第2話 バイト始めます

   

 合宿は結論から言うと無事に終了した。昨日会った、水樹さんが化け物を祓っていたからか心霊写真は撮らずにすんだ。山岸先輩はずっと僕のことを睨んでいた。でも、僕がもうお金を持っていないと思い込んでいるのでこちらには来ないだろう。帰りに使った乗り物関係も事故は起きなかった。水樹さんのお陰なのだろうか。そんなことを考えながらもらった名刺を眺めていた。すると大学内のベンチに座っていた僕に声を掛けてきた奴がいた。


 「よお、合宿は楽しかったか?」


「楽しいわけないだろ」


僕の唯一の友達だ。名前は文月《ふづき》拓真《たくま》。僕と同い年で、サークルはテニスだ。僕とは正反対の性格で、明るく周りからも好かれやすい。こんな僕にも優しく接してくれる奴だ。そして、化け物を僕が見ることを知っている人物でもある。


「やっぱり、幽霊出たのか?」


「出るなんてもんじゃなかったよ。襲われるし、怪我するしで」


でも、水樹さんが助けてくれたから大怪我ではなかったけど。かすり傷で済んだし。


「怪我って大丈夫かよ。この青くなってるのもか?」


「それは……」


文月が言ったのは腕にあった傷だ。これは化け物にやられたんじゃない。山岸先輩に殴られた傷だ。僕が言葉に詰まったことで察したようだ。


「この前言ってた先輩か?そいつの所、連れていけ」


文月が怒っている。こいつはいつも、他人のために怒ることができる。僕にはできないことだ。


「大丈夫。別に大したことないし」


「大丈夫じゃないだろ。先輩だろうと関係ないからな」


ありがたいが、その気持ちだけで十分だ。僕だけならいいけど、文月まで標的にされるのは嫌だ。だから関わらないでほしい。


 「そんなことより、今日は文月の家で遊ぶ予定だろ?早くバスに乗ろう。時間ヤバイぞ」


全力で話を変える。今日は文月の家に遊びに行く予定なのだ。こいつの家は寺でとても大きい。今日は文月の飲食店のバイトが休みらしく遊ぶ約束をしていたのだ。寺だからか化け物もいないので数少ない安全な場所だ。


 「あっ、その事なんだけど……」


さっきまで威勢があった文月が言葉を詰まらす。珍しいと思いながら事情を聞いた。


「家で怪奇現象が起きてる?」


「……うん」


寺でそんなことは起こったことは無いのに。化け物を見たこともないのに。詳しく確認すると、間違いなく出ているだろうと言える状態だった。現象としては謎のうめき声、廊下を走る音、ドアや襖が勝手に開いたり閉まったりする。まあ、定番と言えば定番だがこれが家で起こったら怖いな。僕が行ってもどうにかなるような話ではないが、大事な友人が被害に遭っていることもあり様子を見に行くことにした。

 早速、二人でバスに乗り寺へ向かう。僕にできることがあるかもしれない。どうやっても文月には返せないほどの恩がある。できれば僕の力で何とかしてやりたいのだ。


「なあ、本当に行くのか?合宿で怪我したばっかりだろ」


「本当にかすり傷だから。それに僕が行くことで何か変わるかもしれないだろ」


文月は僕が視える人だと知っているが、本人は全く視えないらしい。だから、僕と文月とでは状況が違う。化け物の反応が変わってくる可能性が高い。最悪の場合、僕に憑いて来させれば文月の身に危険はなくなる。


「まあ、明日には何とかしてくれる人が来るってじいちゃんが言ってたしいいか」


じいちゃんとは文月の祖父で寺の住職だ。何度か会ったことはあるが、優しい人で広い心の持ち主だ。掴めない人でもあるけど。そして、若いときには僕と同じような者が視えていたらしい。それがあってか僕のことは住職も文月も受け入れてくれている。


