第27話 馬車のヴィヴィアン
離宮からの登校を再開し、ルルとミックが陰ながら助けてくれるおかげで、事件絡みも、女子学生のやっかみ案件もなく、日常が戻ってきた。
アレクサンドルの校内での熱愛事件については、特に騒ぎ立てられることはなく、杞憂で終わった。
薬物事件のおかげで、すっかり存在が薄くなってしまった婚約破棄件数減少の取り組みについては、スクールカウンセラーもさることながら、コミュニケーション力の高いルルのおかげで、ベータ型の両片思いの関係改善が進んでいる。
ルルが寄宿舎に入ったのは、情報収集のためだったが、王宮のメイドらの井戸端会議でならした歴戦の猛者であるルルにとって、貴族の女子学生から、話を聞き出すのは容易かった。
また、耳年増のルルがあれこれ恋愛アドバイスをした結果、あちこちの婚約者カップルの関係性が向上した。
昨夜、ルルは報告のために、離宮に戻っていたので、今朝はヴィヴィアンとアレクサンドルと共に馬車で登校だ。
「学院の生徒の皆さんは、本当に恵まれています。こんなに学費の高い学校で良質な教育を受けられて、さらに婚約者様と学生生活を謳歌できるなんて!」
久しぶりに離宮のメンバーと喋る時間ができて、ルルは興奮している。馬車の中でミックに話しかけてはいるが、ミックがあまり、返事をしないので、ヴィヴィアンも話しに加わる。
ヴィヴィアンから見ると、第三王子よりは男爵家のルルや、伯爵家四男のミックの方が、親近感がある。
「ルルは離宮で家庭教師から学んでいたのだっけ?」
「そうです。だから、今は仕事と言えど楽しんでいますよ。いろいろ落ち着いたら、友達や婚約者探しをしたいです。」
「落ち着いたら、また離宮勤務だからね?」
ミックが嗜めるようにルルに返す。
「ミックはいいじゃない。嫡男でもないのに、ちゃんと婚約者がいて!」
「それは、日頃の行いがい…」
ミックは途中まで言いかけて、口をつぐむ。地雷を踏んだ。
馬車の中に、なんとも言えない雰囲気が漂う。
「ヴィヴィ様は、このまま王宮に就職でよろしいのでしょう?殿下?」
学長の話からも、就職先にあぶれることはなさそうではある。
「…まあな。ヴィヴィアンが出て行きたくなるまで、居てくれていい。」
アレクサンドルまで、おかしなことを言い始める。
「住まいについては、今は事情があって居候しているだけなのだから、そういうわけには…」
仕事と住まいは、未婚の働く女性の大きな問題だ。ありがたいが、離宮に居続けるわけにはいかない。
「ヴィヴィ様、遠慮はいりません。殿下は面倒見が良いからというだけでなく、好きでやっているのですから。問題は、私ですよ。殿下。侍女や女性文官は上司がきちんと面倒を見てくださらないと、未婚だらけになります!」
「上司が口利きしてくれるという習慣があるの?」
初耳である。結婚したくないわけじゃない。できないもの、と思っていたが、ミックのように四男などの武官であれば、領地はなく、王都で共働きで、もしかしたら、持参金なしというのも許されるかもしれない。
「あ、まあ…」
ルルが歯切れの悪い返事をする。
「ミック様のご同僚などでも、上司が仲介するようなことはありますか?」
「はい、まあ…」
ミックも歯切れが悪い。
「持参金がなくとも、その、ご紹介に預かれるんでしょうか?」
思わず前のめりになる。
ミックとルルは逆に後ろにのけ反る。
「ヴィヴィ、ヴィヴィのことも考えるから、もうここまでにして。」
隣で黙っていたアレクサンドルがヴィヴィアンの肩に手を掛け、背もたれ側に押してくる。前のめりを止めなさい、ということのようだ。
寄宿舎の前でルルが降りた後、三人は学院の馬車廻し手前で送迎の馬車渋滞に加わった。
ようやく馬車廻しで順番が来たと思ったとき、順番を無視して馬車が割り込んできた。王家の紋章入りだ。
アレクサンドルは、ミックにまだ降りるな、と指示する。第二王子と鉢合わせても碌なことはないからだ。
隣に停まった馬車の扉が開き、イーサンが降りた。
速やかに降りるべきだが、アレクサンドルは二人が去るまで待つつもりのようだ。
すると、馬車の扉が外から開く。
「アレクサンドル、おはよう。早く降りないと迷惑だぞ。」
イーサンだった。
「おはよう。兄君。御者かと思いましたよ。ご丁寧にありがとうございます。」
この二人が直接話すのは、初めて聞く。
イーサンは舌打ちすると、馬車のステップを蹴り上げ、背を向けた。
三人が降り、イーサンの後ろ姿と距離を取りながら学舎に向かう。
一難去ったと思ったところで、イーサンが振り返り、アレクサンドルに叫んだ。
「アレクサンドルは、初めての試験だな!順位が楽しみだよ!ご落胤殿!」
周囲の学生たちからどよめきが起きる。
アレクサンドルは涼しい顔だ。ヴィヴィアンが見上げると、心配するなと微笑んだ。
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