第33話 ヴィヴィアンの試験期間



「…加速度… 45分の1 引く54分の1 割る 54 … 」

「…ヴィヴィ様… 加速度計算は、試験範囲にないですけど… 何を計算なさってるんですか…」


「え? 何でもない…」

 試験が始まってカフェテリアに行く気分にならず、教室でルルと共にランチボックスを囲んでいる。




 昨晩の出来事が消化しきれていない。あの口付けは、愛し合うためのものだった。


 アレクサンドルは、その意味をわからないのか、と尋ねてきた。わかっているからこそ、わからないのだ。

 それでは、まるでアレクサンドルがヴィヴィアンを愛しているかのようだ。



 振り返ってみれば、良好な関係の婚約者同士でも、男子学生の方が下位貴族の女子学生に手を出した例は多々ある。

 恋人同士となった二人はのぼせ上がり、男子学生も身持ちの堅い婚約者ではなく、その女子学生との関係を真実の愛だと勘違いする。女子学生は初めはその気がなくとも、絆されて、いつの間にか、それを手離せなくなり、求められるがまま許してしまう。

 卒業を迎える前に退学する女子学生もちらほらいて、それが理由で親に呼び戻されている。



 ヴィヴィアンは、アルファ型の第三の女なのか。

 アレクサンドルに婚約者はいないが、第三の女と同じ状態だ。


 この数日で、格段に関係が深まってしまった。こんな加速度では、いつ何が起こってもおかしくない。



「だめよ!!」

 心の中の言葉が、そのまま口をついて出る。

「ヴィヴィ様!」

 ルルがヴィヴィアンを小突く。

「ごめん、考えごとしてた…」

 

「ヴィヴィさま? お悩みごとがあるなら、殿下と話し合われた方がよろしいですよ? ルルも聞いて差し上げますけども。」

 ルルがにやにやしている。


「アレクは、関係ないわ。」

 ルルは、昨晩は寮にいたのだから、何も知らないはずだ。ミックも離宮には帰って来なかった。


「ヴィヴィ様、恋は放物線ですからね。」

 ルルが諭すように言う。

「何を横軸に取っているかわからないけど、それだと、終盤、横に進まないわね。」


 ルルは、もぐもぐし終えると、ヴィヴィアンを見つめる。

「ヴィヴィ様は、正比例すると?」

「違うの?」


「いいときも悪い時もありますよ。ただ、負に転じない限り、累積で積み上がる一方です。」


「何が積み上がっているのか、私にはわからないわ。」


 ルルは、ヴィヴィアンに紅茶を差し出した。

「殿下にそれをお尋ねになれば、わかりますよ。」

 ルルのため息が聞こえた。








 その晩、アレクサンドルは部屋に訪れなかった。


 離宮に来て以来、訪れない晩はなかったのに。肩透かしを食らったような、少しほっとしたような複雑な気持ちになった。

 ルルが言うように、話をするべきなのだろう。そして、離宮から寮に戻るべきだ。







 翌朝の馬車にもアレクサンドルは現れなかった。

 ミックもいない。アレクサンドルの指示で別の騎士が同行したが、車室に一人きりだ。


 アレクサンドルは忙しくしているが、何をしているか教えてはくれない。二度も危ない目に遭ったため、ヴィヴィアンをこの件から、遠ざけようとしている。


 それなら、いつまで離宮に避難という名目で隔離させられているのだろうか。


 アレクサンドルが学院に入学した理由は、ご落胤の立場に箔をつけるためと言っていたが、本当に卒業資格が欲しかったからなのか。


 アレクサンドルは、王籍に入ったからには、王太子になることを望んでいると言った。マイヤーを筆頭にアレクサンドルを担ごうとする貴族もいる。既にイーサンが王太子になっているため、アレクサンドルは、イーサンが失脚しない限り、王太子にはなれない。

 それを探るために学院に来たのだろうか。





 学長からの婚約破棄文化を止めろという指示に、アレクサンドルを参加させたのは何故か。学長の意図もよくわからない。学長とアレクサンドルの間にはヴィヴィアンの知らないやり取りがある。


 学長の意図とアレクサンドルが学院に来た目的とは合致していないから、これ以上は助けないと学長は言った。学長の関心は、学院にあって政治にはない。だから、アレクサンドルの目的は政治。学長がヴィヴィアンとアレクサンドルを引き合わせた理由がわからない。



 ハンスは、薬の流通に関わっている可能性がある。イーサンは、敵の敵は味方じゃない、と言った。一つ目の敵は、誰を指したのだろう。薬学準備室だから、ハンスが敵だと思っていた。しかし、結果は教団だった。教団かハンスのどちらかとイーサンは確実に敵対している。教団のやり方は杜撰だった。ハンスやイーサンと張り合えるようには到底思えない。

 イーサンがハンスと敵対していたとしても、アレクサンドルとも味方ではない。




 イーサンの母方であるテンダー伯爵家筋は後ろ暗い事業に手を染めている。テンダー一族の会計不正が露見したが、シャウワッツへの野菜の輸出に絡んでいる。シャウワッツに薬品工場があったとして、その原料をテンダーが送っているのかもしれない。輸出規制の対象にならないものだから、テンダーの名前が簡単に出て来たのか。


 ハンスはテンダーとシャウワッツで薬を作っている、とみてよさそうだ。しかし、それでは、法に抵触するとは言えない。国内で作っていることを証明する必要がある。


 それに、テンダーとイーサンが同じ意図で動いているのだとしたら、ハンスとテンダーは仲間割れしているかもしれない。


 学長は何を知っているのだろう。イーサンとテンダーとハンスの立ち位置が全く見えない。



 もう一度、学長と話そう…

 




 とりとめもなく、あちこちに思考が散らばったところで馬車が学院に着いた。



 

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