第29話 アレクサンドルの掴んだもの
ルルと共にホールに向かう。
ホールは、敷地の西端にある。北側にある正面玄関は、教授陣の部屋が並ぶ研究棟からよく見える場所だ。
途中、ルルには研究棟で
アレクサンドル自身は、南側の搬入口へ向かう。鍵が開いていない可能性もあるが、正面玄関にアレクサンドルが現れ、監視役に自分の姿を見せることもリスクだ。最悪、ルルが何らかの情報を持ち帰るだろう。
搬入口は施錠されているが、錆びた南京錠が一つ。地面に落ちている石で殴りつけると、ぽろりと鍵が落ちた。
搬入口付近のガラクタの山に、壊れた水道管とロープを見つけると手に取り、暗い廊下を足早に進む。
クローク室に滑り込んで6-23を開けた。
金貨数枚と、あの小瓶が入った紙袋がある。
小瓶を一つ抜き取り、胸ポケットに滑り込ませる。
アレクサンドルはクローク室を離れ、その入り口が見える場所に身を隠した。
暫くすると、施錠前の巡回警備員が来た。
アレクサンドルはその警備員に違和感を覚え、息を顰める。
警備員がクローク室に入ると、ガチャガチャとロッカーを開ける音がする。
回収役である。
クローク室から紙袋を抱えて出てくると、正面玄関に向かって歩いてゆく。
体格、年齢、持っていそうな武器、玄関までの距離、追いつくまでの時間…
アレクサンドルは、先ほど手にした水道管を握りしめ直し、駆け出した。
男が気づいて振り返る。
その瞬間には、男の真後ろに迫っていた。水道管で足を払い、倒れた男のみぞおちを水道管で一突きする。
男をうつ伏せにして馬乗りになると、腰に巻いてきたロープで後ろ手に縛り上げた。
男が落とした袋の中の小瓶が割れ、アルコール臭がする。
急いで、男を玄関から建物の外に引きずり出す。
自分と男に中毒症状が出ることと、監視役に見つかることを天秤に掛けたが、見つかることは諦めた。
ミックが来るまで、待つしかない…と思ったとき、駆け寄ってくる足音が聞こえる。
もう一度、水道管を握りしめ直すが、不意打ちでは役に立っても、この状況では応戦に使えるかも怪しい。嫌な汗が出る。
「アレクサンドル殿下!」
声の主がわからない。
学院の制服を着ている。
「マイヤーの者です!ヴィヴィアン嬢を見失いました。」
想定し得る最悪の展開だった。
半刻前
ヴィヴィアンはアンナと共に図書館を出て、中庭を横切っていた。
中庭から、ホールの建物を振り返った。
「… 高みの…」
ホール正面玄関を見渡せる位置は、研究棟の二階西端の物理準備室、薬学準備室、三階西端の地学準備室、地理準備室。一番怪しいのは薬学準備室だ。
研究棟と向き合う形で、教室のある学舎がある。
三階の廊下か、階段の踊り場からなら、研究棟の四つの部屋が見えそうだ。
「アンナ様、すみません。私、教室に忘れ物をしました。先にニール様を呼びに行ってください。私、またここに戻ってきます。」
「ヴィヴィアン様?!」
呆気に取られるアンナを残して、ヴィヴィアンは学舎の東端の入り口に走った。
ヴィヴィアンが学舎に入る前に一度振り返ると、アンナの側にアンナの護衛が走り寄るのが見えた。
音を立てないように靴を脱ぎ、手に持って三階までそっと階段を登る。
どの階も人気はない。
三階までやってくる。
東端から西端に向かって、窓から姿が見えないよう、長い廊下を腰を屈めて走る。
東端に近づき、準備室が見える場所まで来ると、ヴィヴィアンは、着ていたローブのフードを被り、膝立ちで窓枠に手を掛ける。
学舎は灯りが落ちていて、月明かりと、中庭に点在する照明灯だけだ。研究棟より南側にある学舎の北側にあたる廊下は、月明かりは直接当たらない。
むしろ、研究棟の窓際は月明かりと照明灯でこちらよりも照らされているはずだ。
そっと、窓枠から頭を出し、研究棟を覗く。
思ったよりも、暗い。
二階西端の薬学準備室に目をこらす。部屋に灯りはついていないが、人影が見える。光が反射していて、白衣のようにも見える。
もう少し… と窓ににじり寄った。
その瞬間、後ろから羽交締めにされ、廊下に倒された。
反射的に目を閉じたが、羽交締めにされた腕を振り回し、身を捩る。足をもがくが、ヴィヴィアンを押さえ込む力が弱まることはない。
大きく息を吸って、声を張り上げようとしたとき、正面に人影が現れ、口を塞がれた。
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