「何とかしてくれる人って、払い屋みたいな?」


「らしいけど、俺はあんまり詳しいこと知らないんだよな。昔、世話になったとかで……」


住職ともなれば顔は広いのだろう。信用できる気がする。


 そんな物騒なことを話ながらバスを下り、寺へと向かう。バス停から五分ほど歩けば寺に着く。相変わらず立派な入り口に圧倒される。手入れされた庭に、隅々まで清掃された廊下。いつ見ても心が休まる。こんな場所に化け物がいるとは思えない。それに、こんなに優しい人たちに恐怖を与えていることに腹が立つ。


「いつも、どこで怪奇現象が起こるんだ?」


「全部屋で起きるけど、一番起こるのは俺の部屋だな」


文月の部屋が一番起こっているのか。何がしたいのだろう。目的は分からないが文月の部屋に入ってみる。今のところは何も視えない。


「何か、飲み物を持ってくる。ここで待ってて」


そう言って、文月は部屋を出ていった。この部屋に静寂が広がる。住職はいないらしい。怪奇現象も今のところは起きていない。僕一人になればと思っていたが、予想が外れる。


「誰か……いるのか?」


一人の部屋で声を掛けてみる。しかし、返事が帰ってくることもなければ物音すら聞こえない。文月から聞いていた現象は起きなかった。しばらくすると文月が帰ってきた。


「麦茶どうぞ。何か起こったか?」


「ありがとう。何にも」


 来たはいいけど収穫はゼロだ。何も起こらないに越したことはないけど。それから、大学の勉強をしたりゲームをして過ごした。日もくれ始め、辺りが暗くなってきた。


「どうする、帰るか?」


「できればなんだけど、今日は泊まってもいいか?」


まだ、何もできていない。それに、何か遭ったときに視える人がいた方が安全だ。正直に言うと僕も怖いけど。


「泊まるのは全然いいけど、怪奇現象が起こるかもだぞ?」


「それでもいい。明日には何とかしてくれる人が来るんだろ?」



明日まで文月たちを守れればいい。そのためにもここにいたい。最悪の場合、明日には助けが来る。


「まあ、来るよ。でも、正直泊まるって言ってくれて助かった」


「何で?」


文月はほっとした表情をしている。まあ、怖いだろうし人数が多い方が心強いだろうけど。


「じいちゃんが明日まで出張なんだよ」


「えっ?」


つまり、僕と文月しかこの家にいない。住職がいるだけでも安心感が違うんだけどな。でも、僕が泊めてくれと言わなかったらここに一人で残るつもりだったのか。


 「じゃ、カレーでも作るか。じいちゃんいないし、俺らで夜ご飯を作らんと」


状況を理解しているのか、いないのか、文月は笑う。化け物が出るかもしれないという状況で呑気にカレーを作ろうとしている。


「今日は僕の家に泊まるとかしてここから出たらいいんじゃないか?」


「でも、留守番を頼むってじいちゃんに言われたから」


住職に言われたのか。だからって身に危険があるのなら仕方ないと思うけど。


「いつも、家を空ける時はそんなことを言わないんだよな。だから気になるなって」


 そう言われると気になる。確かに留守番を頼むなんて言う人じゃない。家を空けていたとき僕と文月が遊ぶこともあった。何か狙いがあるのかもしれない。とりあえず、二人でカレーを作ることにした。


