第5話 その後、喫茶店で能力の話を

 

 僕らはそのまま先輩の家を後にした。その間、静かに歩いていたのだが最初の待ち合わせの公園まで来ると水樹さんが口を開いた。


 「音方君、今から時間はあるかな?」


「ありますけど……?」


依頼は終わったのにどうしたのだろうと疑問に思う。そして、一つだけ思い当たった。今回、僕が水樹さんに同行することになった理由だ。


水樹さんのところで働かないかという誘いのことだろう。そんなことこを考えていたら、僕のお腹が鳴ってしまった。


「そういえば、お昼がまだだったね。喫茶店にでも行こうか」


「すいません……」


なんだか申し訳なくなる。そう思いながら喫茶店を足早に目指すのだった。


 カランカランと少し高い音を鳴らしながらドアを開ける。中はコーヒーのいい匂いがしていてなんだか落ち着く。


暖かなその空間に気持ちを落ち着かせながら席に着く。水樹さんの横に真白さんが座り僕が二人と対面するような形で座った。店員さんが水を持ってきて注文を取る。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


「コーヒーを三つお願いします」


「はい。コーヒーを三つですね」


そう言って店員さんが戻っていった。初めて来た喫茶店に少しだけテンションが上がってしまい辺りを見渡す。幸せの匂いが広がる空間。綺麗に磨かれた床とテーブル。


管理された観葉植物……とそこまで見渡して視線を反らした。


その僕の行動に真白さんが反応した。


「あんなところに小物か……祓うか」


そう言って真白さんが席を立った。水樹さんはその様子を見守る。僕も視ていることしかできない。


黒いなにとも形容しがたいものが観葉植物の後ろにいる。真白さんがそれに近づいた。何か黒いのは言っているようだった。


「苦しい……あいつが妬ましい……私は悪くないのに」


そんなことを言っている何かに真白さんが優しい笑顔で言った。


「あなたの未練が消えることを願っています」



そう言った瞬間だった。その黒いものが白い何かに侵食されたようだった。


この現象に理解するのに時間がかかった。侵食ではなくそれは凍ったのだ。


宝石のような綺麗な物体となって消えた。目の前で起こったことに驚いて目が離せなかった。


真白さんは何をしたのだろうか。



 そんなことを考えているとコーヒーが運ばれてきて、真白さんも戻ってきた。


「真白、お疲れ様」


「いえ」


二人は軽い仕事を終えたようなテンションで話している。僕には理解できないようなことが起きたのだが。


驚きながらもポカーンとしていると水樹さんが口を開いた。


「ああ、そうか。音方君は知らない感じかな?驚いているようだし」


「えっと……まあそうですね」


理解が追い付かなくて曖昧な返答になってしまった。まだ凍っていった様子が頭の中で何度も流れる。そして水樹さんが説明をしてくれた。


「いわゆる視える人は、それに対抗する力を持っていることがあるんだよ。絶対でもないけどね」


「対抗する力……ですか」


そんなことは初めて聞いた。僕自身は知らなかったし、使えたことはない。真白さんは氷が使えるのだろうか。


「私も使えるタイプだよ。真白もね」


「俺の場合は氷属性みたいなところだ」


「……なるほど」


そんな人を越えたようなことができるのかと驚いてしまった。


しかし、僕は目の前でその現象を見てしまったので認めざる終えなかった。まだ信じられないという思いはあるがなんだか府に落ちてしまった。


「音方君も使えるのかもね」


「いえ、僕は今知りましたから使うなんて無理ですよ」


「分からないよ?今から使えるようになるかもしれないし」


そう言って水樹さんがニコッと笑う。思わずじっくりと見てしまった。慌てて目をそらす。コーヒーを飲んで誤魔化すができていないだろう。そして水樹さんが再び話し出した。


 「さて、本題だね。今日は少し特殊なパターンだったけど仕事をしてみてどうだった?」


どうと言われても返答に困ってしまう。相手が山岸先輩であったことも原因だが、自分が考えていたおぞましいことがよぎるからだ。あの一瞬、黒い呪いとなった思いに飲まれてしまって、自分が自分ではないようだった。


水樹さんが止めてくれたが僕は山岸先輩がこの世からいなくなればいいと思ってしまったのだ。どんな悪人でも、許せない人でもそう思うことは自分自身が許せなかった。自分のことを殴りたくなるぐらい僕は僕に怒っていたし失望をした気がする。


