第12話 アレクサンドルの罪滅ぼし
翌日の夕方、アレクサンドルの馬車は王都に向かっていた。馬車の中でヴィヴィアンは、アレクサンドルの肩に頭を乗せて眠っている。
昨夜、サンフィールドの王家の別邸に着いたときのヴィヴィアンの驚きぶりといったらなかった。宿屋で、ルルと同じ使用人部屋に泊まるつもりだったと言う。
ヴィヴィアンが王家の別邸に泊まることが、アレクサンドルの醜聞になるなどと慌てていたが、口の固い使用人たちのことだから心配ないはずだ。
ヴィヴィアンの部屋に付いていたルルが言うには、サンフィールドでの買い物やパレードに感激したようで、昨夜はなかなか寝付けなかったらしい。
馬車で寝るのも無理はない。
ヴィヴィアンとルルは、学院のしがらみもないせいか、半日ですっかり仲良くなっていた。アレクサンドルにとって、ルルは使用人だが、ヴィヴィアンから見ると、似たような家格の付き合いやすい友人なのだから、アレクサンドルとヴィヴィアンが友人付き合いをしづらいのは当然だ。
出発前も、アレクサンドルが一人で、屋敷の庭を散歩していると、ガセポから声がした。
ヴィヴィアンの声だと思い、近づくと、ルルと二人で話し込んでいるようだった。ヴィヴィアンが、アレクサンドル以外の誰かとお喋りしていること自体が珍しい。
アレクサンドルは、ヴィヴィアンがどんな風に話しているのか気になり、近くのベンチに腰掛けた。
少し聞いていると、学院に憧れているルルが、ヴィヴィアンにあれこれ訊ねているとわかる。
ルルは、王宮内の住み込み使用人のこどものための少人数教育を受けてきたため、集団生活が羨ましいのだろう。
「歳の近い友達がずっと欲しかったんです。休みの日にカフェに行ったり、寄宿舎で遅くまでお喋りしたり、…ヴィヴィ様は、学院生活を楽しんでいますか?」
ルルに、事前にヴィヴィアンのことをよく話しておくべきだったと後悔する。友人のいないヴィヴィアンには、答えにくい質問だ。
「休みの日は、連れ立って出掛ける方は多いよ。流行りのスイーツを食べに行ったり、観劇したり、お買い物したり。私は…友だち付き合いが苦手だったから、外出に誘ってくれる友人はアレクが初めてなの。でも、そういうのが楽しいって知って、もっと早く…頑張って、お友達を作ったら良かったな、って…」
「ヴィヴィ様なら、今からでもたくさんお友達できますよ!」
「そうだといいな…」
「学院の中では、婚約者同士の方は、ずっと一緒に過ごしたりするんですか?」
「う…ん。そういう方たちは、とても少ない。学生のうちは、婚約者よりも友達と過ごす方の方が多いのかな。最終的には社交界に繋がっていく世界だから、いろんな打算や、派閥みたいなものもあるし…」
「なるほど… 思っていたより、腹黒さの必要な世界ですね…王宮と同じか…」
「あ、でも、人数は少ないけど、子爵、男爵階級と商人階級なんかは、裏表のない付き合いをしてたりするわ。私は、クラスが違うから、お付き合いがないのだけど。」
「あ、ヴィヴィ様は、成績が良いから鼻持ちならないご子息・ご令嬢様ばかりのクラスなのですね。」
「そうね、高位貴族は、入学前の教育が違うんだと思うわ。クラスで、子爵家は私だけだもの。」
「…ヴィヴィ様は、学院で素敵だと思う男性はいないのですか?」
「私、どちらかと言うと、男性は苦手。興味もないから、よくわからない。それに…たとえば、同じクラスの男性はみな、婚約者がいるし。」
「殿下は?」
ルルに突然、例に挙げられて、アレクサンドルは居心地が悪くなる。慌てて、立ち去ろうかと思ったが、話の続きも気になる。
「アレク、婚約者いないわね、そう言えば… でも、何だろう、少し前までは、上官と部下みたいな感じだったし、今は…親子みたいな感じかな… 私が頼りないからかな…」
「殿下… 面倒見のよいところがありますね、確かに。仕切りたがりでもあるし。」
「そうね!私に指図されるのは嫌みたいよね!当たり前だけど…」
二人の笑い声が聞こえたのを機に、アレクサンドルはそっとその場を離れた。
『好意ではない、厚意だ。』
先日、仕立て屋でアレクサンドル自身が言った言葉が、頭を過ぎる。
サンフィールドでは、ヴィヴィアンの喜ぶ顔が嬉しく、世話を焼いていろいろなものを贈った。
護衛のミックは、田舎から上京した母が身の回りに不自由がないかと心配して、細々した買い物をしてくるのに似ている、と言う。
ミックに言わせると、親心。仕立て屋の主人に言わせると、好意。ヴィヴィアンに言わせると、罪滅ぼし。
アレクサンドルが、厚意と呼んだものの解釈は、人によって異なる。
今、隣で寝息なのか、いびきなのか、小さくくうくうと音をさせて眠っているヴィヴィアンは、まるで遊び疲れたこどものようだ。
「なあ、罪滅ぼし、はないぞ。」
アレクサンドルは、その寝顔に呟くと、ヴィヴィアンの鼻をつまんだ。
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