第43話 王宮のアレクシス



 それからは、怒涛の日々が続いた。


 あの晩、テンダー伯爵家の側妃から三親等が速やかに拘束された。

 王の強権を行使するということは、法を上回る刑罰を聴取や裁判などの法的な手続きなしに行使することだ。三親等の内には加担していないものも、加担の度合いが死罪に見合わないものもいたであろう。それがもたらす意味を国王は、アレクシスとヴィヴィアンに問うたのだ。


 また、側妃に加担していたライザの両親は拘束され、テンダーと同じく、斬首刑待ちとなった。また、ライザの一族は、爵位剥奪、財産と事業は国有化された上で、財産はマイヤーに、事業はシャッツェに下賜された。


 ハンスは、五年間の投獄が決まった。相当な温情だ。

 ライザに至っては、元々、実家から捨て駒扱いされていたおかげで、悪事らしい悪事には手を染めておらず、身分と財産の没収だけという制裁となった。



 問題は、イーサンだった。

 リリーの情報によって大凱旋門で先に拘束されていたことで、斬首刑を言い渡された他の係累とは別に聴取がされた。それによって文字通り、イーサンは首の皮一枚で繋がった。

 元々、側妃の悪行には加担しておらず、国王からそれを暴くことを求められていたのだが、母に対し非情になり切れなかった。

 しかし、母だけでなく、ライザをも逃がそうと情をかける始末で、これは国王の不評を買った。



 そのイーサンの処罰は、アレクシスに一任された。法に抵触テンダー伯爵家の一人と見るか、第二王子の立場を尊重するか。





 進退が決まるまでの間、イーサンは王宮の一室に蟄居している。


 側妃らの刑の執行まであと三日となり、アレクシスは重い足取りでイーサンの部屋へ向かう。



「兄上…」

 イーサンは、アレクシスの姿を認めると呟いた。

 二週間余りの間に頬はこけ、自信と野心に満ちたイーサンの面影は失われていた。



「…」

 アレクシスは振り向かずに窓際に向かう。


「あなたにはわからないでしょう。欲にまみれた母やその一族への嫌悪と、自分の野心に悩んできた私の気持ちなど。あなたは、いつも正しい人に守られ、正しい道を用意されてきたのだから。」

 イーサンは、怒るでもなく、淡々と告げた。


「僕がそれを理解していたとしても、君がしたことも、しなかったことも…事実は変わらない。」


 二週間前と、王宮から見える景色は変わらない。国の中枢で多少の入れ替わりがあろうと、王政が続く限りは国民の生活は変わらない。

 王制を維持できているのは、この国が時代の流れに合わせて少しずつ近代化し、自由主義的な制度、憲法を組み入れながら変化しているからでもある。



「私の今後は…兄上の一存だと。」

 この弟が、この世の中の流れにどこまでついて来れるのか、まだわからない。しかし、王室がその教育に投資してきたのも事実だ。


「ここで命乞いをするつもりか?」

「いえ…」



「ならば、何ができる?」

「国への貢献を。」

 静かにイーサンが答えた。



「海外県の総督のポスト、これが最大の譲歩だ。場所は期待するな。」

 実質は、海外県での軟禁だ。

「寛大な処置に、深謝いたします。」

 イーサンは、アレクシスの元まで近づいてきた。護衛が一歩踏み出す。


 イーサンは、アレクシスの足下に跪いた。






 そして、イーサンは、王籍を抜け、王位継承権を剥奪され、改めて一代限りの公爵位が叙された。これも何ら地位や権力の伴うものでもなく、単なる名目に過ぎないものだ。


 イーサンが罪に問われ、婚約が白紙になると見越していたリリーだったが、表向きには罪を問わなかったため、穏便な婚約解消として取り扱われた。

 つまり、王妃教育に掛かった経費を差し引いた上で、ティグリス宰相家が出した持参金の一部が返還され、婚約した事実もリリーの経歴に残った。

 王太子を諌められなかった王太子妃候補の責任を、国王がティグリス宰相家に求めた結果だ。


 その一方で、リリーは外交研究員補ではなく、外交研究員としての採用が決まり、リリーに不満は残らなかった。

 王家と宰相家の貸しと借りを清算した形になった。


 宰相自身は、リリーがイーサンに嫁がぬならばと、アレクシスの正妃にと推したが、アレクシス達が先に手回ししたヴィヴィアンとの婚約が優先され叶わなかった。それならばと、ヴィヴィアンの後見人に名乗りを上げたが、マーリンとシャッツェとの契約に阻まれた。