 「俺は食材を切るから、米を炊いてくれ」


「了解。どのぐらい炊く?」


何度もここに来ていると言ってもキッチンで作業してことはない。炊飯器の操作も分からないが、量を聞く。


「二合ぐらいでいいんじゃね?余っても何とかなんだろう」


「二合な」


操作はいまいち分からないが見たら分かるだろう。お米を洗ってセットする。何分かしたら炊けるだろう。


「終わったよ。次は何をしたらいい?」


「じゃがいもの皮を剥いてくれ」


「ん、了解」


そんな感じで協力しながらカレーを作った。出来は良かった。


「男、二人で作ったにしては美味しそうになったな」


カレーのいい匂いがしている。簡単って言っても出来上がったら嬉しいものだ。僕は一人暮らしなのでご飯を作ることは多いが、誰かと作った達成感は大きい。


「仕上げにこれを入れれば……」


「何を入れたんだ?」


熱々の華麗に文月が何かを入れた。隠し味的なことだろうか。


「いいから。冷めないうちに食べようぜ」


促されスプーンを用意して移動する。文月の部屋に行くのだ。何を入れたのか分からないが食べてみたら分かるのかもしれない。


 「いただきます」


手を合わせて食べ始めた。


「うめー、やっぱりこれが一番美味しいカレーだよな」


「……」


不味くはないのだが、辛すぎる。何を入れやがったんだ。


「どうした?」


「水あるか?」


舌が焼けそうだ。それくらい辛い。もらった水を飲み干す。熱いのもあって辛さが倍増している。


「じいちゃんも辛いって言うんだよ。そんなに辛いか?」


「逆に辛くないのか?舌が焼けるかと思ったよ」


水を飲みながら何とか食べるしかなさそうだ。その後も食べ進める。よほど美味しかったのか文月はおかわりをしていた。僕の最初の皿がまだ空いていない。やっと半分ぐらいだ。


「うまかったな……」


文月が何かを言い掛けたとき部屋の電気が消えた。視界が闇に包まれる。寺と言うこともあり外は広い庭。月明かりしか光源になるものはないがあいにく、今日は曇りだ。


「……停電か?」


「多分。一応ブレーカーを見てくる」


二人でスマホを手探りで探す。物を倒さないように気を付ける。先にスマホを見つけた文月が地面を照らし僕もスマホを見つける。


「サンキュー」


「じゃあ、ブレーカーを探しに行こう」


文月の部屋を出てブレーカーを見に行く。今日ばかりはこの長い廊下に苛立ちを感じる。静かな廊下で文月が話し掛けてくる。


「このタイミングで停電ってやっぱり……」


言葉を詰まらす。その先を言わなくても想像はつくだろう。僕も文月と同じ考えだ。でも、認めたくない。


「まだ、分からんだろ。ブレーカーが落ちただけかもだし」


他の可能性を言う。怪奇現象であるとは言いたくなかった。あと少しでブレーカーがあるところにたどり着く。そんな希望が遭ったときだった。



 「お兄ちゃん…………あーそーぼ」



子供の声がした。それも耳元で。全身の鳥肌が立ち、二人は廊下の真ん中で固まってしまった。姿は見えなかったが女の子の声だった。こんな夜中に子供がいるわけがない。文月がこちらをゆっくりと振り向く。


「……これって……出たのか?」


しっかりと顔は見えないが青ざめているのが分かる。声も震えていた。


「大丈夫だ。何とかする」


小声で話ながら文月を落ち着かせる。


「……お兄ちゃんが二人もいる。嬉しいなー……じゃあ、かくれんぼしよう。心優《みゆ》が鬼をやるね。十秒間あげる」


心優と名乗る女の子がカウントダウンを始める。同時に僕と文月が走り出す。


「じゅーう……きゅーう……」


何でかくれんぼなのか分からないがするしかないのは確かだろう。全身から汗が吹き出る。とにかく隠れる場所を走って探す。


「はーち……なーな……ろーく」


どこに隠れればいいんだ。広いと言っても建物。隠れる場所なんて限られる。


「おい、雷人。別れて隠れるぞ」


そう言って僕の返事も待たないまま文月がどこかに行ってしまった。


「ごー……よーん」


僕もそろそろ隠れないとまずい。走り回ってどこの部屋なのか分からないが押し入れに入る。


 「さーん……にーい……いーち……ゼロ」


カウントダウンが終わった。押し入れの隅で小さくなりながら口元に手をあてる。恐怖のせいか走ったせいか心臓の音と呼吸音がうるさい。文月はちゃんと隠れられただろうか。僕の体が震える。僕よりもきっと文月の方が怖いはずなのに。何か、解決策がないかと恐怖心を押さえながら考える。



