第15話 女子寮のヴィヴィアン



 美術室を出た後、アレクサンドルにカフェテリアに連れて来られた。昼休みにしか訪れたことがなかったが、夕食も出していたようだ。

 図書館で勉強した後の学生や、騎士を目指す学生たちが訓練の後にカフェテリアで食事をしていたとわかって新鮮だったし、昼とは違うメニューになっているのも驚きだった。



 いつものハイカウンターではなく、半円形の窓際の席をアレクサンドルが選び、すっかり日の暮れた窓の外を眺めて食べることにした。いつも、やや横向きとはいえ、正面に座っているアレクサンドルと並んで座るのは、少し距離が近くなって居心地が悪い。


 アレクサンドルが夕食に誘ってきたのは、絵の具のことで責任を感じているからだろう。とはいえ、普段通り、アレクサンドルはあまり喋るわけではないから、ヴィヴィアンが一方的に読んだ本の話や、弟のマックスの話など、どうでもいいような話を続けた。



 休日に街で食べたタルトが美味しかった話をしていると、アレクサンドルの手が止まっていることに気付いた。

 ふと、横を見ようと手元から目を上げると、窓にアレクサンドルが映っていて、窓越しにこちらを見ている。


「観察するの、クセになった?」

「いや… そういえば、ヴィヴィの顔を知らないと思って、見てた。」

 窓越しにこちらを見たままアレクサンドルが答える。


「知ってるでしょ。」

「眼鏡、外してみてよ。」


「いや、私、浴室でも外さないぐらい、目が悪いから…」

「そうなの?」


 アレクサンドルは、半信半疑という顔でまだ窓越しに見ている。


「私の話、聞いてた?」

「タルト? 週末にまた行こう。カフェ・ベレンだろう?」

 まだ、アレクサンドルはこちらを見ている。


「そうね… そうしよう。」



「制服… 予備はあるのか?」

「ジャケットは1つだけ。」

 よほど絵の具の件を気にしているようだ。


「卒業パーティーのドレスは?」

「去年のがある。」

 またまだ先の話だ。

 ヴィヴィアンは、第一学年から同じドレスを着回していたのだが、第三学年のときに背が伸び過ぎて、以前のものを着られなくなった。見かねた寮の管理人が卒業生が置いて行った古いドレスを融通してくれたのだった。


「じゃあ、それも週末に注文しよう。」

「… まだ、早くない?」


「吊りのドレスじゃないんだから。早めに注文しとかないと間に合わない。」

「そんなの着たことない…」


 やはり血税王子である。


「仕事着だからな。」



 最近、毒気が抜けてきたアレクサンドルとの会話は、ラクになったような、少し拍子抜けするような、落ち着かなさを感じた。







 夕食を終え、寮に戻るといつもより時間が遅くなっていた。寮の共同の浴場は、利用する時間帯に暗黙のルールがある。遅いなら遅いで、人がいなくなる時間帯までずらしてしまったほうが目立たない。


 消灯時間間際に浴場に滑り込むと、案の定誰もいなかった。


 衝立で区切られたシャワースペースで髪を洗っていると、脱衣所に人が入ってきた気配がする。思わず、シャワーを止め、息を潜めて、耳をそば立てた。



 女子学生二人が、浴場の入り口で何か言い争い始めた。


「… マイヤーに渡した?」

「渡したわ。でも、返されたのよ! だから、今度は鞄にねじ込んだ。」


 ニールの名前が出て、どきりとする。タイミングが良すぎる。



「うまくやりなさいよ。怪しまれたら終わりよ。」

「急かされてる中で、精一杯やってるわ。」


「三度飲ませるのよ。いい?瓶を渡すだけではだめ。」

「… できるかしら…」



 二人は、浴場に誰もいないと思って話している。人が来て、びっくりして水音を止めてしまった。今さらシャワーを使えば、ここにいることが気づかれてしまう。話の内容が内容だけに、気づかれてはいけないように思う。

 寒くなってきたが、我慢するしかない。




「やるのよ。でなければ、寄付は打ち切りよ。」

「そんなことになったら、教団に何をされるか… お願いだから、それはやめて…」


 教団という言葉から、聖女エリーゼを思い浮かべる。

 眼鏡を外し、目をこらすが、浴室の湯気のせいもあって見づらい。



「あなたが、指示通りやれば済む話よ。」

「時間が足りないわ。」


「来週が期限よ。これは私の命令じゃない。…家の指示だから。」


 大事な家名が聞こえない。

 どんどん熱が奪われ、身体が冷えていく。




「… できる限り、やるわ。」



ガラガラガラ


ピシャン



 浴場の引き戸が開いて、閉まる音がする。

 衝立から、そっと覗くと、ガラスの引き戸の向こうに、黒髪にピンク色のガウンを着た背の低い女と、赤髪に茶色のガウンの背の高い女が見えた。


 赤髪はエリーゼだ。黒髪は、ライザ? 黒髪の生徒は多いから、断定はできない。


 今までの調査では、エリーゼとライザに接点はなかった。あの小瓶には、教団や他の貴族が関わっているような話しぶりだった。

 情報を整理したいが、とにかく寒い。


 ヴィヴィアンは、二人が戻ってこないのを確認し、熱いシャワーを浴びた。

 




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