仲裁屋が参ります
天鬼彩葉
第1話 仲裁屋が参りました
僕は、音方《おとかた》 雷人《らいと》、大学二年生。非モテ陰キャの大学ライフを送っています。そんな僕は今、必死に走って山を駆け降りています。事の発端は二週間前に遡る。
山奥の旅館にサークルの関係で泊まっていた。僕が所属しているのは写真のサークルだ。一年生の歓迎会を目的とした合宿に来ていた。全員参加では無かったので、来る気はなかったのだが山岸《やまぎし》先輩に言われて来ることになった。
「音方、次の県外での活動来るよな?」
面倒な先輩に絡まれた。弱そうな人を見つけては従えている。だから、基本的には逆らえないし、逆らう奴もいない。しかし、僕はどうしても行きたくないのだ。
「えっ、行かな……」
僕の声に被せるように先輩は言う。
「来るよなあ?」
「……うん」
強制的に行くしかなかった。行かなかったらどうなるか怖いし、仕方ない。きっと何かを企んでるんだろうと分かっていても逆らえない。
僕には行きたくない理由があった。もちろん、この先輩も嫌いだ。しかし、一番の原因は僕自身にある。僕はいわゆる視える人なのだ。この世に存在しない存在。神、妖怪、幽霊、怪異。色んな呼び方をされるものたちが視えてしまうのだ。僕が一年生の時に行った合宿では散々な目に遭った。夜は悪夢で寝れなかったしメインの写真は全て心霊写真になっていた。
移動のバスは事故りそうになったし。楽しむどころか疲れきって終わった。そんなことがあったので今年は参加しないと心に決めていたのだが山岸先輩に目をつけられてしまった。そんな流れで参加することになった合宿。
二週間前の僕に言ってやりたい。山岸先輩より怪異の方が危険だと。真夜中に旅館を抜け出し襲ってくる怪異から逃げようと走る。ただ、視界を横切るだけなら無視も出きるが殺しにかかってくる奴らも多い。だから、二週間前の僕を呪いながら走っているのだ。
「誰か、助けて!」
怪異の声だけが騒がしく響くなかで僕は叫んだ。助けてくれる誰かなんているはずがない。こんな夜中に山奥をうろつく人なんていない。頭では分かっていても、息を切らしながら必死に叫んだ。後ろから怪異の声が迫ってくる。
「待って、殺してやる」
「美味しそうな、人間。逃がさない」
「その短い手足で逃げれるつもりか」
人の形ではない黒い塊のようなものが押し押せる。木々や岩にぶつかり傷だらけだ。月明かりを頼りに進むが視界が悪い。それでも怖くて、死にたくなくて必死に足を動かす。険しい山道を降り続けていた時、何者かが正面から走ってくる音がした。正面から挟み撃ちになるのはまずい。そう思った瞬間、僕の上を飛び越えた何かがいた。思わず、振り返る。それは、人の姿をしていた。暗くて、どのような人物なのかは見えない。
「少年、伏せてろ」
透き通った女性の声が聞こえた。僕を飛び越えていった人だ。よく分からないがしゃがむ。そして、後ろの様子を伺った。黒い化け物の前に女の人が立っていた。はっきりしない視界で少しでも情報を得ようと目を凝らす。黒いストレートの髪に藍色の羽織を着ている。彼女は真っ直ぐと化け物の元に向かう。
「なんだ、小娘が」
「お前も殺してやる」
「美味しそうな人間」
化け物が女性を襲おうとしている。僕はその場で叫ぶ。
「危ない!」
届きもしない手を彼女に伸ばす。仮に届いても何もできない。その瞬間、眩しい光が僕を襲った。目を瞑ってしまって何が起きたか分からない。ゆっくりと目を開いて様子を伺う。
化け物たちは消滅していて先程の女性だけが立っていた。起こったことが瞬時に理解できず固まってしまった。
「…………あっ、助けてくれてありがとうございます」
しばらく思考を巡らせて、やっと感謝を伝えた。僕が声を掛けると女性はゆっくりと振り向きこちらに歩いてきた。
「無事でよかったよ、危ないところだったね」
先程まで視界が悪く見えなかったがすごくきれいな人だ。艶のある黒髪に真っ白な肌。長いまつ毛にきれいな目元。白いブラウスに藍色の羽織を着ていた。年齢は僕と同じぐらいだろう。しばらく彼女を見つめてしまった。
「少年、よく見たら傷だらけだね。少し降りたとこに車が停めてある。そこなら応急処置ができるから行こう」
