第31話 労うアレクサンドル



「で、落ち着きましたか? お二人は…」

 部屋に入ってきたニール、ミック、ルルが白けた顔で見つめてくる。


「あぁ… もう、大丈夫だ。大した怪我もなかったしな。」

 どこまで聞こえていたのかと考えると、気まずい。


「えっと、今日、僕が学院を離れた理由から、お話しします。」

 ニールが切り出した。


「まず、僕は急遽実家に呼び出されました。亡くなった前辺境伯夫人が生前に残した手紙がマイヤーに届いて、その話でした。」



 前辺境伯夫人からの短い手紙は、テンダー伯爵家が中毒性のある薬物を、国外に輸出しようとしているという密告だった。前辺境伯夫人は、ニールの母にハンスの交友関係の心配を打ち明けた後、事故で亡くなっている。


 亡くなる直前にしたためられたそれは、辺境伯家には、隠して送られたもので、複数の人を仲介したため、マイヤーに届くのに半年かかったようだ。それが本人の書いたものであるかを精査するのにも時間がかかったという。


「テンダーにその疑いはあるのか?」

「多角的に輸出入してますからね、可能性は充分。タイミング的には今回の薬物事件と同じと考えるのが妥当かと。」


 ミックが手を挙げる。

「殿下。私が今日、離宮に呼び戻されたのは、テンダー伯爵家の係累に会計不正疑惑が上がったという情報があったからなんです。輸出入の不正は、あり得ますよ。」


「会計の不正は、会計院に任せろ。テンダーの本家でなければ、トカゲの尻尾だからな。」


「マイヤーはこの情報をどうする?」

「相手がテンダーなので、事実関係がはっきりするまでは静観ですね。裏で調査はしますが。」


「難しいな。法案が通っていないからな。規制薬物に指定されてない。テンダーが仮に在庫を持っていても裁けない。」


 ヴィヴィアンが手を挙げる。

「殿下。製造なら、罪に問えますよ。国内で製造しているなら、製造許可は必要だから。」


「国内で製造していれば、か。」


 ルルが手を挙げる。

「殿下! 私もいいですか? 私を見てください。何か気がつきませんか?」


「ルル、さっきから気になってたの!制服、ぼろぼろじゃない?どうしたの?」


「ヴィヴィ様、そうなんです! 殿下が売人を捕まえ、ヴィヴィ様がイーサンに捕まってる間、私は薬学準備室に忍び込んでいて、さっき帰ってきたばかりなんです! 殿下はヴィヴィ様に甘えるのに忙しくて、全然気づいて下さいませんでしたけど!」

 ルルは、鼻息荒く言った。


「甘えてなんかいない…」

 ニールとミックの視線が辛い。


「ルル、準備室に…」

 ヴィヴィアンが見た人影のことを尋ねる。


「残念ながら、ハンスではないです。白衣を着た男が居ました。縛り上げて、警備員と一緒に巡回していた騎士団に引き渡しました。殿下の捕まえた売人の仲間です。第二騎士団に引き渡したので、貴族の圧力や賄賂に負けません。ご安心ください。」


「ルルの従兄弟の部隊か。気が回るな。」

 ミックがルルを労う。


「で、縛り上げるときに、取っ組み合いになって、制服がぼろぼろなんです。殿下、新しい制服、経費で落として下さい。」


「わかった。よくやった。」


「それだけじゃないです。準備室にあった図面を持って帰ってきました。こちらです。ででーん。」

 ルルは手に持っていた大判の図面を机に広げる。




「これ、薬の…生産設備の図面じゃない?」

「ヴィヴィ、工学はやってないだろ?」


「じゃなくて、ここ…」


 ヴィヴィアンが図面の隅を指差す。

「これ… 南方のシャウワッツ国の言語で、ナントカ製造設備、と書いてある。ナントカ、の部分は、薬の名前かな。固有名詞は、発音できない…聞いたことがないわ。」


「こっちに書いてある地名は知ってますよ。シャウワッツの港の名前。ヴィヴィアン嬢が、シャウワッツって言ってくれたから、思い出しただけですけどね。」

 ニールが図面を指差す。


「ヴィヴィの言うナントカ、も地名だろうな。工場があるのか、これから工場を作ろうとしているのか… ひとまず、この港からの船からの入港を調べるか…」


「ヴィヴィアン嬢、図面に書き込みがあるけど、これ、ハンスの手書きに見えない?」

 ニールが指差したところをヴィヴィアンが凝視する。

「見える。ハンスの字よ。癖が強くて、読みづらいのよね。図面の修正指示よね、これ。」



「で、ヴィヴィがイーサンに言われた『敵の敵は味方じゃない』はどう繋がると思う?」


「薬を売る人、これは捕まえた二人。薬を売る人を知りたい人は、イーサン。それに私たち。イーサンたちは、誰か確認したかっただけってことよね。私たちの方が手荒だったけど… 薬を売る人と作る人、これは一緒なのか、違うのかもわからない。」


「イーサンたちは、後ろ暗いから、表沙汰にしたくない、相手に敵対してると知られたくないとか、とか、そういうことかな?」


「イーサンの母方が、薬に関与してるからな。」


「立場がはっきりしないですね…」


「ハンス、教団とエリーゼ、ライザ、ナントカ家… 立場と名前が紐づかないな。」




「この数時間、それぞれ、お手柄ですね。」

 ヴィヴィアンが皆の顔を見て言う。


「調べることが、増えるだけで、進んでるのかよくわからないがな。とりあえず、今日は解散だ、もう遅い。」

 アレクサンドルが言うと、一同頷き、立ち上がる。



「ルル、ちょっといい?」

 ヴィヴィアンがルルを呼び止める。


 ヴィヴィアンは、ルルに近づくと徐に抱きしめた。

「今日はありがとう。危ない目に遭ったわね。無事に帰って来てくれて嬉しい。」


 ヴィヴィアンはそう言うと、盛大なリップ音と共にルルの頬に口付けた。



 ニールとミックは顔を見合わせ、アレクサンドルに憐れみの視線を寄越した。



 



「で、これ、準備室から持ち出してルルはどうするつもり?」

「写すから、ミック、朝までに戻してきてよ!」

 ルルとミックの言い合う声が廊下に響いた。


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