 宰相には、何の利もなくなったが、リリーのアレクシスに対するこのは、将来、自分が外務大臣になることで返されるだろう、とリリーが国王とアレクシスの前で父を説得し、話を収めた。

 国王とアレクシスは苦笑したが、リリーのその交渉スキルは、外交の場面で発揮されるだろうとして、何も言わなかった。







 そして、アレクシスがイーサンを訪ねた後、王都の処刑場で、テンダー伯爵家15名、オルト子爵家2名の処刑がひっそりと行われた。


 ヴィヴィアンまで立ち会う必要はないと言ったが、見届ける義務がある、と言って譲らなかった。

 気丈にも涙の一筋も零さず静かに見守った。同じく立ち会った国王も、ヴィヴィアンのその胆力には驚いたようで、終わるとヴィヴィアンの肩を抱きに来た。


 帰りの馬車で、ヴィヴィアンは、近い将来、全ての処罰を法に則って執行すること、連座制ではなく、一人一人の罪に合わせて処罰することを誓った。

 法の整備が間に合わない部分において、こうした王の強権や、連座制が担っていた機能があることは承知の上でだ。





 とヴィヴィアンは、第五学年の末までは学院に在籍することになり、ヴィヴィアンは単位取得完了による卒業となる見込みだが、シャッツェ侯爵家での淑女教育、王宮での王妃教育があり、殆ど通学はできない見込みだ。

 ヴィヴィアンの担っていた婚約破棄案件については、大方のケリはついていたものの、ルルが希望して引き継いだ。


 また、卒業要件に足りない単位は法学の論文を出して補うこととなり、アレクシスと顔を合わせるのは、夜、アレクシスが眠る前の一時だけだ。


 以前と違うのは、ヴィヴィアンがアレクシスの部屋を訪ね、口付けを交わすと、ヴィヴィアンは自室での勉強に戻ることだ。



 アレクサンドルがアレクシスであることの公表は卒業まで延ばされ、その後、王太子アレクシスとして社交界に戻る。

 ヴィヴィアンがシャッツェの養女となるのも同じ時期を予定している。

 それまでに不足を補うため、ヴィヴィアンは寸暇を惜しんで準備している。





 ヴィヴィアンがアレクシスの部屋を訪ねるようになってすぐ、ヴィヴィアンの部屋を移した。

 というのも、夜更けにヴィヴィアンが寝衣のまま、廊下を歩くのは問題があり、アレクシスの寝室と内扉で繋がる空き部屋へと引っ越した。

 二人の婚約発表まで数ヶ月あるが、アレクシスの秘密を守り続けた離宮内であれば、この程度の秘密は守られる。それに、離宮内の誰もが、明け方近くまで灯りを点して勉強しているヴィヴィアンを心配しているほどだ。




 その晩も、ヴィヴィアンはアレクシスの部屋を訪ねてきた。



 日に日に、その所作は磨かれ、アレクシスも目を奪われる。


 ヴィヴィアンの部屋でしていたように、長椅子に腰掛ける。


「ヴィヴィ、また少しやつれた。もう少し、睡眠取れない?」

 二人の時間は、お作法を忘れてよいと決めたヴィヴィアンはあくびをかみ殺しながら、アレクシスに持たれかかる。


「あと、一週間で論文の締め切りだから、そしたら、気が済むまで眠るつもり。」

「何か手伝う?」


「校正は、アンナ様が手伝ってくれているし、大丈夫。」

「抱きしめて労おうか?」

 アレクシスは長椅子に横に座り、足の間にヴィヴィアンを抱き寄せた。


「だめ、温かくなると、寝ちゃう。」

 ヴィヴィアンはもぞもぞと、アレクシスの腕から逃れようとする。

「半刻だけでも寝たら、すっきりするだろ。」



 返事の代わりに、寝息が聞こえてきた。ものの十秒足らずだ。

 限界まで、努力し続けるヴィヴィアンを寝かせようと、起こさないよう、ゆっくりと手近にあったブランケットを掛ける。


 そして、腕の中のヴィヴィアンをそっと抱きしめた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る