 そして、考えてしまったのだ。あの黒いものや僕がいつもは襲われているものに苦しんでいる人がいると。


もしも、水樹さんや真白さんがさっきの僕みたいになったらなんて考えてしまったのだ。僕は何もできないけど、知りたいと思った。


あの黒いものや交通事故で亡くなった女の子のようにこの世ならざるもののこと。水樹さんと真白さんのことを知りたい。だから、僕は。


「僕は何も知りません。幽霊とかそんなものも分からないです。だけど、僕は水樹さんや真白さんと一緒に働きたいと思っています」


「分かると思うけど、安全ではないよ?」


「分かっています」


真剣な眼差しで水樹さんは僕を見ている。しばらくの間、沈黙が流れた。危険があるのは分かっている。


だけど、それでも、僕は知りたいと思う。この世界には僕が知らないことが沢山あって、まだ明日を見れるかも知れないから。きっと変わるから。


「……そうか、では入社を認めよう。今後もよろしくね、音方君」


「…………えっ本当にいいんですか?」


僕が驚いてしまった。もちろん本気で言っていた訳なのだが、あまりにも平然と言ったので驚いてしまったのだ。


「何で音方が驚いているんだよ。水樹様がいいって言ったんだからいいに決まっているだろう」


「はは、なんで僕が驚いているんでしょうね」


そんなことを言いながら疑問に思うことがあった。今さらな感じもあるのだが、水樹さんと真白さんに質問を投げた。


「ずっと気になっていたんですけど何で、仲裁屋何ですか?こういった仕事って祓い屋っていうイメージが」


漫画とかのイメージにすぎないのだが、仲裁屋という単語に馴染みがないので気になっていたのだ。


「私は祓い屋というのは、人からみて幽霊が悪だから存在を消すと言っているように聞こえるんだよ。でも、幽霊は悪ばかりではない。だから、あくまでも仲を取り持つ仲裁という形をとりたかったんだ」


そう言って水樹さんが微笑む。その笑顔はどこか遠くにある気がした。僕が見ている世界ではなく、違う景色がこの僕との間にあるようだった。思わず、目を丸くする。


水樹さんも真白さんもここにいないような感覚になるときがあるのだ。間違いなく目の前にいるのだが、気づいたときには煙のようにふわっと見えなくなってしまう気がする。


ここに存在するのが不安定に思えてしかたがないのだ。


「音方君、質問は他にもあるのかな?」


「ああ、そうですね。ありますよ」


一気に自分の思考が消えた。水樹さんに言われて気になっていたことをもう一つ聞く。


「今日の依頼は、何かを仕組みましたか?」


たまたま、僕の知り合いの山岸先輩が依頼主なんてことがあるのだろうか。水樹さんたちが何かを企んだのではないかと思ってしまうのも当然だろう。


「まあ、結論から言うと仕組んだよ。だって彼のことを見かけたことがあってね。音方君がかわいそうだったから」


そう言って説明をしてくれた。ことの発端は最初に水樹さんとあったときらしい。


 「私と真白も音方君が泊まっていた宿にいたんだよね。ちょうど君の部屋の隣に」


「そうだったんですか?」


全然気がつかなかった。どうやら、あの旅館から依頼を受けていて一刻も早くと言われたそうだ。予定の関係上僕らがいるときに仕事に来ていたらしく、山岸先輩を見かけたようだ。


「隣の部屋から打撃音がするし、様子を伺っていたらカツアゲのようだったからね」


「そのときから黒かったからな。水樹様は目を着けていたんだよ」


「なるほど……そうだったんですね」


僕は山岸先輩の家に行くまで気がつかなかったが二人はそんな前から分かっていたのかと少し尊敬する。僕は何も知らないのだ。


怪異から逃げるばかりで、水樹さんが言っていた力も、どうして僕が視える人なのかも知らないのだ。水樹さんたちといることで知れるかもしれない。


僕のことも怪異のことも。


 「その様子だと気付いていないのかな?楽しみだね」


「…………はあ」


「えっ?何がですか?」


急に水樹さんがそんなことを言い出して笑っていた。真白さんは先が思いやられるといった感じでため息をついている。


僕はなんのことを言っているのか分からなくて戸惑うばかりだった。

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