第4話 恨みは形に
文月の寺の事件から一週間が過ぎた。
その後はなにもなかったようで安心をした。代金は住職が払ったようだ。
そして、僕はある場所に向かっていた。約束の時間が近づいているため少し急いでいる。場所は公園で、子供連れが沢山いた。
大学の近くなので僕も来たことがあるところだった。時計を見ると十時になる三分前だった。一応、間に合った。今日は水樹さんと待ち合わせている。
お試しで、水樹さんの仕事を手伝うことになってしまった。できれば、平和に過ごしていためこんな物騒なことには関わりたくない。
今後、関わらないために僕が何もできないことを証明したいのだ。何を思ったのか、水樹さんは僕を雇おうとしている。
なので無能なふりをしようと思う。といっても事実、無能なわけだが。そんなことを考えていると見覚えのある二人が歩いてきていた。
「おはよう、音方君」
「…………」
なんだか、真白さんが僕のことを睨んでいる気がする。前回、初めて会ったときも思ったが真白さんが僕のことを嫌っている気がする。まあ、気にしても仕方ないので笑顔で挨拶をする。
「おはようございます、水樹さん、真白さん」
「いやー仕事日よりだね」
内容が内容なだけに仕事日よりなんてことはないのだが。そんなことを思いながら二人の後をついていく。
「今日の依頼はね、とあるアパートだよ。音方君は見ているだけでいい。仲裁屋の仕事はこの世の者とあの世の者を分けることだ」
「分けるってどう言うことですか?」
いまいち分からないのだ。僕にはオカルトに関する知識はないし、経験もない。基本的には逃げるだけの生活だったので対処法が分からないのだ。
「場合によるとしか言えないけど、いわゆる幽霊と人は過剰に関わる必要はないんだ。どちらも存在するし、それぞれの理がある。しかし、その理を越えてしまったものたちをなんとかする仕事でいいかな」
説明を受けるがそれも分からない。この世の理とはなんなのだろう。それに、前回の少女の幽霊もそうだったが感情があるんだ。
当たり前なのかもしれないが僕にとっては襲ってくる者なのだ。だから、感情や未練などを考えたことがなかった。
怖いし、痛いし、死ぬかもしれない化け物が僕の目の前にいる。
そんなとき、この化け物は今、悲しいかもしれないなんて考えられるだろうか。僕は今まで考えたこともなかった。
だから、少しだけ知りたいと思っている。彼ら幽霊のことを。そんな決意をしながら僕は足を進めるのだった。
「ここだね」
そこは普通のアパートって感じだった。シンプルで花や木が少しだけ植えてあった。見る限りは立派できれいなアパートだ。しかし、一部屋を覗いて。
「あの……」
「どうしたのかな。音方君?」
「今から、あそこに行くんですか?」
「もちろんだよ。依頼だからね」
アパートを見て最初に目が行った。なんか黒いなにかがその一部屋に張り付いていた。その気配が強くて気分が悪くなる。思わず顔をしかめる。
「音方、やめるか?」
真白さんが僕にそんなことを言う。その表情は不適な笑みを浮かべていて、心配なんて顔じゃない。なんか、僕が嫌われることをしただろうか。
「……大丈夫です。行けます」
「あっそ」
真白さんが面白くなさそうに返事を返してきた。そうこうしているうちに水樹さんがインターフォンを鳴らしている。しばらくすると中の人がインターフォン越しに出てくれた。
「…………はい」
その声はとても暗く、本当に生きているのかと疑ってしまうほどだった。
「仲裁屋の水樹と申します。お電話でご予約せれたかと思いますが……」
水樹さんがそう言い終わる前にドアが突然開いた。そんなに困った状況なのだろうか。そう思ったとき、中から出てきた人と目があった。
「山岸先輩……」
僕に散々、酷いことをしてきた人だ。合宿もお陰さまで災厄なものとなった。依頼をしてきたのは本当に山岸先輩なのだろうか。確かに、最近は大学で見かけることはなかった。
