第9話 人気急上昇のアレクサンドル



 アレクサンドルが王宮を出た理由は、第二王子の穏便な廃嫡を画策するためだ。指示に合わせて入学した学院だったため、学長もそれに噛んでいるのかと思っていた。ヴィヴィアンと仕事を組ませたのも、その目的のためなのかと。


 学長の立ち位置がよくわからず、苛立ちを覚えて、ヴィヴィアンに言わなくていい一言を放った。

 本人だって知らないはずのない事実を言っただけだが、態度にも言い方もに思いやりの欠片もなく、泣かせてしまった。



 貧乏子爵家から、猛勉強をして王立学院に進学し、特待生として首位を取り続け、内務省のエリートコースを目指すヴィヴィアンだ。野心の塊である。目に見える動機は、家計を支えるということのようだが、それだけであれば、政策研究員が最適解ではない。


 政治の世界は、学校の中とは違う。陰謀、駆け引き、裏取引、汚れ仕事なしには務まらない。ヴィヴィアンにそんなことをして欲しくない、と感じたのは身勝手な考えだろうか。




 午前の授業を終え、先にカフェテリアに着いたアレクサンドルは、ヴィヴィアンの指定したハイカウンターに座る。

 初めてカフェテリアに一緒に来て以降、ヴィヴィアンはどこに座るかかなり悩んだようだが、正面にアレクサンドルが座ることで、折り合いをつけた。



「お待たせ。」

 ヴィヴィアンがやってきた。


「カフェテリアの外の掲示板に、卒業パーティーの告知が出たわ。婚約破棄のガイドラインとレギュレーションも発表された。」


「ふうん。今日は何にする?」

「寒いから、煮込み系がいい。」


 学長室以来、噛み合わなさや、ぎこちない会話は随分解消された。アレクサンドルは、あの日のヴィヴィアンの問いにはまだ答えていない。それこそ、政治の汚い話にヴィヴィアンを巻き込みたくないから、話せない。

 また、同じことを問われたら、なんと答えようか。先に話せと言って、話させておいて、自分だけ答えないのは卑怯だ。



 二人で配膳カウンターに向かう。

「ね… なんでいつも私と同じもの、頼むの?」


 前を歩いているヴィヴィアンが振り返る。

「… 何食べるか、考えるの面倒だから?」

「…そっか。」


 支払いのタイミングが同じでないと、まとめて支払えないから、とは言いにくい。


 二人で並んでいると、食事を載せたトレイを持った女子学生が近づいてきた。


「っ!」


 奇妙な雰囲気に気がついて、アレクサンドルがヴィヴィアンの腕を引いたときには、遅かった。


 ガチャン

「ごめんなさいね!」


「っあ…」


 ヴィヴィアンのお腹に、トレイが、スープがぶち撒けまれた。


 ヴィヴィアンの制服や足に熱々のスープが引っ掛けらるた。



「これを…」

 女子学生がヴィヴィアンにハンカチを差し出す。


「あ、こちらこそすみません。お気になさらず…」

 ヴィヴィアンは、制服と手にかかったスープを自分のハンカチで拭う。

 アレクサンドルは、差し出されたハンカチを引ったくると、ヴィヴィアンの足にかかった汚れを拭った。


「熱いだろ。流しに行くぞ。」

 アレクサンドルがヴィヴィアンを連れ出そうとすると、ハンカチを持った女子学生に引き留められる。


「ヴィヴィアン様は、お召し替えなさってください。アレクサンドル殿下は、私たちと一緒に昼食をどうですか?」

 悪びれもせず、女子学生がアレクサンドルの腕に手を添える。


「断る。友人を放っておくほど、薄情じゃない。」

 睨みつけると、女子学生は黙り込む。


「いいよ… 私は寮に戻るから。」

 事なかれ主義のヴィヴィアンが小声でアレクサンドルに伝える。


「行くぞ。」

 強引に腕を引き、ヴィヴィアンをカフェテリアから連れ出した。



 水で汚れを軽く落とし、着替えに寮へ向かう。

「一人で大丈夫。」

「ついでだから。」


「なんの?」

 パタパタとアレクサンドルを追いかけるヴィヴィアンの足音がする。


 ゆっくり歩けと言われたのを思い出し、少し歩みを緩める。



「さっきの、わざとだったな。卒業パーティーの告知と関係あるか?」

 ヴィヴィアンの質問には答えず、アレクサンドルは問い返す。


「私の活動は、学長以外知らないから。そんなはずない。今までも、なかったし。 ッへっぷし」

 吹きっさらしの回廊に、北風が舞い込む。

「寒いな。」


 ジャケットもシャツもスカートも濡れているヴィヴィアンの肩に、アレクサンドルは着ていた上着を掛けようとする。


「汚れるからいいよ。」

 ヴィヴィアンは上着を避けようとするが、アレクサンドルは強引に掛けた。


「俺が、あの女たちと昼飯を食うのに付き合えば良かったってことか…」

「まあね。最近、殿下人気はじわじわ上昇中よ。」


 回廊を抜け、中庭を過ぎり、寮へと続く石畳をゆく。回廊以上に風が吹きつけ、体温を奪っていく。

 今日は風が強く、寒すぎて中庭も閑散としている。


「わからんな。何も変わったことはないのに。」

「… 多分、男と女の友人っていうのが不自然だから、目立つのよ。」


「不自然か?」

「…ここではね。」


「仕方ない。他に友人はいないからな。」

「ぼっち同士だからね…」


「なんだ?ぼっち?」

「一人ぼっち同士。」


「まあな…」

 という言葉の響きが、心地よい。




 寮の入り口に着く。

「受付に荷物が来てるはずだ。部屋に運ぶ。」

 ヴィヴィアンが口を開く前に、アレクサンドルはつかつかと中に入って行く。



 数日前に行った仕立て屋の紋が入った箱が、寮の入り口に山積みになっている。

「これ、全部?」

 ヴィヴィアンは口をぽかんと開けている。


「他の学生に見つかると、また面倒だろ。運ぶぞ。」

 寮の管理人も、頷いている。男子は入室できないはずだが、お目こぼしされるらしい。


「うん… ありがとう。」


 二人で部屋に運び入れると、アレクサンドルは、手早く箱から取り出すとクローゼットにしまう。

 空き箱を潰して、積んでいく。


「手際がいい…」

「箱は邪魔だろ?」


「ほんとに、殿下?」

「庶民派だがな。」


「冷えたから、風呂でも入れば? 午後は休みって言っておく。」

「あ、だめ。欠席すると、評価に響く。」


「学長に一筆書いてもらうから。制服、脱いだら、廊下に出して。洗濯に回すように伝えておくから。後で、昼食も運ばせる。」

 アレクサンドルは、箱をまとめるとさっさと部屋を出た。



「手際良すぎ… 罪滅ぼしのつもり?」

 ヴィヴィアンは閉じられた扉を見つめ、呟いた。


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