第14話 美術室のアレクサンドル
美術室に着くと、ニールは絵を描きながら待っていた。あまりに様になっていて、鼻についた。
有力公爵家の嫡男については、入学前から確認済みだ。金髪、長身の優男、社交界でも度々話題に上るが、浮いた噂もなく、悪評もない。
そんなニールに呼び出されたとなれば、大抵の女子学生は浮かれて期待を持つだろう。ヴィヴィアンのように、疑い深い性格でなければ。
アレクサンドルとしては、何故、ヴィヴィアンを呼び出すような真似をするのか、ニールの意図に懐疑的だ。
「… ヴィヴィアン嬢に…アレクサンドル殿下。お呼びたてして申し訳ありません。初めまして。マイヤー公爵家長男のニールです。」
ニールはアレクサンドルの姿を確認すると、筆を置き、立ち上がり挨拶する。
「いや、俺は勝手についてきただけだからな。」
アレクサンドルとヴィヴィアンは、近くの椅子に腰掛けた。
「やはり、噂は本当だったんですね。」
ニールは、アレクサンドルたちの方を向き座り直した。
「噂とは?」
「第五学年の才女に、第三王子という
ニールは、アレクサンドルの出方を伺っているような言い方だ。
「
面倒くさそうにアレクサンドルが訂正する。
「否定されないのですね。」
「いや、否定したぞ。」
騎士の役目が守ることだとしたら、未だ守りきれていない。王子だから仕方ないのか、やり方が間違っているのか。王子は何ができるというのだろう。訂正したものの、甚だ疑問だ。
「あの、ご用件は?」
ヴィヴィアンが割って入る。
「お二人揃っていて、話が早いです。私を助けていただきたい。」
アレクサンドルとヴィヴィアンは顔を見合わせた。
「義理はないが、話は聞こうか?」
「半年前から、第四学年の女子生徒に付き纏われています。あしらっていますが、最近、妙な薬を押し付けられ始めました。学院内への持ち込みは御法度だし、民間療法の薬だというが、そもそも国に認可された薬かどうかも怪しい。あと、半年で婚約者のアンナも卒業だし、問題に巻き込まれたくないんですよ。」
ニールは、ハンカチにくるまれた小瓶をアレクサンドルに渡す。
変哲のない小瓶だが、コルクに焼印が入っている。Oに重なるようにTとZが描かれたものだった。
「なぜ、私たちに?」
ヴィヴィアンが問う。
「先日、二人で学長室から出てきたのをお見かけした。何か、情報をお持ちなのでしょう?」
ニールが、ヴィヴィアンとアレクサンドルの顔を順に見つめる。
「君の立場を明らかにしてくれないかな?」
アレクサンドルは、答えず、問い返す。
「ご存知の通り、どの派閥にも属さないマイヤー公爵家の人間ですよ。学生の馬鹿騒ぎには付き合いたくないし、良識的に、この国に貢献していくつもりで生きています。殿下は、私の立場をご存知のはずだ。」
「… まあね。」
マイヤー公爵家が良心でなければ、この国に良心は存在しない、と言われるぐらい清廉である。
「あの… 私、女性にだらしない方には、味方いたしません。」
ヴィヴィアンらしい意見だ。
「…アンナのこと?」
面食らった顔でニールがヴィヴィアンに答えると、ヴィヴィアンも頷く。
「人並み以上には、良好な関係のつもりだよ。アンナがどう思っているかは、わからないけど。」
アレクサンドルに対するのと、ヴィヴィアンに対するのとで、口調を変えているのは、自然とも言えるが、アレクサンドルには、ニールが
実際にアレクサンドルがヴィヴィアンに話す口調以上に打ち解けた口調なのが癇にさわる。
「それで? これ、中身は?」
「まだ、調べてません。薬学の教授に渡すつもりでしたが、その前に、ヴィヴィアン嬢と話す機会ができたので。」
「…」
アレクサンドルは、ヴィヴィアンに見られているのを感じる。
「なぜ、受け取った? 不用意では?」
「頭痛持ちのアンナのために薬を探していて。いい薬だと言われて、油断したんですよ。しかし、アルコール臭が強いし、錠剤でないことも気になる。」
アレクサンドルは手で瓶をもて遊ぶ。
「持ち帰って、調べてくれませんか? 代わりにと言っては何ですが、ヴィヴィアン嬢の美術の時間は僕が受け持ちますから。」
前半は二人に、後半はアレクサンドルに向けてニールが言う。
「美術の時間?」
ヴィヴィアンを見ると、急に目を逸らす。
「騎士に言ってなかったの? 絵の具のついた絵筆を押し付けられたんですよ、彼女。殿下と親しくしてるだけでやっかまれて大変だよな。」
ヴィヴィアンを睨みつけると、縮まり込んでいる。
「…婚約者のいる男に庇われるのも問題だろう。」
なんとも言えない苛立ちが込み上げてくる。
「アンナも承諾してますよ。侯爵家もトラブルなく卒業したい穏健派なんでね。」
ニールとアンナは、思っている以上に良好な関係なのかもしれない。
「この小瓶は預かる。他に情報がないなら、これでお開きだ。」
アレクサンドルは小瓶をポケットにしまうと、立ち上がり、ヴィヴィアンに手を差し出す。
ヴィヴィアンは戸惑っていたが、ぎこちなく手を乗せて立ち上がる。
「ニール様、今日の美術のときはありがとうございました。きちんとお礼ができていなくて、すみません…」
ニールは頷くと、にこりと微笑む。
「今日みたいなことで良ければいつでも。」
ヴィヴィアンの手を引き、美術室を後にした。
「アレク、ちょっと、ゆっくり。」
強引に引っ張っていたのか、ヴィヴィアンが小走りになっていた。
「ごめん。」
「どうするつもり?」
ヴィヴィアンが横に並ぶと、顔を覗き込んでくる。
「王宮の研究室に持ち込む。」
「ありがとう。」
先ほどから、ヴィヴィアンがさりげなく手をほどこうとしているのがわかる。
美術室以来、理由のわからない苛立ちを感じているし、意地悪な気持ちで、あえて手を離してやらなかった。
「で、何故黙っていた?」
「美術のこと?」
手が離れなかったことに、首を傾げながら、ヴィヴィアンが答える。
「そうだ。」
「大事にしたくないからよ。」
頭一つ分背の低いヴィヴィアンが見上げながら喋る様は、仔犬がキャンキャン吠えているように見える。
「責任を感じてるんだよ。」
「でも、距離を置く以外、解決策はないわ。」
目の前のいくつかの問題を考えると、それはむしろ面倒くさいだろう。
「まあ、他にもあるけどな。」
ヴィヴィアンの手を掴んでいるのと、逆側のポケットに、飴玉が入っていた。サンフィールドからの帰りの馬車で、ヴィヴィアンがくれたものだ。ポケットの中で包み紙を外す。
「ん。」
予告なしに、ヴィヴィアンの口にそれを突っ込むと、アレクサンドルはようやくヴィヴィアンの手を離した。
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