しかし、いつものサボりだろうと誰も気にしていなかった。むしろ安心している人が多いくらいだった。
「なんで……音方が」
「ん?知り合いだったのか。音方君は私が雇ったバイトだよ。まあ、とりあえず中を視たいから入れてくれると助かる」
水樹さんがそんなことを言って中に入る。正直なところ中には入りたくもない。先輩の家であることもそうだが、何よりもこの禍々しい空間に一歩も足を踏み入れたくなかったのだ。
なのに、水樹さんと真白さんがどんどん中に入っていった。仕方なく、僕も入る。なんとなく部屋が黒い感じで、吐き気が僕を襲った。
中に入って何とか座る。早くここから出たい。もう、それしか考えられなかったが水樹さんが話を始めた。
「もう一度、詳しく現状を確認してもいいでしょうか?」
「えっと……はい」
山岸先輩がうつむいたまま話し始めた。その表情は見たことがないくらい深刻そうで怯えていた。心なしか顔色も悪いように思う。
ここ何日か、ずっと体調が悪くて、変なことばかりが起こる。何もないところで転んだり、目の端でなにかがちらついたりする。よく思い出せないけど、悪夢を見たり。
そんなことが続いて気が狂いそうだった。だから、すがる思いで仲裁屋を頼った。なぜか音方がいたが。そんな経緯を自分の目の前の三人に語った。
「なるほど……心当たりはありますか?」
そんなことを笑顔でその女が言った。心当たりなんてない。あったら自分で解決いているし、こんなに悩んでなんかいない。なぜか、イラつく。
「ないし、早く何とかしてくれよ!」
山岸先輩がそんなことを叫んでいた。それに対し、水樹さんはニコッと笑っていた。
真白さんは無表情で、僕は山岸先輩が少し怖かった。その山岸先輩の叫び声と同時に、部屋の黒さが増す。
白い壁が真っ黒になり、空気がよどむ。何か、得体の知れないものがこの空間を這いずっているような、不気味ではなまるいほどの恐怖。この状況でも僕の横に座っている水樹さんと真白さんは少しも動かない。
山岸先輩にもこの状態は視えているようで襲いかかる黒い影を手で払おうとしている。
「やめろ、来るな!」
恐怖からか山岸先輩の声は上ずっていて必死に叫んでいた。黒い影はやがて姿を作り上げて人のような形になっていった。顔の表情とかはなく、漠然と人の形をしていた。それらが山岸先輩を囲む。
僕は少しだけ思ってしまった。
いい気味だ。
僕のことを散々な目に遭わせてきた山岸先輩が今、苦しんでいる。殴られた、痛かった、辛かった、取られた、奪われた。
今までの光景が一瞬にして僕の中でよみがえる。
因果応報とはこの事だろう。今、こんな状況なのに震えながら口角が上がってしまう。頬に冷や汗が流れる。人が恐怖して苦しんでいる様を見て、こんな感情になっている自分が怖い。
このまま……
「音方君、そこまでにしておこう。そのさきは言うべきではない」
水樹さんの声にはっとする。そして、今まで考えていてしまってことのおぞましさを実感する。
「まあ、恨みがある人がこの空間にいたら呑まれてしまうのは仕方ないか」
そんなことを言って水樹さんはゆっくりと立ち上がった。続いて真白さんも立っていたが僕は足に力が入らなかった。
「水樹様、俺がやりましょうか?」
「いや、私で十分だよ。巻き込まれないように音方君の方についていてくれると助かる」
「了解しました」
そして、真白さんがこっちに来ると僕を無理やり立たせた。僕は支えられる形で何とか立っている。そのまま部屋の隅まで連れられる。そして、黒い固まりに水樹さんがまっすぐ近づいていき手をかざした。
一瞬、部屋全体が暖かな光に包まれて思わず目をつむる。次に目を開けたときには全て消えていた。山岸先輩とこの部屋を囲っていたものが一欠片もなく消滅していたのだった。壁も真っ白に戻っていて、先ほどまでの体調の悪さも気づけばなくなっていた。