「命を助けてもらったのにそこまでしてもらうのは悪いです。こんな傷ぐらい大丈夫なんで……」
傷と言っても、そんなに深くもないし血もすぐに止まる程度だ。これくらいなら自分でもなんとかなる。感謝を伝えて旅館に戻ると思う。
「血の匂いに反応して集まって来ると思うけど?遠慮は要らないから着いておいで」
手を引かれて付いていく。また、襲われても嫌だし傷だけ何とかしたらすぐに戻ろう。旅館のメンバーにいないことがばれるのもめんどくさい。それに、さっきみたいに化け物が襲ってきたら、この人に迷惑が掛かる。
しばらく二人で歩く。
「そういえば、名前言ってなかったな。水樹《みずき》渚《なぎさ》だ。よろしく」
「音方雷人です」
早くこの人から遠ざからないと化け物が来てしまう。そればっかりが頭をぐるぐるしていて会話に集中できない。ここから見える範囲にはいないようだ。辺りを見ながら進む。
「音方君は日頃から視えるタイプの人だろう?私もなんだよ。だから、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」
なんか、自分の思考を覗かれたようだ。
「ありがとうございます」
お礼を言って水樹さんに付いて歩く。
「着いたよ。一旦、中に入ってもらっていいかな?ああ、さらったりしないから安心していいよ」
「あっ、ありがとうございます」
一応、頭を下げてから乗り込む。普通の黒い車だ。僕を中に座らせると水樹さんは救急箱を取り出した。そして、傷を消毒し、絆創膏や包帯を巻いてくれた。
「困ったことがあったらここに連絡して。音方君は狙われやすそうだ」
そう言って名刺をくれた。シンプルなデザインに水樹 渚という名前と電話番号が書いてあった。一見普通の名刺なのだが、一ヶ所気になるところがあった。
「……仲裁屋?」
そこには仲裁屋と書いてあった。何を表しているのだろうか。
「そう、仲裁屋。人ならざる者と人の仲裁を仕事としている。今日も仕事でここに来たら君が襲われていて助けたってとこだ」
人とそうじゃない者の仲裁を仕事にしている。理解できなかった。さっきみたいに襲ってくる奴も多い。そんな危ないことをしている人がいるのか。僕みたいな人を助けている人がいるのか。
「これから、仕事の続きに行かなくてはならないから少し休んだら安全所まで帰るんだよ。送ってやれなくてすまない。何かあったら気楽に連絡してくれ。じゃあな」
そう言って走っていってしまった。あっという間に姿は見えなくなってしまった。一応、ありがとうございましたと書いたメモを残して旅館に戻った。
誰にも見つからないように自分の個室に戻る。慌てて逃げたから鍵は掛けていない。ドアを開けて電気を付けようとした。しかし、何者かに目元と口を塞がれた。抵抗するが体格に差があり逃げられない。そのまま、部屋に押し込められる。そして、両腕を広げるように捕まれる。相手は複数いるようだ。誰かに視界を遮られているので見えなかったが、眩しい光が僕を迎えた。
電気が付いていて、数人の男が僕を囲んでいた。僕の正面には山岸先輩が立っていた。
「よお、音方。夜中にお出掛けか?」
「……」
よりによって、一番見つかってはいけない人に見つかってしまった。僕を捕まえているのは従わされている人たちだ。この人たちも無理やりなのだろう。
「俺は優しいからな、黙っててやるよ。だから、さあ分かるだろ?」
山岸先輩が僕に向かって手を出してくる。おそらく、口止め料を出せと言うことだろう。ニヤニヤしながら僕を見ている。正直、困った。ばらさせるのも困るがお金を出すのも嫌だ。
「山岸先輩に渡すものなんてありません。どうぞ、ばらしてください」
渡すぐらいなら、こっちの方がましだ。先輩の顔が僕を睨んだ後、笑った。
「そうか……お前らしっかり掴んでろ」
予想通り殴られた。さっきの傷もあって痛い。僕の鞄をあさり、財布を持っていった。
水樹さんにあったときは、こんな世の中にもいい人はいるんだと希望が持てた気がした。しかし、僕の回りには人じゃない者と悪人しか集まらないのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます