第38話 集まれば文殊の知恵
「決定打がない…」
ヴィヴィアンが呟く。
翌日の昼、離宮の客間に一堂が会した。
長椅子にニールとアンナ、ミックとルル、一人掛けの椅子にルーカスとミーレ、そしてアレクサンドルとヴィヴィアン。
このメンバーで初めからキックオフしていれば、いろいろな問題やすれ違いは起きなかったのに、情報を一人で処理しようとしたアレクサンドルが悪い、とヴィヴィアンから責められた。
前日の調査で、ハンスが学院のすぐ近くに借りた小屋、実験道具などを保管する目的と見られるもの、で試験薬の陽性反応が出た。その小屋でヴィヴィアンが中毒となった薬が生成されたということだ。
ヴィヴィアンは、ダルメイヤー教授に定食屋に連れて行ってもらったことがある。その時、ハンスが学院近くの小屋に入るのを見かけた。その時は、教材などの倉庫が敷地の外にあるのか、と勝手に納得していた。
ルルが昨夜調べた結果、小屋の建っている敷地はライザのオルト家、建物はテンダーに所有権があり、ハンスが使っていた。
また、ホールのクロークを使って教団が売買しようとしていたのも、同じ薬だった。
ミーレとルーカスによると、薬の成分は民間療法でも使われている生薬と同じ植物から抽出されており、フレスカ紹介が取り扱っている。王都近郊ではフレスカ商会しか扱いがない。
成分が同じでも抽出方法が一般的なものとは異なっていた。また、アルコールと混合させて飲用するのと、ヴィヴィアンのように気体で吸引するのとでは、身体への影響が異なることもわかった。
ミックの調査でヌエバ・テポウワィーテス商会がオルトとテンダーの共同名義であったこと、ハンスが別名でテポウワィーテスに工場を作ろうとしていることも、皆に共有された。
これは、国内の製造の取り締まりを恐れた対策だという見立てだ。ハンス名義で工場設立となっているが、資金はオルトかテンダーが出していると思われる。
さらに、ここ数日のアレクサンドルの調査で、フレスカ商会の取引のいくつかに、側妃の署名が使われていたこともわかった。
ヴィヴィアンは、紙にメモを書き連ねる。
-
ハンス 未許可の薬品製造*
-
オルト家 土地の不正転貸* 薬品輸入#
側妃 原料輸出# 製造設備建物の所有 原料販売# 薬品輸入#
「今の法だと、ハンスを薬品製造違反でしか捕らえられない。オルトは、薬品製造設備と知っていて土地を貸していたなら違法な土地取引になるけど、罰金程度。側妃に至っては、何も違法性がない…」
「ヴィヴィ様、この印は?」
ルルが横からメモを覗く。
「今の法律で裁けるものと、法改正しないと裁けないものに分けたの。」
なるほど、とルルが頷いた。
ヴィヴィアンを見る。
「ヴィヴィ、どう思う?」
「さっき、吸引すると中毒性が高まると、ミーレ所長が仰ったけど、生成段階で吸引してしまうのではないか…と。もしかしたら、もう中毒症状があるんじゃないかな… 所長、私みたいな急性ではない場合、慢性ではどんな症状に?」
「実験できないので、推測ですが、慢性中毒の場合、薬効が切れると全身に痛みが出るはずです。だから、薬効が切れる前にまた吸引するでしょう。つまり、定期的な製造作業は止められないはずですね。三日を置かずして吸引しているはずですよ。吸引して数時間は人前に出られないでしょうがね。」
「では、あの小屋を監視していれば、製造の現行犯で押さえられるかしら…」
「オルトと側妃は、切り口が見つからない。ハンスが自供しても、薬物中毒者の証言なんて信頼されないし…」
「テンダーを壊滅できて、報復の心配がなければ、オルトは裏切るかな。」
「もともとオルトは、資金繰りが切迫してる家だしね。」
とは、ルーカス。
「側妃に脅されて、金出してるのか?だとしたら、イーサンを狙って側妃の懐に入る意味がわからん。」
「ライザが単独で離脱しようとしてる? オルトは、ハンスと側妃に挟まれて身動きできないとか?」
「イーサン殿下の立ち位置が見えないな…」
口々に憶測を言い合う。
ニールが、黙り込んでいるアレクサンドルを見つめている。
「殿下、正攻法に拘りますか?」
ニールが口を開く。
「…清廉なマイヤーが言う台詞か?」
アレクサンドルは、肘掛けに頬杖付きながらマイヤーを見る。
「はは、マイヤーは思想は清廉ですよ。手段を問わないことがあるだけで。」
「アレクサンドル殿下、私も、ニールに賛同しますよ。」
とミーレ。
「…強権か…」
アレクサンドルの呟きをニールが拾う。
「殿下?」
「…使いたくないな。」
「決着はつかないにしても、負けるわけじゃないです。あとは、殿下には、防具がないと…ね。書類の準備はできていますよ。」
「ありがたい。」
ヴィヴィアンは、話について来れず膨れ面を見せる。
「小屋の見張りがハンスを捕らえたら、次のステップだ。数日内に決着をつけられるだろう。」
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