……ぎい……ぎい……



 廊下がきしむ音が近づいてきた。心臓がこれまでにないくらいうるさく動く。そのせいか少しくらくらとめまいがする。そして、この部屋の襖が開いた。


「お兄ちゃん……いないの?」


全力で息もできないぐらい口を塞ぐ。一分ぐらいが経っただろうか。女の子の足音が遠ざかる。何とかなったみたいだ。文月が心配だ。改めて解決策を考える。そして、僕のポケットを探った。一枚の名刺を取り出す。合宿で助けてもらった水樹さんの名刺だ。女の子の様子を伺いながら電話を掛ける。


 「もしもし、水樹さんですか?」


これ以上ないくらいの小声で話す。幸い、今のところは女の子に気づかれていないようだ。


「はい、そうだけど……音方君、どうしたの?」


良かった。出てくれた。水樹さんに事の経緯を説明する。


「と言うわけで夜中なんですけど助けてほしいです」


「了解。今、近くにいるから十分ぐらいで行けるよ。もう少し我慢しててくれ」


「……はい」


これで何とかなりそうだ。十分間だけ見つからなければ助かる。スマホをしまって息を殺す。文月が無事でいることを願いながら。過去一、願ったかもしれない。早く水樹さんが来ることを。十分が経過すること、文月が無事でいることを。必死に願う。


 電話をしてから七分が経過した。きっとこの近くには来ているのだろう。あともう少しだ。そう、少し気が緩んだときだった。



……ぎい……ぎい……



再び廊下がきしむ音が聞こえた。またこの部屋に近づいてきた。あと少しだと自分に言い聞かせる。暑い押入れの中、酸素が薄くなったように吸えない。この部屋の襖が開く。


「……音方、いるか?」


文月の声だ。ゆっくりと襖を開ける。そこには文月が立っていた。無事だったのかと安心する。


「良かった、無事で。あいつは?」


女の子に見つからずに来ることができたのだろうか。何とかして撒いてきたのだろうか。色々な疑問がよぎる。


「…………」


「文月?」


黙ったままうつむいている。なんだか様子が変だ。文月に近づこうと手を伸ばす。その手を文月が強く掴んだ。


「……文月?」


「……もう一人のお兄ちゃん……見ーつけた」


文月じゃ……ない。そう思ったときには文月の姿をした何かに首を掴まれていた。苦しくて声も出せない。足が地面を離れてバタつくことしかできなかった。


「お兄ちゃんもこっちに来て遊ぼう?」


霞む視界で見渡す。文月の口角が上がり笑う。きっと意識を乗っ取られているのだろう。早く水樹さんが来るのを祈る。じゃないと、文月が危ない。そう思っているのに抵抗する力が減っていく。


 薄れる意識の中、白い何かが飛び込んできた。それを認識したときには僕の体は地面に座っていて息ができるようになっていた。


「音方君!大丈夫か」


水樹さんの声だ。僕は助けが来たことに安心したのか意識を失ってしまった。




 「学校が終わったらいつもの公園でかくれんぼをしよ」


「うん。約束だよ、心優ちゃん」


 「約束ね」


皆で約束した。だから、急いで家に帰ってランドセルを置き公園にむかった。早く皆と遊びたくて走って向かった。急いでいたから、左右の確認を忘れてそのまま死んじゃった皆と約束して遊びたかったのに。


死んだら終わりなんだよ。


声を掛けて視えていないみたいに無視された。


友達のところに行ったら、私の写真を見て泣いてた。


最初は白いお花がきれいなのに何で皆が悲しそうなのか分からなかった。


お母さんもお父さんも泣いていて、お花の中心には私がいた。


「……私、死んだんだ」

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