなかったんですか?」
「その方が面白いだろ?」
さっきまでの「文月の先輩というオーラ」が消えていつもの真白さんに戻った気がした。なるほどなと思う。
大学ではキャラを作っている訳だ。真白さんは水樹さんと違ってあまり話したことが無いように思う。水樹さんともそんなに話したことはないが……
「音方、ここでは仲裁屋のことは誰にも話すなよ?文月は別だが」
「ここに通っているなら知っているかもしれないですけど、僕は文月ぐらいとしか話しませんよ」
悲しいことに僕は一人だ。全て、変なものが視えるせいで挙動不審な奴だと思われているからだ。だから誰も近寄らないし、僕も近づいていかない。
「なんで、文月とは関わっているんだ?視えることをしっているからか?」
「それもあるし、そんな僕でも受け入れてくれたから……」
文月だけだった。住職である文月の祖父もかつては視える人だったから、受け入れてくれたのだろうがそれでも嬉しかった。
「まぁ、住職が視える人だったからな。能力もあったし」
「え?」
「音方は何も知らないな……住職は確か一日先が視えるだったかな」
一日先って、未来が視えるのか。そんな話は聞いたことがなかった。未来を知っていれば危険を避けることができる。
確かに水樹さんが言っていたように対抗できる力だなと納得をする。住職は未来視で、真白さんは氷属性で雪女をイメージさせる力だった。そういえば水樹さんの能力は知らない。
「要は、文月が視える可能性がある。今は視えなかったとしてもこの先は分からない。だから俺は監視の役割がある」
「監視ですか?」
つい、顔をしかめてしまった。
確かに、文月は住職の血縁者なので可能性はあるだろう。
真白さんは文月をどうするつもりなのだろうか。
何か危険なことにならないだろうか。文月が嫌な思いはしないだろうか。
「監視」の一言で色々なことが思考を巡る。
「怖い顔をしているから、一応言っておくが、何かしようとしている訳じゃない。むしろ、逆だ」
「逆……ですか?」
逆と言われて、思わず首をかしげる。
「もし、文月が視えるようになったとしたら何が起こると思う?」
真白さんにそう聞かれてやっと気がついた。僕と同じ思いをするのか。
挙動不審な人と言われて、悪口、陰口。おまけに、こちらの世界に一度でも踏み入れてしまったら、もう普通ではいられないのだ。追いかけられることもあった。
話しかけられることも。文月に言えてはないが、死にかけることも何度もあったのだ。
そして、昔の記憶がよみがえる。
「なんか、気味悪いよね」
「急に叫びだしたりするもんね」
「両親がいないからかまってもらいたいかわいそうな子を演じているんだよ」
「近くにいるの、なんか怖いよね」
そんな言葉が僕の記憶から出てきて恐怖する。こんなことを文月も言われてしまうのだろうか。あんなに優しいあいつまでもがこんな言葉を言われてしまうのだろうか。自分が言われるよりもずっと怖い。文月は笑っていてもらいたい。
「まあ、予想はできるだろう?そうなったときに対処ができる奴がいた方がいいだろ。人からも怪異からも守れるから」
冷静に真白さんがそんなことを言った。そうだ。誰かがそばにいればなんとかなるかもしれないのだ。真白さんが話を続ける。
「だから、俺はテニスサークルなんてものに入っているわけだが……音方の方が近くにいるだろ。文月のことを少しは気にかけろ」
真白さんはこの話をするために文月から離れて僕に言ってくれたのだろうか。真白さんはいつから文月のことを見ていてくれたのだろうか。そんなことがふと頭をよぎる。
「真白さん……ありがとうございます。意外と優しいんですね」
「ああ?なんか気持ち悪い」
全力で蔑んだ顔をされてしまった。
でも本当に感謝をしている。言葉や態度ではあんな感じだが優しい人だ。
素直じゃないというか、天の邪鬼というか。めんどくさい性格だなと思う。
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