「終わりましたよ~起きてください~」
いつの間にか、水樹さんが山岸先輩の近くにいて頬を叩いて起こしていた。色々なことが起こりすぎて、状況が飲み込めないでいた。水樹さんは一瞬にして黒い何を消し去ったし、僕はうまく立てていないのだ。
「いつまで、俺にしがみついているんだ?もうそろそろ、立てるだろ」
そう言われて気がついたが、僕は真白さんに支えられていたのだ。慌てて、手を話すと自分の足で立てていた。ただ、呆然とその光景を見ていた。五分ほど水樹さんが山岸先輩の顔をペチペチと叩いていると意識を取り戻した。
「えっと……俺は」
どうやら途中から記憶がないようで混乱していた。
「無事に祓い終わりましたよ」
水樹さんが笑顔でそんなことを言っていた。どうやったのだろうと素直に疑問に思う。最初に会ったときもそうだったが、手をかざすと消えていた。どういった力なのだろうか。
「今回の原因は、山岸さんでした」
「俺が原因?」
僕は水樹さんの言葉を静かに聞くことにした。山岸先輩はきょとんとしていたが水樹さんがゆっくりと静かなトーンで話し始めた。
「私は先ほど、心当たりを尋ねましたね?今回のことは山岸せんが招いたことなんですよ」
「……俺が」
水樹さんは少し微笑んで話をしていた。なのに、なぜか怖いと思ってしまう。山岸先輩はうつむいていて目を閉じているのは分かった。そのまま、水樹さんは話を進めた。
山岸さんは色々な人、多くの人から恨みを買った。それだけのことをして、罪の意識も罪悪感も忘れて自分だけがいい思いをしようとしていた。
そんなことをよしとする世の中ではない。その行いがつもりに積もって、恨み、憎悪、敵意が全て山岸さんに向かった。そんな感情が形を成し今回の事が起こった。
そんなことを淡々と語った。確かに、僕を含めて山岸先輩をよく思わない人は多いだろう。大学でも僕だけではなく、無理やり従わせていた人もいたしと納得がいく。それに、いつも僕が襲われてきたソレとは違う気がした。あやかし、幽霊の類いとは違う何かだったのだ。
「…………」
水樹さんの話を聞いて山岸先輩は黙っていた。僕はそんな山岸先輩を見つめる。
「まあ、今回のはそんな思いが溜まりに溜まった呪いみたいなものでしょう。きっと本人たちに呪おうなんて意志がなくても形になってしまった。だから、山岸さんが出きるのは精一杯の謝罪だけでしょうね」
しばらくの間沈黙がこの空間を包む。本人に呪う気持ちがなくても呪ってしまう。あの、黒い人の形をしたものの中に僕の呪いもあったのだろうか。先ほどまでの僕自信のおぞましい考えは、黒い呪いとなっていたのだろうか。
そんなことがよぎり、少し怖くなる。僕がそんなことを考えていると、ここまでほとんど話していなかった真白さんが口を開いた。
「今のまま、繰り返し気持ちを改めないのなら、今回のことと同じことが起こりますよ。いつでも俺らがこれるなんて思わないでください」
「…………」
山岸先輩が何かを言いかけては、口を閉じる。そんなことを繰り返していた。そのまま、しばらく様子を見ていると山岸先輩がこちらにしっかりと向き直った。
「音方……今まで申し訳ないことをしてきた。金も全額返す……許してほしいとは言わない……でもチャンスがほしい」
そう、涙ながらに言葉にしたのだった。僕は、正直なところまだ怒りはあるし許すことはできないように思う。だけど、誰かが許すことだったり、チャンスを与えることから始めないと現状は変わらない。だから、僕はその言葉を紡ぐ。
「山岸先輩の言い分は分かりました。許すことはまだ、できないですけど僕は山岸先輩の行動を見ています」
その後、しばらくの間山岸先輩は泣いていたがやがて泣き止んで水樹さんに依頼料を渡していた
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