第42話 大凱旋門のヴィヴィアン



 離宮で仮眠を取った後、アレクシスと共に大凱旋門が見える宿屋に来た。同じ宿に、第二騎士団も待機している。


 リリーの読んだ手紙が、そのまま相手に届けられ、イーサンが現れるかもしれないからだ。

 リリー曰く、渡し間違えた事実はイーサンには報告されないだろうと言う。そんなことを報告すれば、配達した使用人自身の首が飛ぶからだ。


 アレクシスの懸念は、手紙の相手がハンスだった場合、ハンスは昨晩から拘束されているため、手渡すことはできず、この場所には誰も来ない、ということだ。

 ライザだった場合でも、一度封蝋を切られたのを見抜かれないとは限らない。

 また、どちらが相手でも、イーサン本人が現れなかった場合は、イーサンの関与を証明できない可能性がある。



 ライザであるとしても、イーサンがライザを逃がす手助けをする理由がはっきりしない。そこまで、ライザに肩入れしていたのだろうか。

 アレクシスにとってのヴィヴィアンが、側から見れば捨て駒に見えるのと同様、イーサンにとってのライザも、切り捨てられる存在だ。



 アレクサンドルにとって、イーサンは排除せねばならない相手だが、アレクシスにとっては、必ずしも排除は必要ないのではないかと思う。


 宿の暗い部屋の窓辺で、アレクシスはオペラグラスを覗いて立っている。


「僕が病弱だと偽って、表舞台に出なかった理由。言ってなかったね?」

 アレクセイがオペラグラスを覗いたまま、ヴィヴィアンに話しかける。


「うん。」

「側妃側から、毒を盛られたり、刺客を送られたり、暗殺未遂が絶えなかったからだ。イーサンは、玉座に執着している。だから、イーサンを野放しにできないんだ。毎日、怯えながら暮らすのは辛いだろう?」


「そうだったの…」

 語られない過去に何があったのか、想像できるものではない。国王が、第一王子とヴィヴィアンとの婚約を承知したということは、王太子の座に本来の第一王子をすげ直すつもりだからだろう。


「欲深いが、イーサンは優秀だ。ただ、その母は、王族としての良識が欠片もない。国母には不向きだ。イーサンにとっては、それが致命的なんだ。どこまで、母の影響を受けずにいられるかわからない、そんな国王は誰も信頼しない。」


 敵の敵は味方とは限らない、イーサンの言葉は、母と同類ではない、という宣言だったのかもしれない。





「行こうか。」

 アレクシスがオペラグラスを置き、ヴィヴィアンに手を差し出す。

 窓の外では、二つの馬車が第二騎士団に取り押さえられていた。







 小雨の降りしきる夕暮れ、一つの馬車には、ライザが後ろ手に縛られ、拘束されて項垂れている。

 もう一つの馬車には、イーサンが同じく後ろ手に縛られて拘束されていた。


「弟よ、不覚だな。」

 アレクシスがイーサンに言った。


「やはり、兄君でしたか。弟ではないと、疑っていましたがね… 」

 アレクサンドルがアレクシスである、とイーサンは気づいていたようだ。特段、驚きもしない。


「言いたいことはあるか?」

「親の罪は、子の罪ではない。それだけです。罪は犯していませんよ、我々は。」


「そうであれば、そのような沙汰になるだろう。」

 アレクシスが告げると、二台の馬車は騎士団に警護され、出発した。







 アレクシスとヴィヴィアンも別の馬車で学院近くの小屋へ向かう。途中、王宮から側妃の馬車が出たと早馬が知らせに来た。昨晩、ハンスの言った通りだ。


 小屋には、第二騎士団が待機しており、近くでミックとルルもヴィヴィアン達の到着を待っている。



 小屋に着くと、側妃が小屋の中で拘束されたところだった。アレクシスとヴィヴィアンが馬車を降りると、王家の紋章入りの馬車が到着する。


「ヴィヴィ、こんな場所で、こんな状況で申し訳ないが、父を紹介する。きみの義父になる。」

「…国王陛下ね。」


 馬車の扉が開くと、アレクシスも膝を折る。ヴィヴィアンは、アレクシスより深く最敬礼のカーテシーを取った。



「ご苦労。雨の屋外だ。直りたまえ。ヴィヴィアン、積もる話は王宮に戻ってからしよう。今は、アレを片付けよう。」


 国王が先に小屋に入り、アレクシスとヴィヴィアンもそれに続いた。



 小屋に入ると、地味な装いの側妃が椅子に拘束されていた。側妃は国王の顔を見ると、全て悟ったかのように黙って俯いた。

 国王は、近寄るでもなく、側妃に話し始めた。


「過ぎた真似をしたな。その欲深さは身を滅ぼすと諫めるのは何度目だ。しかし、それも今日限りだ。未来に禍根は残せぬ。三親等斬首刑。以上だ。」



 国王は、身を翻した。

 そして、アレクシスとヴィヴィアンの前で立ち止まる。


「人を裁くことの重みを、覚えておけ。法でなく、一存で裁く重みをな。」


 国王は立ち去った。



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