第11話 ヴィヴィアンの花言葉



 買い物をした後、パレードの通る大通りに戻ってきた。パレードを待つ人混みの中で、アレクサンドルの使用人が手を挙げて合図してくる。街歩きしている間に場所を取っていたようで、そこに向かう。


 買い物する度に、帽子や服を飾る花や、花束を渡され、ヴィヴィアンもたくさんの花を抱えていた。

「ヴィヴィ、花はルルに預けて。パレードでやってくる花男たちから、花を配られるから、手を空けておかないと、大変だ。」


 途中、アレクサンドルから聞いたが、毎年、街で選ばれた花男が配る花は特別で、花男から花を受け取るとその年は幸運が訪れるというジンクスがあるそうだ。

 パレードは、花女たちが高い櫓から撒いてゆくパート、花こどもが花を配るパート、花男が花を渡すパートに分かれている。


「そうね!準備しておかないとね。」

 この人混みで、花男から花を貰えるとは思えないが、もしかしたら、と期待する。こんな風に、誰かに世話を焼いて貰い、甘やかして貰うのは、父が元気だった頃以来だ。

 アレクサンドルは、父のようでも、母のようでもある。


 ぼんやり、アレクサンドルの横顔を見ていると、視線に気づいたアレクサンドルが、首を傾げる。


「今日はありがとう。すごく楽しいし、嬉しかった。」

 なんとも、ありきたりの表現しか出てこないのがもどかしい。


「まだ、終わってないけど?」

 アレクサンドルはそう言うと、二度、脇を締めて、絡ませていたヴィヴィアンの腕を揺らした。


「ほら、来るよ。」

 歓声が近づいて来ると共に、パレードの集団も見えてきた。

 先頭の花女たちが、花を人々の頭上に撒いてゆく。撒かれているのはカスミソウで、サンフィールド郊外で温室栽培しているという。

 花女が通ると、白い小さな花が舞って、まるで雪のようにも見える。


 ヴィヴィアンの前を花女たちが通り過ぎると、周囲も大きな歓声をあげた。



 続いて、花こどもたちが、花があしらわれた荷馬車に乗ってきて、数輪ずつ、花束を配ってゆく。こちらは、鮮やかな黄色の菜の花だった。

 荷馬車の行列は長く、人々が花こどもに手を伸ばして受け取る。受け取った人は後方に下がり、まだ受け取っていない人に場所を譲っていく。


 花を受け取った人々の笑顔や、花こどもの笑顔に見惚れてしまう。



「遠慮してたら、受け取れないよ。さあ…」

 アレクサンドルは、ヴィヴィアンの手を掴むと、前に進み、手を繋いだまま花こどもの方に手を差し出す。


「春の訪れを!」

 花こどもが祝福の言葉と共に、花束を渡してくれる。


「あなたたちにも!」

 ヴィヴィアンが返すと、にっこりと微笑み返された。



「本当に、春が手の中にやってきたみたい…」

「もう間もなくだよ。王都にもね。」

 花を受け取ったヴィヴィアンも後ろに下がろうとしたが、周りは皆、花を受け取っていて、前に出ようとする人もいなかった。


 花こどもの荷馬車が去ってゆくと、カスミソウ、菜の花、ミモザなどたくさんの花を飾りつけた一際大きな荷馬車がやってくる。

 その荷馬車の御者の隣に、正装にシルクハットの花男がいた。腕いっぱい、色とりどりの花を持っている。

 近づくにつれ、皆が花男に手を伸ばし、歓声をあげる。



 花男が近づいて、ヴィヴィアンもそっと手を伸ばす。

 

「眼鏡のあなたには、ムスカリを。」

 花男は、ヴィヴィアンを選ぶと、青いムスカリを手渡した。

「花言葉は、通じ合う心、失意、明るい未来。」

 花男がヴィヴィアンの目を見て、そう告げると、荷馬車は進んで行った。






 花男の荷馬車が過ぎてゆくと、人々は散り散りになる。

 ヴィヴィアンは、花言葉が引っかかる。


「相反する意味だな… ヴィヴィ、花男の祝福は幸運を授けるのだから、良い方だけを受け止めたらいい。」

 アレクサンドルが腕を出し、ヴィヴィアンを促す。


「そうね… 通じ合う心、明るい未来…」

 ヴィヴィアンが見上げたアレクサンドルの瞳はとても優しかった。


「ありがとう。今年は、学院で初めての友だちができたし、私の就職先も内定すれば、明るい未来か開ける。アレク、この旅行は、最高の罪滅ぼしだよ!」

 ヴィヴィアンも笑顔で返した。




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